2008/10/20(月)21:40
とつぜんですが、サイトの引越をしました。東京と京都のMac環境が微妙に違うため、引越先のメモが過去のママなのですが、これもおいおい修正してゆきます。お手数ですが、URLの変更をお願いいたします。リンクをして下さっている皆様には、近いうちにメールでご連絡するつもりです。
2008/10/15(水)23:20
後期から週一で一コマだけの講義の授業が始まり、今日は私が学生時代に行ったヨーロッパ(ウィーン、ブダペスト、そのほか)の写真をプロジェクターで見せる。私が旅した87年に生まれた学生たち。先発の先生たちが、既にウィーン工房やアールヌーボー等の話をしていたので、私は自分の学生時代の旅話をネタに、言わば写真版「旅日記」のようなコトをする。昨夜、自宅で昔の写真をスキャンしながら、自分では昨日のことのように憶えている旅の写真が、あきらかに20年以上前の黄ばみ方をしていることに軽くショックを受ける。写真の中の若かりし頃のT先生と大学生だった私の年の差は、そのまま今の私と学生たちとのそれである(おそろしや)。
この授業はイラスト、グラフィック、デジクリの3コース共通なので、70名ほどを相手に、ウィーンとブダペストの世紀末建築の話を中心に、ヴェネチア、ミラノ、フランスのオートリーブ等を廻った話を「寒かった」とか「遠かった」とか「あせった」とか「驚いた」とか「暗かった」とかいう主観的感想でとりとめもなく90分喋る。一緒に手伝ってくれたK先生曰く、オートリーブのシュバルの理想宮のところが一番食いつきがよかったそう。
2008/10/6(月)20:40
はや神無月。東京と京都のどちらの自宅付近もキンモクセイの香りが漂っている。いろいろと書きたい事などあるのですが、取り急ぎ今晩の「SMAP×SMAP」で、夏休みに汗だくになって体育館でロケに参加した例のブリッジ映像が流れるそうです。寸前のお知らせでした。・・・と思ってテレビの前に座ったところ、秋の特番だった。放送日の確認をせねば。とりあえず「ベビスマ」で紹介された記事の写真はこちら。星の左肩端から3番目くらいが私です。
2008/9/24(水)21:58
後期が始まって二週間、何もかもが慌ただしい。あれよあれよという間にもうすぐ10月。大学は祝日がほとんどないので、敬老の日も秋分の日も体育の日も勤労感謝の日もずっと授業がある。そして今週末はオープンキャンパス、来週末は編入試験、再来週末は保護者懇談。休みがない。メール返信など、不義理をしている人が数名。ごめんなさい。
2008/9/14(日)22:19
SDCの合評が終了。東京から同期のOくん、Sくん、一つ下のYくん、少し下のKくん、Sくん、Nくんが来てくれて学生たちの作品の講評をしてくれた。午後1時からスタートして3人ずつ13チームのプレゼンが終了したのは午後5時。のち、受賞者の発表と懇親会。イラストコースから参加した学生たちが、それぞれグラフィックの学生たちとチームになって慣れない広告を作り、プレゼンしてる姿を見て、なんだかワタクシは安心してしまったよ。就職先をどうするか、なんて目先のことはとりあえずおいといて、その笑顔と度胸があれば、たぶん、どんな場所だって生き延びてゆけるんじゃなかろうか、と。わたしたちが学生だった頃、三年生の夏休みあけから男の子たちが急に成長しだして眩しかった。(きょう、学生の作品にコメントをくれる彼らの言葉は、20年以上この業界で飯を食ってきたプロの言葉だった。頭でっかちじゃない、手を動かしてモノを作ってきた人たちの言葉。その経験の蓄積のなかから紡ぎ出される的確なアドバイスを聞いていると、彼らがとても優秀なデザイナーであり、プランナーであることがうかがえる。)懇親会では、夏休みのあいだ会えなかったイラストコースの女の子たち数人とおしゃべりする。久しぶりなので、なんだかうれしい。SDCの課題を終え「おもしろかったー」と言う彼女たちは、みな心なしか、ひとまわり成長しているように見える。あすから後期がスタート。センス・オブ・ワンダー組も帰還して、彼らにとって、たぶん人生で一番成長する季節が始まる。(私には何ができるんだろう。←未だに迷いっぱなし)
2008/9/12(金)09:37
きょうの早朝、学生たちはセンス・オブ・ワンダーへと旅立った。昨日は週明けにイラスト仕事の〆切を複数抱えていたのだけれど、大学に行く。イベントごとの前日らしい、カオス状態のアトリエの空気感が味わいたくて。(センス・オブ・ワンダーのブログはこちら)アトリエで学生たちとTシャツ作りにしばし勤しむ。途中、デジクリのT先生がカンボジア旅行から帰ってきた。全体にカンボジアっぽくなって。夕方にはおいとまし、家で絵仕事。学生たちからいい「気」をもらったので、気持ちよく進む。さくさく。今回のイベントに随行したのはデジクリの3先生とイラストのK先生で、あすはのこりのお留守番部隊で入試相談会、そして明後日の日曜はSDCの合評会と続く。月曜日から後期授業スタートなので今日が実質最後の夏休み。
2008/9/10(水)23:27
先週の木曜日は大阪の画塾をグラフィックのTさんと一緒に2カ所訪問、入試の変更点などの説明をする。のち、新大阪から新幹線で東京に戻る。土曜日には上京中の4年生たち数名と神保町で晩ご飯。今年卒業したIさんも参加してくれて、中華のご飯を食べながら、あれこれ話す。日曜日は仕事、月曜日に京都に移動し、火曜日はスタッフミーティングののち、週末に山中湖で開催される、センスオブワンダーの準備を少し手伝う。そして今日はセンスオブワンダーで学生たちが着るTシャツのシルク印刷の製版を手伝う。まだ夏休みなのに、アトリエに学生たちが集って巨大な帆布に絵を描いたり、出店で売るグッズを作ったりしているのは、活気があっていいですね。個人の作業と共同での作業。課題作品だけではわからない、そのひとそれぞれの個性が垣間見える。私がインクを調合していると、近づいてきて、あれこれ手伝ってくれる学生たち。彼らは、常に新しいことを知りたがっていて、早く成長して大人になりたくて、私たちにあれこれ質問する。そんなこと、私だって知らないよ、と思いつつ、知っていることは伝えつつ、ときには逆に教えられつつ。そんな私が感動したランディ・バウシュ先生の最後の授業。
2008/9/4(木)09:49
先週の土曜はSDCのワークショップで表参道に出る。学生たち40数名がそれぞれに上京、朝9時30分に現地集合。私と同窓だったSDCのメンバーが、学生たちのために課題を出してくれたり、自分のいまの仕事の紹介をしたり、学生たちの持ち込んだポートフォリオを見てアドバイスをしてくれたり、お昼のランチボックスや、二次会、三次会の会場の手配までしてくれた。感謝。
SDC発足時にはたくさんいた会員も、いまではごく一部の人だけがきりもりするようになっていて、毎回出席する顔ぶれもだいたい同じ。それぞれに仕事や家庭の事情があって大変なはずなのに、後輩のために時間を割いてくれる彼らの姿に、頭が下がる思いがした。T先生の「続けることに意味がある」という言葉。彼らのおかげで「ほめてもらえた感激」や「このままではいけないというあせり」等、学生たちに確実に変化があった様子。そのまま数日東京に残って営業活動をする学生も。私が4年前、初めて先生になったときの学生もひとり参加してくれていて、その彼女がいまの学生と話ている姿を見ると、東京で頼もしく泳いでいる姿にセンセイとしてはなんだかじーんとしますね。
翌日はずっと仕事。月曜日に京都に戻り、火曜日はスタッフミーティング。水曜日も仕事をし、今日、木曜日は画塾への営業。夏休みもあと少し。
2008/8/27(水)19:49
先週の土曜日は入試相談会、そして月曜日は姫路に説明会。姫路って、遠いんですね。大阪から快速で1時間。駅前の画塾の学生さんたちのデッサンなどをみる。帰りに大阪で半年ぶりに会ったMさんと晩ご飯。梅田新道にピザ屋ができててそこに入り、イスラム圏からの旅帰りのMさんにお土産をいろいろともらう。
火曜日はスタッフミーティング。今週末に東京でSDCのワークショップがあるので、学生のうち何名かが1週間ほど東京に滞在するらしい。そのことでいろいろと相談。最近雨が続く。涼しいのは嬉しいけれど、いまいち気分がどんよりする。おまけに京都の家の洗濯機がこわれた。もう20年近く使ってきたから仕方ないけど。
2008/8/25(月)10:18
北京オリンピック終了。東京の家にはテレビがないため、ほとんど見られなかったが、昨日の夜は京都の家のテレビで閉会式を見物。もちろん、ジミーペイジを見るため。なんか頭真っ白になってて、全体にひからびたように薄くて小柄な印象。神話に出てくる何かの妖精みたい。「胸いっぱいの愛を」できましたか。そうですか。バスが入場してきたときの音楽も「オール・マイ・ラヴ」っぽかったですね。こういう場に出てくるあたり、彼の「ノンポリ」ぶりが出てて、嫌いじゃないんですけど。往年の演奏。
2008/8/24(日)14:21
ずいぶん、間があきまして。
何をしていたかと言えば、夏休みを利用して久々のヨーロッパ・・・というのは真っ赤な嘘で、ずっと家にこもってシコシコと絵仕事をしておりました(哀しい)。それでも、前半は二泊三日で信州は小布施へ小旅行。目的は北斎。小布施の岩松院という寺に、北斎が晩年(89歳のとき)描いた21畳の大きさの天井絵があり、それを観に行ったという次第。前日がほぼ徹夜明けで、長野新幹線に乗り、長野で在来線に乗り継ぎ、昼すぎに小布施駅着。駅前でレンタサイクルを借り、炎天下(信州は涼しくなかった。標高が高いのと空気がきれいなので、日差しがむちゃ強い)のなか、サイクリング。ぼーっとした頭でたどり着いた岩松院の大きな「八方睨み鳳凰図」。さすがに掛け軸サイズの肉筆画に比べれば全体に「おおざっぱ」な感じがするものの、クチバシの先と尾っぽ、茶と緑の羽根同士がギリギリにふれあわないような緊迫した構図等、北斎の「病気ぶり」は存分に感じられた。細かさで言えば若冲の鶏の方が上だけど、北斎の絵はモチィーフのポーズに、どこか「タンカを切る」ように威勢のいいところがあって、江戸っ子らしさを感じる。天井絵はいまは寝転んで観ることができなかったので、長椅子に座って長い間、観る(・・・首が痛くなる。)89歳の身で江戸から移動してきてこの絵を描き上げた北斎に比べて、徹夜明けの炎天下サイクリング程度でぼーっとしている43歳の我が身のひ弱なことよ(とほほ)。
のち「北斎館」へ移動。ここでは祭り屋台の天井画を見学。龍、鳳凰、男波、女波のそれぞれの絵と、それを縁取るパトロンの高井鴻山の彩色による縁絵もおもしろかった。あと、肉筆画もいいものが何点もあり、とくに菊の花を描いたものが病気度高得点でよかった。北斎は晩年になればなるほど、油がのってくるというか、作品も妖気がただようほどの迫力が出てくる。見ているうちに、身体の疲れもどんどん回復し、売店では龍と男波のハンカチまで購入。出て来たところの和菓子屋で栗ソフトをなめてほっこり。のち、駅で自転車をかえして、一駅先の須坂まで移動し、そこから宿泊地の山田温泉までバス。30分ほど揺られて着いた山あいの温泉街。ここの山田館という宿で二泊、お世話になる。次の日は須坂まで戻り、おやきを食べつつ、あちこち観光。夜は北京オリンピックの開会式を見て(長い!)こちらもくたくたになる。三日目の最終日は善光寺の「お戒壇巡り」をし、蕎麦も食べ、帰りの新幹線では横川の釜飯を食べ、夏休みは終了。
2008/8/4(月)09:55
3日間のオープンキャンパスも無事終了。ビジュアルは例年通り盛況な人の入りで、3日間ずっと喋りっぱなし。今年からビジュアル3コースで模擬試験を実施したのだが、予想よりも多くの人が受けてくれた。姫路から二日連続で来てくれた子もいた。バイトの在校生たちもよくがんばってくれた。いずれの日も、終わる頃には足がガクガクになり、どっと疲れが出るのだが、気分がいいので3日間とも河原町に寄り道をする。高島屋の地下で美味しそうな桃を買ったり、最終日の昨日はイノダ本店の旧館でハムトーストとアイスレモンティーを摂取したり。
お知らせ。デジクリのAO入試の模試ムービー。エントリーは8/6までです。
2008/7/31(木)22:27
明日からの3日間はオープンキャンパス。よって今日はその準備。
2008/7/30(水)22:11
夏休み初日はデジクリのイベント「ホワイトスクリーン」で、とある番組のブリッジ映像の撮影にエキストラで参加。真夏の体育館で3時間半以上のロケ。オバサンとしては、ほぼ20年振りに体育会系の汗をかいたのだが、わたくしの恩師のT教授も参加しているので、弱音を吐く訳にはいかぬ。がんばったあと、スタッフルームで各先生の入試営業のお土産の「ちんすこう(沖縄)」と「焼き牡蠣せんべい(広島)」を食べ、ほっこりしていたらどっと疲れが出たので、一足先に帰宅。帰りがけに京都駅のビッグカメラでプリンタのインクを買う。帰宅してからの風呂が気持ちいいったら。
2008/7/28(月)22:35
先週末は新しい絵本の打合せで四谷三丁目のとある出版社へ。あれこれとお話をしたあと、最後にちょっと学生の作品を見てもらったりもする。担当の方が「参考になれば」と何冊かの絵本を見せて下さった中に、ウサギとアライグマが登場して「友だちの死」をテーマにした絵本があり、読んでいて思わず泣いてしまった。最近、涙腺が弱いわたくし。のち、別の本の打ち上げで著者の方と一緒に、出版社の方に神楽坂でゴチになる。店の前に割烹着を着た和服の太めの女将がいて、その横で白と茶ブチの太った猫がのびをしている姿が妙にハマッていた。バラ寿司をいただく。「神楽坂阿波踊り大会」なるものをやっていた。私が見た時は、鳴り物の音が大きいわりに、踊り子が少なくてしょぼかったが。翌日は仕事。夜は須田町のKで晩ご飯。「キャベツのパルメジャーノチーズ焼き米沢牛ミートソースがけ」というおニューのメニューを試す。濃かった。以前から田村正和に似てるなぁ、と思っていた店の人のことを、他の客が「まさかずさん」と呼んでいて笑った。帰宅後、久しぶりに司馬遼太郎の「街道を行く〜越後路」を寝床で読む。先日越後に行ったとき、車窓から見えた民家のつくりが、切妻側が幅広で、全体にシンプルな印象だったのだが、司馬さんも同じことについて書いておられて驚いた。
2008/7/22(火)22:15
今日で前期の授業が終了。明日からは試験期間。とはいえ、オープンキャンパスや入試説明会で夏休みなんかほとんどない。今日は1年生のイメージ表現の授業の見学&合評に参加。プリミティブな魅力の作品がたくさん。昨日のオープンクラスの様子が大学のサイトで紹介されていた。わたくしの姿も小さく写ってマス。
2008/7/21(月)21:18
今日は海の日だったが、オープンクラスの授業日。2年生の授業は前期最後で、合評を続けざまに二つ。
先週からの忘備録。木曜日は富山に入試説明会で出張。終わったあと、東京に戻る特急がなくて、その日は富山泊。翌朝、富山駅の駅ビルで「ます寿司/各種」の看板に惹かれ、「青山」という老舗のます寿司と、白海老のかき揚げを買って「はくたか」に乗車。日本海を眺めつつ2時間、のち越後湯沢で上越新幹線に乗り換え、14時過ぎには東京着。上越新幹線の「MAXとき」は、全車両2階建て、しかも全ての席が3人掛け(つまり左右で6人掛け)で、週末だったためか満席のため、なんだか大量移送される家畜のような気分になった。湯沢から東京まで1時間ちょいしかかからないのは感動したが、越後の美しい田んぼの風景と、大宮あたりからの雑然としたコンクリートの風景のギャップはものすごかった。今回、車窓を眺めていて、地方の風景のあちこちに「お墓」があるのだな、ということを今更発見する。そういえば、徳島の祖母の家の田んぼにも、ご先祖さまのお墓があった。魚津あたりの河口では、シニアの集うゴルフ場の隣に大きな墓地があり、その横に水族館と遊園地の観覧車が見える不思議な風景を見た。
翌日は午前中東京藝大美術館に会期ギリギリセーフで「バウハウス・デッサウ展」を観にゆく。カンディンスキーの色彩の授業の課題作品を見たが、うーむ、あんまり楽しくない。オスカーシュレンマーのバウハウスダンスの映像は大変おもしろかった。80年前、わたくしの祖母の年代が10代だった頃のもの。のち、SDCの総会があったため、銀座のマロニエゲートへ移動。今年の春の卒業生が10数名参加、大学から他の先生たちも参加。「バウハウス展」の図録は同窓のO君がデザインしたらしい。一次会でおいとまし、夜は仕事。夏バテ気味の最近。
2008/7/8(火)22:30
絵の仕事は先月に比べると随分楽になったのだが、前期末のため、大学がなんとなく慌ただしい。メールその他、返信が遅れがちになっております。
で、先週末は「ターナー賞の歩み展」を観に、夜8時から六本木ヒルズの森美術館に行く。会期ギリギリセーフ。大学で話題のダミアン・ハースト作の牛の母子の縦切りホルマリン漬けを見たのだが、うむ、これは作家が凄いというより、牛そのもの、ひいては神様の造形が偉大だということではなかろうか。もしくは、この牛を切った職人は違う意味で凄いと思うが。現代美術〜コンセプチュアルアートって、どうも頭でっかちな気がして、生涯通して見続けていたいと思う作品に出会ったことがないような気がする。会場の最後にあったオランダの映像作家「サスキア・オルドウォーバース」の映像作品が一番よかった。六本木ヒルズ52階から観た夜景は湿気のせいか、眼下が霞んでいた。ちょうど七夕前で、金と銀の短冊とこよりが用意されていて、願掛けができるようになっていたので、銀の紙に願い事を書き付けてくる。こういうときに「世界平和」とか「温暖化防止」とか大きな目標を書かないわたくし。個人的なささやかな、願い事をひとつ(秘密)。のち、ヒルズの足下にある294円のラーメン屋で遅めの夕食。
月曜日に大学に行くと、こんどは三年生がどこからか笹を切ってきて、アトリエで七夕をしていた。短冊はトーナルカラー。先生も書いてと言われ、肌色の紙にこんどは具体的に即物的な願い事を3つ。「温泉旅行、ねこ、うまいもん」。
ところで「毎日新聞問題」というのをご存知でしょうか。マスコミでは軽めに取り上げられただけだったかと記憶しているのだけれど、こういう問題はもっと騒いでいいと思う。何が哀しくて、自国の女性のことを外国の人に誤解させるような記事を10年近くも英語で発信し続ける気になるのでしょうね。ほんとうに情けないです。
2008/7/1(火)23:38
きょうはすっかり夏日。大学から白川通りの画材屋まで紙を買いに行ったら、熱さと西日でぐだぐだになった。自力で録画テープからDVDを作ることに、ようやく成功。i-bookが異様に遅いのが難点だったが。先週末は溜まっていた洗濯モノを一気に片付け、浅野屋でパンをしこたま仕入れる。日曜日の夜は神保町で美味しいお魚を食べて機嫌が良かった。u珈琲で携帯で話し続ける女性の声が耳障りだったが。学生が貸してくれた本を読書。そして私の新しい本のお知らせ。
2008/6/26(木)11:00
ほぼ一週間ごとの更新。
先週の土曜は新宿で入試説明会、翌日の日曜は大学のオープンキャンパス(のため朝の7時に家を出る)。雨のなか、そこそこの動員。その夜、絵の仕事を3つ片付け、月曜は二年生のシルク印刷。シルク枠を用意するひと、感光材を塗る人、製版する人、刷る人と、いろんな段階の人がいて、作業室はてんやわんや。一人で30数名の学生の全てに目が行き届くはずもなく、手順を間違えそうになった男子学生に声を荒げてしまう。反省。
そして今日は京都駅に出来たビックカメラにPC周辺機器を仕入れに出向く。夕焼けのきれいな日だった。実家の庭のスモモがいつの間にか熟れている。毎年少しずつ小振りになっているが、今年は去年よりもたわわ。水曜日の夜、久しぶりにMさんと電話で喋る。女友達と長電話したのは半年ぶりくらいか。自分の喋り方に「先生っぽさ」を垣間みる。反省。Mさんも職場でいろいろとぶつかっているよう。立場は違うが、「ぶつかっていること」では共感できるので、お互いにぐちりあう。二人とも、具体的に少しずつでも目の前の仕事を片付けるほかはないのよね、と見解の一致を見たあと、最後には笑い合えた。
2008/6/18(水)21:18
しばらく間があきました。忘備録。
6/6の金曜日は造形作家のSさんと銀座で待ち合わせ、ライオンへ。Sさんは黒ビール、わたくしは(下戸ゆえ)ドイツの泡水を注文。Sさんは象牙や水牛の角をつかったアクセサリーをつくっている方で、新作を見せてもらったり、今後の作品についていろいろとお話を聴く。のち「ナイル」というインドカレー屋でカレー(めずらしい味)そして松屋の地下で和茶。浅野屋のパンを買って帰宅。土日は仕事。6/9日に京都へ移動し、翌6/10日から11日は入試説明会のため、広島と岡山に一泊の旅。水曜日の夜、岡山から自宅に戻ったのが23時で、翌日は朝から教授会。そして昼から的川先生のアセンブリー。講演自体は、いつもは来ないような外部の年配の方が数人来られていて、質問時間のとき数名の方が次々に挙手され「私たちのいるような宇宙は、ほかにもあるんですか」「『はやぶさ』はいまどうなっているんですか」「宇宙基本法のことが話題になっていますが、軍事利用も含めた今後の宇宙開発のあり方についてどう思われますか」等、熱心に質問をされている姿が印象的だった。的川先生の返事もそれぞれに興味深かった。講演のあと、休憩されている先生のもとへ四回生を連れておじゃまし、去年協力していただいた絵本を観ていただく機会を得る。先生はNPO「子ども・宇宙・未来の会」(KU-MA:クーマ)という組織を立ち上げられたそうで、「教育」ということに真摯に取り組まれている姿勢に背筋が延びる気持ちがした。その夜はそのまま東京へ戻る。4日連続で新幹線利用(当然、全て爆睡)。
金曜日から土曜日は「暮らしの風」の9月号を描き、日曜日の夜に築地市場の朝日新聞まで自力で納品する。月曜日はシルク印刷の実習、火曜日は三年生のアトリエを片付け、そして今日は3年生の合評と非常勤のSさんの課題出し。
いろいろと思うことのある最近。大学でイラストレーションを教える、ということについて、未だに迷いっぱなしで、先日のY先生からもいろいろとヒントメールをいただくのだが、今の大学(どこの大学でも似たようなモノかもしれない)の現状と自分の思うところの温度差に暗澹たる気持ちになっている。とりあえず三年生のアトリエの出しっ放しにしてある荷物を片付けようと思うのは、評価されることのない、地味な雪かき仕事をすることで、自分の心を白く保とうとしているからなのかもしれない。
2008/6/4(水)00:08
昨日はY先生が来て下さって数学の授業をして下さった。芸術系の大学での数学の授業。どんな授業になるのか、事前のメールのやりとりで、どのあたりの話になるのかは、だいたい予測はしていたが、正直よくわかっていなかった。が。
いやはや、おそれいりました。びっちり内容の詰まった濃いお話をスピード感のある画像や映像とともに約2時間(途中休憩5分)。ずっと集中したまま、浴びるように聴かせていただく。はい、めちゃくちゃ面白かったです。「話の内容なんか忘れていいんです」とY先生。たくさんの「大事なもの」をもらったが、そのいちいちを書くのは無粋な気がして、ここでは書かない。(ごめんなさい)あのとき、あの教室にいた20数名だけの宝物とする。それにしても、私の力不足で参加してくれた学生が少なかったことがとても残念で仕方ない。それでも参加してくれた学生たちは、みな楽しかったと言ってくれた。1年生の女の子は「難しい話は忘れていいよ、と先生が言ってくれたから、忘れたけど、何かすごく大切なことを聴いた気がする。」と言った。高校生のときに偶然先生の著作を読み、感銘をうけた人文学部の女の子は、授業中はY先生がその作者だと気付かず、その真夜中に〜もしかして、あれは「虚数の情緒」を書いたY先生だったのでしょうか、と私にメールをくれた。どこの誰かわからないオジサンが、なんだかわからないけれど芸術の大学で数学の授業をしてくれた。そして、その内容は数名の学生に確実に「宝物」をのこしてくれた。録画はしないで欲しい、と希望された先生。だからこそ、ライブで少しでもたくさんの人に観てほしかった。普段接している学生たちと、先生の授業を共有したかった。一期一会。そのときだけのチャンスを。もしかすると、このことを痛感させてくれたことが、私にとっての先生の授業だったのかもしれない。(これからはもっと賢くやります。これに懲りず、またぜひ来てやってください。→Y先生)
2008/5/28(水)23:57
三年生の絵本の合評。同僚のK先生と二人で3時間半ぶっとおしで行う。予想以上にいいモノができていてうれしい。心地よい疲労感と共に帰宅、こんどは自分の仕事。
2008/5/23(金)23:07
しばらくぶりの更新。この月末はシャレにならないくらい仕事が重なり中。結局先日の健康診断も、早起きすることで健康を損ねそうだったので、受診せず(いいのか)。メールにも返事できぬまま。すみません、いまちばらくお待ち下さいませ。
さて、つらつらとあったことを書いておくと9日に東京に戻り仕事。10日の土曜日はせめてもの息抜きに夜、森下の山利喜に行こうとしたら、相変わらずの長蛇の列で30分並んで諦め、結局銀座に出る。昭和通りを越えたところにある、こじんまりしたイタリアンレストランに入ったら、意外にアタリの店で、とくにサツマイモのニョッキのゴルゴンゾーラソースあえが美味だった。日曜日も仕事。月曜日は2年生の授業で、夜から絵本の制作に本腰でとりかかる。火曜日は書家の石川九楊先生が来られて授業。水曜日にK出版のHさんがアニメのN先生のところに来られていたので、3人で学食で集合してお茶。金曜日は京都駅のグランヴィアで入試説明会。この日のために同僚の先生が作ったビジュアルニュース、ビジュアルブック等を会場に並べ、来て下さった高校や塾の先生たちに学科のことを説明。お昼ご飯にスタッフで駅の下の回転寿司に入り、9人でカウンターに一列に並んで寿司を食す。その夜の新幹線で東京に戻り、土曜日は絵本制作、日曜日は新しい仕事の打合せで神保町の古瀬戸に行く。帰宅後、エアコンの修理がきて、夜もずっと仕事(書いていて哀しくなるよ)
月曜日に大学へ移動し、昼→大学、夜→絵本仕事のサイクルでひたすら働く。課題の絵本の提出が水曜日だったため、月、火は作品の撮影、スキャン、プリントアウトの学生が重なり、帰宅も遅めになる。木曜日は山本容子さんが集中講義のためご来校。さいたま市の鉄道博物館のために制作されたステンドグラス作品のDVDを見せてもらいながらの授業。ステンドグラス工房の方も同行されていて、ガラスを切るところを実際に見せて下さった。10メートル×3メートルの壁画は、10人の作家(池澤夏樹、池内紀、江國香織、浅田次郎等、)に鉄道にまつわるエッセイを書いてもらって、そこからのインスピレーションで描かれたそう。そして今日はイラストコースのためにアトリエで再び授業をして下さり、最後に学生たちの作品も観て下さった。あいかわらず美しく、知的に刺激的なお話をいろいろとして下さった。個人的には去年格闘していたステンドグラス切りをプロの方にほめてもらえて嬉しかった。
容子さんが帰ってのち、スタッフルームで学生たちの提出した絵本を観て和んでいると、留学生のSくんが凧を作って一緒に飛ばそうと言ってくる。昨日から竹ヒゴとゴミ袋で一人黙々と制作していたものらしく、昨日作ったものがいまいちだったので、竹ヒゴを更に太くして再び作り直したものらしい。2、3人の学生と一緒に表に出て、Sくんが凧糸を持ち、私が凧を持って、さぁ、飛ばそうとした瞬間「バキ」と音がして、竹ヒゴが折れた。私の手を放すタイミングが悪かったらしい。ご、ごめんね。スタッフルームに戻り、凧を作り直すSくん。わたくしは学生の相談を聞いたりしているうちに6時を過ぎたので帰宅。後は自らの絵本仕事。この週末が山場。
2008/5/8(木)23:01
いつもなら木曜日に東京に戻るのだが、今月はほとんど金曜日まで京都。ゲストや客員教授の先生方の授業が週末に入ってくるためで、そのトップは明日の麿 赤兒さん。で、明日の午前中は教職員の健康診断。健康診断して、麿さん。この流れって学校ならでは、でおかしい。(健康診断後に血圧上がりそう)
2008/5/7(水)21:48
このGWの過ごし方。1日に東京に戻り、2日に絵本の打合せで講談社に行く。わたくしの制作したラフを見て、編集のOさんが青ざめていたような気がするが、著者の方は「好きに遊んで下さい」と言って下さった。3日はそのラフの続きを夕方まで。4日はモディリアニ展を観に国立新美術館に行く。そもそも佐伯洋江さんの参加している「アーチストファイル展」を観る目的で新美に行こうと思ったのだが、せっかくなのでついでにモディリアニ。期待値以上におもしろかった。女たらしだね、このオッサンは。こんな甘えたような可愛い女を描く人だったとは。美しい肌の色、洒落たファッション。なかでも最後の恋人となった、画学生ジャンヌを描いたデッサンがピカ一。愛しかけている女を描いた男の絵。
佐伯さんの方は、文句なく「ビョーキ」な絵で大変よかった。この人の大きな絵は新美術館の空間でまとめて観てこそ、生きる絵だな、と。印刷したものでは伝わらない。シャーペンの細かい描写の連続にため息。すばらしく美人で、おっとりした彼女のかかえる魔物は大物。
のち、銀座に出て食べたシンガポール飯は、注文の仕方を若干間違え、全く同じ構成要素の麺を味(色)違いで二皿頼んでしまう。おかげで満腹になったけど。5日は文春チラシネタを探しに青山へ出る。雑貨屋、ワタリウムなぞをのぞき絵本を買い、無印でおやつと傘を買う。久しぶりの表参道界隈の喫茶店の値段の高さにひるみ、結局神保町の喫茶店でお昼を食べて帰宅。6日は文春チラシ絵の制作と、朝日新聞「暮らしの風」のラフ。あっという間に終わってしまったGW。ラッシュのニュースも人ごとだった。
2008/5/1(木)00:38
世間ではゴールデンウィーク。しかし、しっかりと仕事を抱えこんでいるため、おそらくどこへも行けそうにない。
先週は同僚の先生のお父様が亡くなったので、大学帰りにお通夜に行き、そのまま東京に戻り、あとはずっと家にこもって仕事。月曜日(28日)に京都に移動、29日は祝日だったがオープンクラスで開講。高校生や保護者の方がぞろぞろと見学に来られた。そして昨日〜今日も普通に授業日。月曜日の二年生の授業は気力体力勝負だが、三年生は一度課題を出したあとは、仕上がるまで一月ほど「泳がせて」おけるので、比較的楽。そうは言っても、絵仕事の方では一冊本のラフをこの休み中に仕上げねばならないので、家に戻ってからはひたすら机に向かう。連休が明ければ、月末までにこの本の仕上げ(120pの全ての見開きに絵が入る)を制作せねば。そうは言っても、大学でもそろそろ入試説明会の全国ドサまわりがスタートしていて、わたくしも今月〜来月にかけてあちこち廻ることが決定し、ちょいと戦々恐々。
そんななか、先日の長野で知り合った造形作家のSさんにお願いした象牙と水牛の角のピアスが届く。左右で色も形も向きも全部あべこべの不思議な造形。
2008/4/21(月)23:28
今年度の授業が始まって早いものでもう2週間。去年の今頃は、自分の仕事との兼ね合いでむちゃくちゃしんどかったのだが、今年は比較的楽。通勤になれたというのもあるが、一番の理由は学生たちに慣れたことか。で、今日は大学で二年生の授業。思いのほか提出に時間がかかり、帰宅が21時をまわる。のち、仕事をしつつこれを書く。
先々週からの忘備録。
10日の夜東京に戻り、11日はギッチリ絵仕事。12日は知人の誘いで、古楽器の演奏を聴く会の集いのため、無理矢理1泊で信州の蓼科まで行く。その朝摘んだというフキノトウの天ぷらで軽く腹ごしらえしてから、木のホールでコンサートを聴く。チェンバロとバイオリンのプロの方の演奏。のち、食堂に移動してメンバーの方たちが作った手料理のあれこれをいただく。普段知り合うこともない異業種の方たちと会話。皆さんに共通しているのは「クラッシックが好き」で、小学生までが「好きな作曲家はラヴェルです」とか言う。新参者、しかもバロック時代の音楽のことなど、全く知らないので、その場で交わされる会話のほとんどが理解できず。しかし自己紹介で「絵を描いてます」と営業欲を見せて仕事本を取り出したところウケ、新聞社三人娘にサインまでしてしまう。いいのか、私で?
翌日は艶やかな美人に車で神保町まで送っていただく。交差点で落としてもらったあと、帰宅後はひたすら真夜中まで仕事。一瞬の夢のような旅だった。
14日に京都に移動。16日の水曜日に三年生に課題を出し、17日に東京に戻る。18日は新刊案内の担当者の引き継ぎのため、昼から文藝春秋に行く。今まで担当のTさんは開発室という部署に異動された。開発室とはどんな仕事をする部署なのか、というお話を新任のIさんと一緒にうかがう。いったん家に戻ってラフをひとつ片付けたあと、夜はS事務所のSさんが退職されたので、韓国料理の集いに大久保まで出る。新大久保と大久保を間違えて下車してしまい、おもいっきり遅刻する。編集の人、文字組の人、印刷の人なども参加。我々以外の客が全員韓国人というお店で、ひたすら肉を食す。土日はひたすら仕事。この週末はずっと雨で布団が干せなかった。週末、イラストレーションファイルが届く。
2008/4/9(水)21:39
今日から授業がスタート。込み合う学食でうどん。昼から初々しい一年生に挨拶したあと、専任全員で2年、3年と順番に授業カリキュラムの説明をしてゆく。スタッフルームでは非常勤の先生が次々に来られたので出席簿をお渡しし、自分の課題のプリントをコピーし、授業で課題を説明し、教室間で机を移動し、編入生にロッカーをあてがい、就職の相談に来た学生の話を聞き、アムステルダムのリートフェルトから来たスゥェーデン人の交換留学生のSくんに教室の案内をする。もう何が何やら。
2008/4/7(月)22:05
新入生のオリテで比叡山の叡山閣へ。朝の10時に集合だったため、6時16分の新幹線に乗るため5時半起床。こんな日のためにと、エキスプレスカードでたまったポイントでN700系のグリーン車に乗る。9時30分に大学に着くと、雨が降りそうなので、全員バスで登山することになったとのこと。新入生およそ100人と、バスを3台連ねて蹴上からのぼる。桜の花がそこかしこで満開。途中雨が降り出し、頂上に着くと、雨で下界は真っ白で何も見えず。いつもの記念撮影も大広間で撮影する。下山もバス。大学に到着した頃は大雨で、傘を持っていなかったのでずぶぬれになる。
2008/4/5(土)
金曜日の夜に東京に戻り、土曜日の午後は猿江恩賜公園に桜を見にゆく。もう散りかけの桜を目当てに、たくさんの人がお花見をしていた。夕方から護国寺に出て、講談社で新しい本の打合せ。帰りに新宿に寄り、買物と食事をささっと。新宿の中村屋に入ろうと地下道を直角に曲がったとたん、そこにいた見知らぬオッサンに「近づくんじゃねぇ、ババァ!」と叫ばれる。へ?自分のことだと思わなかった。私に言っていたのだね、ということにしばらくしてから気付いてから猛烈にハラが立つ。「うるせーんだよ、ジジィ!」と、とっさに言い返せばいいのかな、いやいやそれでは彼と同じ次元になってしまうではないか、と心のなかでぶつぶつ反芻。心の中に盛り塩。帰宅後、大学関係のことで調べもの。そのほか。
2008/4/4(金)01:32
新年度のオリテ期間中。イラストコース新3年生は3階のアトリエに、新2年生は4階に、新4年生はトナリの部屋へそれぞれ引越し完了。で、今日はグラフィックM先生のためのクムルスお疲れさま会を三条で。デジクリM先生のおすすめのトリのお店で御大も交えて、新鮮なトリ刺やトリすきをいただく。生レバーはまるで「あん肝」、スナズリの刺身もコッリコリ。九条ネギたっぷりのトリすきのあとは、卵とじにしたものをご飯にかけて。んでもってその卵は全て初産卵で小さくて殻が固め。あまりに美味しいので、ご飯をおかわりして卵ごはんにしてむさぼり食う。
専任9人は、いずれもほんとうにいい人たちで、それぞれの得意分野を持ち寄りながら、相談しながら、時にはふざけあう。このメンバーで大学のいまこの時代を共有できることは、ほんとうに幸せなことだとしみじみ思う。一人で家にこもって絵を描いていたら、私はきっと行き詰まっていた。通勤が多少しんどくても、こうしていろんな人に囲まれて刺激をもらい、うっとおしいくらいの学生たちの干渉にもさらされ、時間的にも制約が多い今の方が、逆に描く絵の世界の幅は拡がった。「おーたかちゃんはオトコ並みに根性あるね」とはイラストコースのT先生の褒め言葉。そしてふりかかる新たな企画、「おーたかさん、それ向いてる」とデジクリM先生にたたみこまれ、背中にのしかかる新しい仕事。うー。やってやろうじゃないのさ。東京での私生活も大切にしながら、絵の仕事も大学の仕事も走れるだけ、走ろう。たぶんこれから先も「あーもう辞めてやるっ!」と煮詰まることもあるとは思うが、今日のところは、この気持ちを忘れないために、こうしてメモしておこうっと。
2008/4/1(火)23:20
入学式。先日クムルスの会場だった京都国際会議場のイベントホールにて。まわりの桜は3分咲きくらい。式のあと、ビジュアルスタッフでお昼を食べ、13時からミーティング。終わったのは16時半。報告事項で今年度前半は客員教授も含め、ゲストが目白押しの濃厚なスケジュールが確定。ほぼ毎週だれかがやってくる予定。今日から助手の人も新たに一人加わる。去年の入学式後はあまりの忙しさと環境の激変で半泣きだったが、今年は(問題の総量はむしろ増えているのだが)心理的に随分ラク。慣れというの怖い一方で素敵。
イラストコースの壁画が完成。京都新聞に載りました。
2008/3/30(日)23:27
雨。東京は櫻がほぼ満開だそうだが、京都はまだ2分咲くらい。雨の中「クムルス」イベントのためCOCON烏丸まで出る。帰りにイノダ三条でハムトースト。来週は入学式。
2008/3/28(金)23:27
クムルス初日。国際会議場でのフォーラムを聴講。原研哉氏のお話がとても分り易く面白かった。
今回のクムルスのテーマは「空(ku)」で、そのことに絡めたお話。日本人は八百万(やおよろず)の神さまの居場所としての神社〜神様が来てくれる「かもしれない」空間を囲い「代」とし、そこに「屋」をつけて「屋代」をつくり、鳥居でその空間に導く〜をつくったが、そのなかには神様が「来てくれるかもしれない空間」があるだけで、まさに「エンプティネス=空」である。伊勢神宮は20年に一度、建物をはじめとする全ての神具を新しくして、常に「更新」し続けて千年以上経っているのだが(ゆえに日本の一番トラディショナルな建築物は築20年!)そのことは、建物自体に価値があるのではなく、そこに「宿るかもしれない」神様の存在を共有しうる、日本人独特の感受性(精神性)をよく表している、というようなお話。
「阿吽の呼吸」という「言わなくてもわかる」コミュ二ケーションのことや、「シンプル」という様式を西洋が発見するずっと前から京都には茶の湯をはじめとした「シンプル≒エンプティネス」な様式が生まれたこと、茶室の空間はそこにしつらえる花や掛け軸によって、満開の花の咲く庭になったり、波の打ち寄せる夏の海辺になったりするが、そのことは茶室が「エンプティネス」であるからこそ可能なのであり、そこから無印良品の商品開発へと話は続く。
無印のデザイン、例えば、ひとつのテーブルなら、20代の若者にとっても、60代の熟年夫婦にとっても、そのどちらもに「私(たち)が欲しかったのはこんなテーブルだ」と思わせるデザインを目指しているのだということ。無印のデザインについて、いろんな人にアンケートすると、ある人は「シンプルだ」といい、ある人は「何もデザインされていない」といい、ある人は「おしゃれ」だと言う。相手によって、いかようにも解釈が可能であること、それは無印のデザインが「シンプル」なのではなく「エンプティネス」だからこそである。例えばヘンケルの人間工学に基づいた包丁のデザインと、日本の板前が使う和包丁を比べたとき、前者のデザインは曲線を多用し「いかにも」な感じにデザインされているが、和包丁の方はほとんど直線のみで、人の手には馴染みにくそうだ。しかし日本の板前はこの和包丁で、とても繊細な料理を作りだすことができる。このこともシンプルとエンプティネスの違いを物語る。云々〜というような大変おもしろいお話を1時間ちょっと聴く。
ここからが私の思ったことだが、過剰なデザインのものは巷にあふれているが、多くはデザイナーの自己表現の押しつけだったり、空間恐怖症からの「埋め草的意匠」だったりする。いくら探しても気に入ったバスタオルやスリッパが見つからないわたくしにとって、何もデザインされていない無印のスリッパやユニクロのタオルが「あぁこれが私の欲しかったもの」だった。(あと無印では組み立て式の棚を仕事部屋の壁いっぱいに設置している)。原さんのお話を聴くと、神道の話まで出て来て、なんだか大げさに聞こえるかもしれないが、「デザイン」というのは、民族の歴史や宗教までをも含めてそこまで遡るほど、人の行為にとって「根源的ナニモノカ」なのではなかろうか、という気がする。だからこそ、優れたデザインというのは「過剰」や「過激」ではなく「共感」だったり「安らぎ」だったり「便利」だったりするのではなかろうか。
国旗のデザインを見ると、日本人の精神性がよく表れている。そういう意味であのデザインは秀逸だ。日本人は縦軸と横軸をクロス(キリスト教的に)させて物事をはっきりとフォーカスしない替わり、そのクロス部分に円を置き「あいまいなゾーン」で物事を処理する。「そのへんを、そんな感じでよろしくね」でコミュニケーションが成り立つ国。西洋の人も、もう少し日本を見習えばいいのにねぇ。などとそんなことを思いつつ、日本人的には、原さんのお話は大変分り易かったのだが、主にヨーロッパからのゲスト(200人)は、同時通訳でどこまで理解して下さったのだろうか。
ところで最近発売された無印の「焼きポテト」は美味しいですね。
2008/3/26(水)21:21
ずいぶん更新が滞ってしまいました。ごめんなさい(と、私は誰にあやまっているのか)。こないだ更新してから、東京展の搬出をしたり、Macを修理に出したり、本屋巡りをしたり、確定申告をしたり、卒業式があったりした。
忘備録。3/13は六本木アクシスでの展覧会の搬出のあと、久しぶりに青山ブックセンターで遊び、本を数冊買って大学まで送ってもらう。次の日は神保町の三省堂、源喜堂、一誠堂さん等をまわる。三省堂で5〜6冊買い、一誠堂さんでは高さにして30センチくらい、源喜堂さんでは60センチの本を買う。これだけ買っても、古書なのでそんなに高くない。その週末は確定申告の書類を制作。明けて17日、月曜に大学に行くと、警備室が私の宅配荷物でいっぱいだと、デジクリの先生が教えてくれる。「おぉそれは大変だ」と台車を押して引き取りにゆく。K先生も、東京展のついでにたくさん本を買ってこられたようで、わたくしと向かい合う二人の机の上に本の小山ができる。来年度から非常勤で来てくれる佐伯洋江さんが国立新美術館で展覧会をしているのを見て来たK先生に図録を見せてもらう。この4月から、彼女はイラストコースにどんな風を起こしてくれるんだろう。翌火曜はT御大+イラストの専任3人でお茶を飲みつつ今後の打ち合わせ。帰りに三条京阪の駅までT御大に車で送ってもらう。車中、この1年でわたくしなりに感じたことのあれこれを話す機会を得る。忙しさにかまけてこの1年、なかなか御大に報告に行けなかったが、思っていることを口に出せた有り難い機会だった。20日の祝日は卒業式。式のあと、夕方の食事会まで時間があったので、四条の地下のイノダで昼ご飯を食べる。濃い洋食。そのままぷらぷらと四条〜三条をふらつき、夕方吉田山荘に集合。卒業生20数名とお膳を並べて春の懐石料理を食す。もう仕事をし始めている学生も数名おり、彼らの顔つきは、学生時代のそれとは明らかに違っていた。わたくしが紹介した仕事場で働き始めた学生とも話す。しんどいんだろうな、と思いつつ、私自身の昔も思う。そうなのだよ、卒業してしまって、学生時代の有り難みが身にしみてわかる頃、もう、学生時代のように皆と同じ環境ではない心細さ。これからは一人で泳いでゆかねばならない厳しさ。でもね、社会に出て20数年、オバサンは思う。社会に出ていろんな人に出会うことは、ほんとうに素敵なことだよ。大人になる方が、絶対楽しいんだから、と。二次会は木屋町の居酒屋。0時頃にお開きになったとき、別れ際にK先生が抱きしめた学生達が次々に泣き出して、おもわずこちらももらい泣き。しゃがみ込んだ学生の頭を撫でつつ、これからも繋がっているのだからね、いつでも遊びにおいでね、と言う。ほんとに、みんな、がんばってね。応援してるからね。
週末は一瞬東京に戻り、絵仕事。月曜は再び京都。桜が開花。夜、ドバイ一時帰国のYさんと荒神口の「安兵衛」で季節料理。デーツのお土産をもらう。25日は朝からスタッフミーティングでT御大再び。途中、情報館のIさんが、来年度の的川先生のアセンブリの告知ポスターを持ってきてくれた。こちらも楽しみ。そして28日からは今度はクムルスがある。そしてそれが終われば入学式。行事目白押しの4月。春休みはどこ?
2008/3/9(日)15:58
お知らせ。3/13まで六本木のアクシスで、ウチの学部の展覧会やってます。
先週末は東京入試のため、お台場のビルに缶詰だった。一般入試B日程(という、つまり二次試験のこと)のデッサンのモチーフ担当(ここ最近「とある用事で」あちこち彷徨っていたのは、そういうわけだったのですね)だったこともあり、入試課の人と交代で午前9時過ぎから午後6時ちかくまで、会場設営したり、モチーフ配ったり監督したり、片付けたりしていた。休日のお台場(テレコムセンター付近)なんて、ほとんど人気がなく、食べ物屋も休業。3日間コンビニのお弁当で凌ぐ。あんまりわびしく、疲れたので、帰りがけに向かいにある「大江戸温泉」にでも入ってみたかったのだが、やはり女一人で行くところではなかろう、と理性でやめた。ゆりかもめは楽しかったけどね。ウチの家からお台場までは、明治通りを新木場までタクシーを飛ばせば、りんかい線、ゆりかもめと乗り継いで40分弱で着く。初日はその逆ルートで帰宅したのだが、あまりに新木場付近がわびしかったので、二日目は他の人たち(といっても総勢3名だが)と一緒に新橋までゆりかもめに乗った。きらめくイルミネーションの近未来的人工島のなかをするすると進むゆりかもめの車中で、今後の入試のあり方について、プロダクトデザイン科のY先生が熱く語っていたので、便乗して一緒に入試課のTくんをいじめる。火曜日は京都に移動して入試の採点に参加。水〜木は家で絵の仕事、金曜日は判定教授会&入試のあとの伝票整理など。最近の本のお仕事。
2008/2/24(日)12:46
今年になってから、東京の家のMacの電源が突然落ちるようになった。うちには他にもう一台あるし、ノート方も持ち歩いているので、喫緊に困ることはないのだが、それでもパタパタと作業をしている途中で突然画面が暗転すると、目にも心臓にも悪いし、再び起動するのにも時間がかかって不便なので、修理に出そうかと、とりあえずネットで調べてみたところ、みごとにコレに当て嵌まっていた。なるほどね。原因がわかったので、一安心して修理に出す準備もせず、そのまま目の前の仕事に埋もれる週末(いいのか)。
去年の夏から関わっていた小学館の「かず・かたちの図鑑」が発売、担当の編集の方から1冊届く。主に「かず」のところで、パノラマ絵(「ウォーリーを探せ」みたいな絵。あんなに複雑じゃないけど)を何点か描いてます。よろしければ、本屋で見てやってくださいまし。
2008/2/22(金)19:01
春休みだというのに、ほぼ毎日出勤中。何をしているのかよく覚えていないのだが、出勤してスタッフルームの机でmacを起動させたあと、起案書の作成や電卓で経費の計算したり、学生の相手をしているうちに日々は暮れてゆく。
で、一つお知らせ。19日の火曜から、京都の南の中書島付近にある、とあるリサイクル工場の壁を、我がイラストコースの学生がペインティング中です。全長60メートル、高さ3メートルの壁に有志の学生がエコな絵を制作中。日中は京阪電車の窓(淀屋橋から出町柳に向かって左側)に、淀を過ぎ、中書島に着く3分ほど前に10秒くらい見えます。京阪電車をお使いのみなさま、機会があれば注目してみてくださいまし。
2008/2/15(金)22:56
キリ番も過ぎ、週末しか更新していないので、最近カウンターの回りが遅く、なんとなく寂しいわたくし。ま、マメに更新しない自分が悪いのだが。
いつものように防備録。先々週の12日は朝から会議があったので、朝6時に家を出る。京都は残雪。お昼に学食で同僚の先生たちと食事。休みに入ったのに、学生も先生もたくさん来ている。いろいろと雑務。夕方河原町に出て大学の用事。翌日は大阪まで出る。ついでに阪神百貨店に立ち寄り「ロイズ」のポテチチョコを自分用チョコに買う。京都に移動、大学のある岩倉付近は雪で積雪が10センチ近く。ふわふわと降りてくる雪にまみれながらスクールバスを待つ。大学のスタッフルームに着くとベランダに大きな雪玉があり。同僚の先生が制作したとのこと。いろいろと雑務ののち、帰り際にベランダに出て、私も小さなネコ雪だるまを制作。雪は大人も子どもにしますねぇ。夜には雪もやみ、さえざえとした夜空に半月が美しかった。
翌水曜日は昼まで実家で仕事ののち、東京に戻る。東京駅から乗ったタクシーの運転手さんが50歳くらいの女性で、いろいろと話をしてくるので相づちをうつ。男並み以上に働いてしまうご自分のサガを嘆きつつ「専業で主婦できる人がうらやましいー、私なんかぜーんぶ自分でなんとかしちゃうから」などとおっしゃるので「でも、そんなふうにしか生きられないんでしょ?」と言ってみたら、親指を立てて「ぴんぽ〜ん」と笑ってらした。ご同類。
夕方から出かけ、夜は小川町のKで食事。テーブル席が満席でカウンターでモソモソご飯を食べていると、店のひとが青くて辛い唐辛子を小口に切って醤油とごま油に漬けたものを出してくれた。お粥メニューに添えるモノらしく、とても美味しいので作り方も聞く。
翌金曜日は一日仕事。土曜日はカッパ橋のあと銀座に出て美味しいパンを買って帰る。
2008/2/9(土)17:31
昨日の夜、大阪のNさんから画像添付で「130001でした」メールが。わたしが踏まなければ、Nさんは立派にキリ番だったので、うどんはNさんにお送りすることに(ぱちぱち)前回のキリ番で120001を踏み、今回リベンジで「130009でした」とメールをくれた学生のNCちゃん、残念でした。これからもたぶん、ずーっとキリ番プレゼントは続けますので、卒業してからもず〜っと狙って下さいね。Nさんには日の出製麺のうどんセットをお送りします。お楽しみに〜。
2008/2/8(金)21:58
キリ番、自爆(あぁぁ)
仕事の合間に「いま、何番かしら」と自サイトを覗きに行って、見事に自爆。なんてこと!画面を見ながらしばし固まっちまいました。うぅぅ。なんか、自分で自分ちのキリ番踏むのって情けない。こうなったら、キリ番にニアミスした方にうどんゲットの権利を差し上げますので、ご一報を。
2008/2/7(木)12:12
ここしばらく卒展、一般入試などで京都でした。
卒展は市立美術館での飾り付けを少しお手伝いしたあと、一足先においとまして、とある目的のために京都駅付近をうろつく。この「とある目的」というのはそのうちあきらかにしますけど、わかる人にはわかるかな)。で、金曜日の一般入試では陶芸科の試験監督をすることになる。ふだん、他の科がどの校舎で何をやってるかほとんど知らないので、教室にある机や黒板(ビジュアルデザイン科はホワイトボードしかない)や水道位置等にいちいち興味がわく。何気に床に置いた鞄が真っ白になったので、あぁそうか、乾いた土がうっすらと堆積しているのだな、と気付いたり。お昼は陽のあたるのどかな会議室で同僚の先生たちとお弁当。ウチの科は昨年比で1〜2割ほど受験生が増えているそうで、2日間で約900人のデッサンやら色彩構成やらイメージ表現を見る。このご時世、受験者数が増えていることはまことにありがたい。
月曜日は「とある目的」のために大阪、神戸方面まで出向く。大阪は3年、神戸に至ってはほぼ10年ぶりで、大阪って(つうか阪神間って)こんなにも「タカラヅカ」っぽかったっけ?と軽いカルチャーショックを受ける。駅の建物、店の調度品等、どれもこれも装飾過剰な「マダム」のイメージ。そうだったよなぁ、こういうバタくさい「ツケマツゲっぽい」文化、風月堂のゴーフル、ユーハイムのイメージだったなぁ、と子ども時代を思い出す(私は尼崎育ち)
最後に立ち寄った阪神デパート地下の立ち食いエリア「スナックパーク」(というらしい。帰宅してから検索)でも再びカルチャーショック。イカ焼き、ヤキソバ、お好み焼き、うどん、ラーメン、カレー、オムライス、寿司、マクドナルドまで、あらゆる飲食店が並び、好きなモノを注文して、好きな場所で立ち食う人々の群れ。戦後の闇市みたい(見た事ないけど)。1皿250円のヤキソバを食べる私の右トナリでは、オバサンがラーメンを食べ、右ナナメ前のカウンターではサラリーマンがマクドのポテトを、うしろの大きめのテーブルでは若くてキレイなOL風のネエさんがでっかいオムライスを立ち食っていた。いかにも大阪らしいのは、そのコーナーの隣にお洒落なパン屋「Paul」があったり、お魚売り場のオジさんが「ホーミー声」を出してるすぐ横に、バレンタインのチョコレートコーナーが設置されていたりと「カッコ」よりも「実」、「建前」よりも「本音」を重視する、大阪らしいなぁ、と。水曜日から大学の方はお休みをもらって、東京に戻る。連休明けの納品が3つ重なっているのでがんばらなくては。
2008/1/28(月)00:43
金曜から土曜にかけて、とある目的のため、秋葉原、カッパ橋、馬喰町などを彷徨う。金曜日には日の出製麺から「緑あひる」と「白椿」の食べ比べセットが届く。何のことかと言えば、小麦粉の種類の名前で「緑あひる」はコシの強い麺、「白椿」はもっちりとした麺の味が楽しめる。日の出製麺のサイトで特別企画として販売されていたのをメールマガジン(そう、わたくしはうどん屋のメルマガを購読している)で知り、即注文。あとで知ったのだが、即日完売だったとか。届いたそれを、さっそく「緑あひる」の方から釜玉でずるずると食す。う、うまひ。
そんなわけで、次回のカウンタのキリ番が近づいてまいりました。今回も、讃岐うどんで行きたいと思います。ワンパターンですみません。踏まれた方は、画像添付でメール下さいまし。
2008/1/24(木)12:49
ずいぶん間があいてしまいすみません。その間に後期授業が終わり、展覧会にもちょこちょこ行き(以下に詳細アリ)センター入試のリスニング監督(!)などもやり、進級制作展の飾り付け、シラバスの記入等の大学業務を粛々とこなしておりました。
センター入試の監督、とりわけ自分の担当がリスニングと知ってからというもの、分厚いマニュアルを渡されたものの、ちっとも読む気になれず、読んでみても、ほとんど頭に入らず、「嘔吐」と「鼻血」は再試験対象者扱いで、タダの「体調不良」はそうじゃないとか、じゃ前の席の人の「放屁」とか隣の席の「貧乏ゆすり」が気になって集中できなかった生徒にはどう対応したらいいのか等、悩ましいことがたくさん書いてあって・・・あぁこれでは絶対何か問題が起こるとすればその原因は絶対ワタシだ。マスコミに京都精華大学で試験監督の不手際で云々と書かれてしまうんだ。どうしよう(悶々)というような日々でございました。実際の監督はひとつのクラス(50人ほど)を4人で担当するので、私一人がどうこうしても、ちゃんとフォローが入るシステムになってるんですが、ナーバスになっている受験生達にはいろいろとこちらも気をつかわなくてはならず、大学側もピリピリムード。日本画のスケッチ用に飼われている孔雀小屋も防音シートですっぽり覆われてた(中の孔雀たちはどうしていたんだろう)し。ま、結果ウチの大学では何も問題がなかったのだけど、帰宅してニュースを観て、あちこちの大学で事故が起こっているのを見聞きし、大学側の苦労がわかるだけに、ほんとうに気の毒。携帯電話をならしてしまった学生もホントに気の毒。こんなに労力を使うテスト、果たしてそれだけの意味があるのか、ちょいと疑問。
で、後期の授業も終了し、三年生の絵本の授業も終わり、一段落したところへ学生の一人からメールがきて嬉しいニュース。HBギャラリーのファイルコンペで、受賞は逃したものの3次審査までいったとか。さっそくギャラリーのサイトを観にゆくと、審査結果に彼女のほかにもクラスの学生たち2〜3人の名前が載っている。自分のことのように嬉しい。
2008/1/14(月)23:40
ブルーノ・ムナーリ展。やや風邪気味だったのだけど、どうしても観ておきたかったので板橋美術館に出かける。最終日だったので人出多し。売店でごっそり絵本を買ってしまう。
2008/1/13(日)18:00
昨日は雨のなか、両国の江戸東京博物館に「北斎展」を観にゆく。オランダ国立民族博物館やフランス国立図書館に所蔵されている、日本の風俗を描いたこぶりな肉筆画群や、エッチング風に書いた木版画などがおもしろかった。芸艸堂(うんそうどう)から近々発売になる北斎漫画の手摺木版本(限定150部)が欲しい。
2008/1/11(金)14:00
防備録。6日の日曜日は大学の新年会で京都ブライトンホテル。前日が朝5時まで起きていたため、二次会以降はパスして帰宅したものの、翌日も納期を抱えていたため、結局朝4時まで。月曜日が昼からだったたので、6時間ほど眠ってから大学。二年生最後の合評。火曜日は朝からスタッフミーティング&シラバス作成。先日神保町で仕入れた本がどっさと届いたので警備棟から台車でスタッフルームまで運ぶ。その中の一冊、中世マニュスクリプトの本をテンペラの先生が気に入り、同じものを欲しいと言ったので、書店に問い合わせたところ、洋書で同じものは滅多に入荷しないとのことで、アマゾンで探すと値段が4倍もした。
その夜はさすがに撃沈、翌日昼前まで寝てしまう。木曜日の夜に東京に戻ると郵便受けに今年最後の年賀状がたまっていた。
2008/1/5(土)20:42
あけましておめでとうございます。とはいえ、もう5日。防備録として書き留めておくと去年の大晦日は京都の家の掃除、片付け、元旦は実家で白みそのお雑煮とおせちをいただいたあと、絵の仕事。2日の夜9時の新幹線で東京に戻り、3日は箱根駅伝を見てから以後は年賀状の制作。夕方、世界堂にケント紙その他の買い出し。4日は昼過ぎに新規のお仕事の打合せが青山で。その帰りに東京駅横の中央郵便局で年賀切手を購入し、京橋まで歩いてM画廊に寄り、モーリッツのビョーキのエッチングに魅せられる。のち銀座でイトーヤと松屋の地下で遊んだあと、神保町のボンディで初カレー。そのあと近くのK(仮称)というバーで紅茶。とてもお洒落な年配白髪のご主人が作る卵サンドに魅せられて、つい注文。帰り道に家の近所の神社で初詣。
年明け。はてさて、今年はどんな年になるのでしょうか。
2007/12/30(日)19:39
あちこちを煤払いして、いまから京都。取り急ぎ、今年の更新はここまでです。来年が皆様にとってすてきな一年でありますように。
2007/12/29(土)12:45
昨日は朝ごパンののち、机まわりの大掃除。ここ数ヶ月以前に関わった仕事関係の書類をダンボールに詰めて京都に送る準備をしたのち、夕方から神保町へ出て本の買い出し。G堂であらかじめ知人が物色しておいてくれた本を出してもらって店の奥で見る(ビジュアル本なので読むというよりも見る)。シリーズモノを含め、全部で26冊を宅配便で大学に送ってもらうようにお願いする。ほかにも面白そうな本がたくさんあったのだが、閉店間際だったため断念。ルオーの版画のレゾネも入手。家に戻ると雨で、ベランダ猫のみそと遊ぶ。
今年もあと三日。
2007/12/28(金)13:21
昨日の誕生日はミーティング&大掃除のために大学に日帰りだった。朝の5半に起床。7時の新幹線に乗り、10時20分に大学到着。専任9人と元締めT先生の計10名で作戦会議をしたのち「れあた」で昼食。Aランチはサバの竜田揚げ定食。のち、大掃除。9人でやるとこの数ヶ月の間に散らかし放題だったスタッフルームがみるみるうちに片付いてゆく。ビジュアルデザインの先生たちは、元はみなデザイナーやクリエイターなので、それなりの美意識はあるはずなのだけど、日頃の激務と、学生達の「だしっぱなし」「借りっぱなし」攻撃に遭い、部屋は日々カオス状態。それぞれが机の上を片付け、出しっ放しのカナヅチや定規やガムテープやボードマーカーを所定の位置に戻し、書架の中であっち向いたりこっち向いたりしている本を立て直し、あっちこっちで通行の邪魔になっているモニターや台車や脚立やダンボールの箱を片付ける。電話線が繋がっていないのに、ずっとミーティングテーブルの上に鎮座していた電話機もほかす。一段落したあと、パソコンを立ち上げ、広報からせっつかれていた教員プロフィールとコメントをひねり出して事務局にメールで送る。教務からせっつかれている来年度のシラバスも書かねばならないのに、まだ全然書けていない。〆切はとっくの昔に過ぎている。(これに関しては内田樹さんのブログに私の気持ちが代弁されているのでリンク。紹介してくれたSさん、ありがとう。)でもお誕生日なので、さっさと書くのを諦めて夕方の新幹線で東京に戻る。あたらしくなった大丸の地下で美味しそうな食材をあれこれ購入。知り合いがおすそわけしてくれた、今朝制作されたばかりの打ち立ての蕎麦と、デパ地下で安売りしていた天ぷらで夕食。美味しいものを自分の力で入手、摂取できる幸せをかみしめつつ、誕生日の夜は更けてゆくのだった。
2007/12/25(火)11:58
年末の行事があれこれ。その合間に今年中納めの仕事がぎちぎち。新しい仕事をさらっとご紹介。ページ一番上のバナー、栗林佐知さんの「ひばり女房」です。このお話、とてもおもしろいので、ぜひ。
20日で私の関わる年内の授業は終了し、夕方から大学近くの「れあた」で2年生がクリスマスパーティをしたので、少しだけ顔を出す。300円以内のプレゼント交換で「爆汗湯」という入浴剤をもらう。同じ日に、三年生の二人は旅行でアムステルダムに旅立ち、その昔、アムスでお世話になり、いまはドバイに出張中のYさんからは、お知り合いの金箔職人さんが、昨日の昼にウチの大学で講義をする由のメールをもらう。友だちのMさんは来週、ドバイにYさんを訪ねる予定だとか。22日はY先生と早めの「年越し蕎麦会」。Y先生のご自宅近くの駅で待ち合わせ、先日ウチの学校で授業をしてくれたM先生の家のすぐ近くの蕎麦屋で蕎麦を食す。つまりY先生とM先生の家はご近所。薬味のあれこれついた美味しい蕎麦のあとは、オシャレだけどハリボテのような印象のモールに移動してお茶。のち、走っても走っても似たような風景が続くデジャブのような住宅街を先生の車で移動。「デジャブみたいな町ですねぇ」と言うと「同じところばっかり走っているからですよ」とのこと。なるほど。夕食は海鮮鍋。来年度にお願いしている授業について、先生のアイデアをいろいろとうかがう。また、大学人としての処世術についてもいろいろと助言をいただく。なるほど、今後必要なのは○○ですね。
23日から24日はおでかけ。久しぶりにパソコンから離れてゆっくりしたものの、疲れからか、帰宅後の今朝は全く起きられず。昼前にごそごそ動きだして仕事。気付けばもうクリスマス終了ではないですか。ケーキもプレゼントもない今年のクリスマスは全くクリスマスらしくないクリスマスで、それでも昨日の帰り道の品川のe-cuteのカフェではケーキを買う人を眺めつつ、無宗教&商業的な日本的クリスマスムードに少しだけほっこりする。
きょうの夕方から子どもの本のための絵を描く。大学にパーマネントで雇われて忙しくて時間がなくて、泣きそうな日々が続いた今年。思うように時間がとれず、絵の仕事も大学の仕事も私生活も、全部中途半端なような気がして苛立つ日々だった今年。白い紙にペンで線を引くと、次々と紙から風景が立ち上がってきて幸せな気持ちになれる。絵を描くことの幸せ。そのことをささやかだけれど確実に思い出せたのが、今年の神さまからのプレゼントかもしれない。
2007/12/15(土)23:27
年末進行に追われ、日記の更新が滞ってます。防備録として書いておくと、ここ2週間は授業でずっとシルクスクリーン。先週末の土曜日はイラストレーションファイルの準備のため、SDCの忘年会に出られず。翌日曜日はシルヴィ・ギエムの公演(よかった)。先週の水曜日はビジュアルでの忘年会でカニ鍋。二次会の祇園の店ではデジクリの非常勤のYさんとグラフィックの非常勤のSさんと話ができて楽しかった。木曜日は朝から教授会ののち、学生たちのシルク刷りを手伝い、遅めの新幹線で東京に戻る。途中、新横浜の駅から、赤い服の人たちがたくさん乗り込んできた(あとで浦和レッズとACミランの試合があったことを知る)。金曜日は仕事&雑用を片付けたのち、神保町で野菜メインの美味しいイタリアンを食す。明日は編入生の面接のため、一日早く京都に戻る予定。冬休みまであと少し。香川でのマルレーネ・デユマス展の感想を書くつもりが、あっという間に2週間経ってしまって記憶がおぼろになっているので、今回はパス(いつか書く気になれたら書きます。)そんななか、初めて非常勤になったときの教え子から、彼女が関わった絵本が送られてきた。猫の絵本。添えられた手紙のしっかりとした文章に、社会人になってちゃんと世間を泳いで行っている姿が垣間見えた。うれしいなぁ。
2007/11/30(金)18:29
28日から29日にかけて、香川の金比羅山へ「金毘羅宮・書院の美」を観に行ってきた。学生20数名プラス先生3名での一泊旅行。円山応挙の虎、伊藤若冲の花と蝶、岸岱の白鷺を観る。今年の夏、同展覧会は東京芸大美術館でわざわざ書院を再現した中で開催、大変な盛況だったらしいが、そこはやはり現場、本物の金比羅宮の中で、そして取り囲む讃岐の山々の景色の中で観ることにこそ意味がある。障壁画の中に描かれている水の流れはそのまま庭の池につながり、絵の世界の空気はそのまま宮全体をつつむ空気と同期する。まるで同じ季節、同じ気温のなかで眺めているように。
ゼイゼイいいながら昇った石段でガクガクになっている足や、境内の黄葉した銀杏の色を憶えている目や、参道のうどん屋から漂うダシの香りに反応した鼻や胃袋など、身体全部で金比羅を体感すること。「書を捨てよ、街に出よ」じゃないけれど、身体ごと「現場」に行き、体験することのおもしろさ。そのことを学生たちに気付いてもらえれば。
夜は近所の居酒屋で晩ご飯を食べ、そのままの流れで宿に戻り、T先生の部屋に集合、持ち込みの宴会が夜中3時過ぎまで続く。途中、疲れた者は脇に並んだ布団で仮眠を取り、復活した者はまた宴席に戻る、というエンドレスな流れ。わたくしも途中寝ているところを学生に間違って踏まれたり、蹴躓かれたり、馬乗りされて背中をマッサージされたりした。復活したあとは将来の不安を語る女学生たちに懇々と話をするT教授の話を傍から援護射撃。自らの学生学生時代を振り返ってみても、普段の授業よりはこういう寝食を共にしながらの旅で先生たちから教えてもらったことの方が多かったので、眠かったけれどがんばる。
今回、学生というのは絵やデザインの話を聴くよりも、私たち教員がどんな人生を歩いてきたのかということの方に興味を持つものなのだということをしみじみと感じた。旅のあいだ中、いろいろな学生に、そこかしこでプライベートなことを少しずつ訊かれた。私たちがいくら口で偉そうなことを言っても「結局、先生はいかほどの人なのか」を私たちは常に観察されているのかもしれない(お、おそろしい。)
翌日は朝から全員で「灸まん」で讃岐うどんの朝ご飯。初心者向けのセルフではまずまず、といったところか。のち、丸亀の猪熊玄一郎美術館に移動し「マルレーネ・デュマス」の展覧会を見学(この感想はまた後日)。のち私は昼過ぎの羽田行きの飛行機に乗らねばならなかったので、ひとり途中離脱し空港へ。もっとみんなと話がしたかった。また月曜日に。(メールを頂いたみなさま、返信が遅れてしまいすみません。いましばらくお待ちください。)
2007/11/25(日)21:38
11月だというのに、ぐっと冷え込んだ先週。水曜日にビジュアルコースでウチの大学の教授でもある、書家の石川九楊氏の特別講義があった。文春新書「書くということ」で語っておられるのと同じような内容で「言葉とは何か」を主題に語って下さった。書き言葉「文」は筆記具を用いて「書く・描く・画く・欠く・掻く」ことで生まれ、話し言葉「言」は「話す・放す・離す」ことによって生まれる(もしかしたら言葉を取り入れるという意味で「聴く・訊く・聞く・効く・利く」も同様なのかも)人の意識は言葉になる寸前まで、あやふやなままで、「肯定」と「否定」が50.01パーセントと49.99パーセントほどの僅かな差でせめぎあっていて、その僅差から肯定、もしくは否定の言葉を選択する。というような濃いお話を1時間半ほどうかがう。大変おもしろかったが、果たして学生たちは理解できたのだろうか。普段、教室にはホワイトボードしかないのだが、九楊先生は「筆触が残らない」という理由でホワイトボードを使わないので、T先生がどこかから黒板を調達してきていた。学生達に配るプリントも、縦書きの手書き文字。徹底している。
仕事が一山越えたのでこの週末は少しゆっくり過ごす。金曜日は知人のツテで入手したドレスデン国立歌劇場日本公演のチケットでオペラ「薔薇の騎士」を観にNHKホールまで。午前中、久々のオフにベランダ猫の「みそ」とじゃれ合って和んでいたら、見事に遅刻。一幕目は立ったまま観るハメになったものの、その後の二、三幕目はちゃんと座ってきちんと見学。今まで、贅沢にもウィーンのオペラ座には二度行ったことがあったが、いずれも何を観たのか、ほとんど憶えていなかったのだが、今回は日本語字幕つき(笑えた)なので、よく理解でき、おもしろかった。夜は日比谷の高架下の居酒屋。翌日は日中仕事をひとつ片付け、夕方から医療関係のシンポジウムで上京中のMさんと知人と銀座で集い、晩ご飯。そして日曜日は仕事で、夕方は砂町銀座に買い出しをして、夜は鍋。久々にゆっくり過ごせた休日だった。
2007/11/17(土)13:29
長いあいだ更新できなかった。公募制推薦入試があったためで、準備、試験監督、採点など、一連の入試業務をフルで初体験。なかでも準備が一番大変で、あれやこれやを大量に測ったり、切ったり、剥がしたり、磨いたり、分けたり、数えたり、詰めたりした。なかでも締め切った部屋にバルサン炊いて1週間ほど放置したとあるものをより分け、ゴミを取り除き、仕分ける作業が一番大変だったようで、これは同僚の男の先生が担当。(なんのことでしょうね。さぁ。)
ま、大した問題もなく無事3日間を終え、休みなしで再び月曜日から授業。その間、真夜中まで抱え込んだ仕事を片づけ続け、ここ数日は睡眠時間が5時間でした。そんななか、「かぐや」からは感動的な月面のハイビジョン映像が送られてきたり、「地球の出」や「地球の入り」の映像も公開され、NHKでは特集番組にもなっていたよう。月面の様子なんか、なんだかCGみたい。月面の向こうに見える地球に私たちはいて、その私たちが月面から私たちのいる地球を見ている、という巨大な鏡に映っているような私たち。すごい時代になったものです。というわけで、昨日は学校で生徒たちと一緒にJAXAのサイトで上記の映像を見て感動を分かち合っておりました。
で、それと少しリンクしたお仕事の紹介。三菱のサイトです(特集「ひので」から入ってください)。「はじめまして数学」で私の絵を見て下さっていたディレクターさんからの依頼で、この方の会社が、実はJAXAのサイトも作っておられて、去年内之浦に見学に行ったのも、まさに「ひので」の打ち上げだったという偶然。太陽の表面の炎が吹き上がる映像は感動モノです。画面のあちこちでちょこまかとわたくしの絵が動きます。ちょっと笑えます。
2007/10/26(金)00:07
今週は火曜日に的川先生の授業があった。
「宇宙ステーションで読む絵本」という課題を思いついたきっかけは、昨年「ひので」の打ち上げに内之浦に行ったことや、「セレーネキャンペーン」で関わらせていただいたことと、たまたま来年の二月から国際宇宙ステーションの日本の実験棟の組み立てが始まるというニュースを知って、もし、来年明けに絵本が出来たとき、シャトル打ち上げのニュースを観ながら、学生たちが自分たちのつくったものの意味を、現実社会の出来事のなかで感じて欲しかったという意図があった。ま、言い方を換えれば一種の「こじつけ」ですね。そこで「宇宙」という唐突なモティーフには、宇宙の専門家の方に来ていただいて、具体的な現場のお話を聴くのが学生達がイメージを拡げるためにはよかろうと、畏れ多くも内之浦で一度だけお会いしたことのある的川先生にダメ元でお願いしてみたところ、ほとんど二つ返事で快諾して下さり、この度の授業が実現したという次第。こんな機会は滅多にないので、担当クラス以外の生徒達にも声をかけてみたところ、グラフィックやデジクリの学生、4回生も多数参加してくれた。的川先生の宇宙の話の始まりは、意外なところからスタートし、静かに深いお話が2時間弱続いた。宇宙を材料にしてはいるが、結局それは人の営みについて語るということで、最後には「命の大切さ」というところに行き着く。私は先生のお話をうかがいながら、人類が宇宙に出たとき、一番思うのは「地球」のことではなかろうか、と思った。先生が見せて下さった地球の写真、月面から観た有名な「地球の出」の写真、先日「かぐや」が送ってきた地球のハイビジョン画像、そしてボイジャーが海王星付近から撮影した地球。どれもが宇宙の「闇」の中に、唐突に浮かぶ「青色」をしていて、わたしたちのまわりにある全てのカラフルな事象の全ては、全部この「青い星」の中に閉じ込められている。そう思えば、日々の営みの全てが(うんざりすることや、嫌いな人のことも含め)愛おしく思えてくる。運命共同体。あなたもわたしもここで生まれて、ここへ還る。そんなことを思いながら、そんな地球を外側から観たとき、人はどんな絵本を読みたくなるんだろう・・・。「もしも私なら」と、考える。的川先生の授業を受けたあと、ある絵本のイメージが湧いた。それを実現する時間的余裕がないのがかなしい。(しくしく)
授業のあと、先斗町で学科のT先生、デッサンのK先生も交えて晩ご飯。偶然にもK先生の親類の日系3世の方が宇宙飛行士で、その日の真夜中国際宇宙ステーション建設のためにスペースシャトルで出発するとのこと(ものすごい偶然だ)。先生方たちが皆、同年代だったこともあり、戦争中の話でも盛り上がる。「科学と芸術はもっと連携してゆかなければ」「宇宙飛行士は今のところ、理系の人からしか選ばれない。だから宇宙の(地球の)美しさを表現するには、詩人やミュージシャンやクリエイターなど芸術家の力が必要」等、とても興味深いお話を聴く。的川先生の連載されているYMコラムはこちら。
2007/10/20(土)10:48
そうそう、昨日書き忘れたけど、Y先生ご紹介の美味しいイタリアンのお店はこちら。下ごしらえなど、とても丁寧な仕事をしている感じで、身体にすっと入ってくるように優しいお味。なのにリーズナブル、しかも夏にはカブトムシまで売っていたらしい。ちょっと不思議なお店です。お近くの方はぜひ。
2007/10/19(金)11:18
来週の火曜日、わたくしの受け持っているビジュアル3回生の絵本のための特別授業があり、その事前打合せというか、作戦会議というか、情報交換会というか、ただのお食事会というか(ほとんどそれがメインだな)とにかく、昨日の夕方にY先生と横浜で会う。昨日は定例の教授会のため、早起きしたので睡眠時間が4時間弱、左肩に肩こり、後頭部に頭痛をかかえまま昼過ぎの新幹線で横浜に到着したので、当初はぼーっとしていたのだが、Y先生と美味しいイタリアンを食べながらおしゃべりしているうちにどんどん復活。コメダに移動後も授業のこと以外でわたくしの今後の「仕事」について、あれこれと有り難い助言をいただく。ところで、特別授業はY先生ではなく、Y先生の先生にお願いしてある。学生たちも楽しみにしてくれているよう。楽しみ。(授業のポスターはこちら)
2007/10/14(日)12:38
11日の夜に一旦東京に戻り、翌金曜には朝日新聞の「暮らしの風」のイラストを仕上げてバイク便で出し、翌13日の土曜(つまり昨日)は編入生の試験のため、大学へ日帰り。朝8時に出て、夜8時には帰宅。行きも帰りも新幹線の中で普通に眠れるようになった。通勤電車並みに記憶がない。いいのか。
最近のお仕事。
2007/10/12(金)15:30
今週は授業の合間に「環境委員会」の内部監査があった。そう、わたくしは環境委員でウチの大学は「ISO14001」取得校なので、いっぱいせねばならんことがある。「電気を消しましょうね」とか「ゴミの分別はこうしてね」とか「第二塩化鉄やペッタンコ液などの劇物の扱いには注意してね」とか、そういうことを学科の皆さんにお知らせしたり、委員会に提出する書類を制作したりせねばならない。内部監査ってどんなことをチェックされるのか、ドキドキしていたのだが、担当の方がとても優しそうなオジさんで、ホっとする。特に問題もなく(いや、実はちょっとあったのだが、そんなことここでは書けないので)予定通り90分で終了。問題あった箇所について、オジサンの説明では「ISO」はヨーロッパで始まった制度なので、あちらは基本「性悪説」に基づいている、つまり人間は間違いを犯すものだから、「やっちゃったこと」については、「んじゃ、次回はどうやったら防げるかを考えましょ」という方針で行くそうな。なるほど。でも「んじゃ、次回はこうするわね」ということを学科会議にかけて話し合ってもらって、それを書類にして委員会に提出して確認のハンコをもらった上で、実践してその様子を更に書類にせねばばならないのだが(けっこう大変じゃん)。監査後、出町柳の美味しいパン屋「柳月堂」のパンプキンマフィンをバナジウム天然水で流し込みつつ、自席でほっこりする。やれやれ。
2007/10/7(日)16:06
昨日は東京江戸博物館で開催中の「文豪・夏目漱石ーそのこころとまなざし」へ。東北大学が所蔵する「漱石文庫」の本やら自筆原稿やらノートやらを3時間近くかけて見学。子規の漱石への最後の手紙の原文など、漱石をめぐる人々との手紙や、遺された言葉の数々に、明治時代の人のへんに拗ねたところのない、健全なポジティブ志向がうかがえて興味深かった。見終わったあと、秋葉原のヨドバシへプリンタのインクを買いに行く。錦糸町の駅前で中華の夕食。思いがけず、美味しかった。
2007/10/5(金)13:58
今週の京都は暑かった。「もう10月だし」と、スパッツ着用して出かけたところ、熱がこもって気分が悪くなり、水曜日は帰宅後撃沈。もうトシなのだから、身体のホメオスタシス維持には注意せねば。季節感重視の無理したオシャレはもう出来ないトシなのね(寂/笑)。火曜日、内田樹著「村上春樹にご用心」をアマゾンで入手。なぜに村上春樹が日本の文壇で「無視」され続けるのか、それなのになぜ世界中の人々に読まれているのか、そのへんのことが書いてあります。とても興味深い。ただ、内田先生のブログから拾ってきたテキストを集めたものなので、それぞれの文章が短め。でもおもしろいです。日常の雑事「雪かき仕事」の大切さと、そこに潜むドラマ。お掃除したり、布団を干したり、自分の足を使って、役に立つかどうかわかんないことをやってみることの大切さ。うん。うん。月曜日には、いま受け持っている3年生の授業のため、ある人にゲストで来ていただくためのメールを書く。いろいろやりとりした結果、昨日の木曜日、ついに日程が決定。今月中には特別授業が実現しそう。デザインとは全く関係ない分野の方だが、おそらく、その人の語る世界の広さは、デザインを学ぶ若者にとっても、深くしみ込む滋養になるはず(詳細はまた後日)
2007/9/30(日)00:21
今日は大学の最後のオープンキャンパス。朝5時起床で新幹線に乗らなくてはなりません。あぁ。
いろんなことを思う日々。だけどすることが多すぎてそのいちいちを書き留めておく間もなく。スケジュール帳を眺めれば、文字で埋まっていない日の方が多いのに、そして一日の多くは「ぼーっと」しているにもかかわらず、次にしなくてはいけないことに急かされて、歯医者にも行けず、髪を切りにも行けず、秋の服や靴を買いにも行けず、プリンタのインクの補充もできず、眼鏡の修理にも行けず。何やってんだか。そんな日々がずーっと続いてゆく先には、一体何があるのでせうね。(シランがな、とひとりツッコミ。)
2007/9/29(土)12:17
新しいお仕事。理論社のミステリーYAシリーズは毎回、装幀家とイラストレーターが違うそうで、今回のデザイナーは高橋雅之さん。高橋さんの推薦でこの仕事をいただいた。で、昨日はその出版打ち上げ会を理論社の方が催してくださったので、新丸ビルまで出る。地下鉄大手町から地下道でそのまま丸ビルまで行けるようになっていて、東大の都市再生に関するらしい研究(時間があまりなくて、通りすがらにさらっと見ただけだが、けっこう大掛かりなイベントのよう)が展示されていた。先週の六本木ミッドタウンといい、この丸の内近辺といい、まるで細胞の増殖のように街がぐんぐん変貌、成長しているよう。新丸ビルの6階で通りすがりに見たバーは、カウンターの後ろが一面ガラス窓で、丸の内のビル群の夜景を借景に、まるで宙に浮いているようだった。カウンターの中には金髪碧眼のモデルのようなバーテンダー、フロアごとに置かれた休憩用の高級そうな革張りのソファ。木材素材を多様したエレベーターの内装、アールデコ調の照明器具。無国籍かつ、時間をさかのぼったようにさえ見える非日常の空間。ダイナミズム。刹那。きれいに着飾ったたくさんの人たち、高級な食材、この目もくらむような物量は一体どこから来てどこへ流れてゆくのでせうね。で、打ち上げ会は新津きよみさんと出版社のKさん、企画・編集のKさんと校閲のIさん総勢5名でイタリアンのお食事。当初、場違いな雰囲気に怖じ気づいていたのだけれど、だんだん打ち解け、最後は編集のKさんから花束とお茶までいただいてしまう。あぅ、うれしい。21時過ぎにお開きのあと、一人で和田倉噴水公園まで行き、アベックばっかしの中をしばし散策。
で、翌日土曜日は仕事をひとつ片付けてから、銀座まで集治千晶さんの個展へ。大学のエッチングを教えて下さっている方で、若くて美人で元気な関西のお姉さん、という感じの人。最終日だったのでご本人もいらして、少し話せた。作品は、銅版画のほか、水彩のドローイングもあり、のびやかで自由な造形にしばし見とれる。ガッシュでこんなに鮮やかで透明感のある色を造り出せるのね。自分の絵とは対局にあるような、のびやかさとはなやかさと色気に「ほー」と見とれて帰ってきました。
2007/9/28(金)14:46
ここしばらくは京都でした。後期が本格的に始まり、毎日がびゅんびゅん過ぎてゆく。防備録として書き留めておくと、16日は六本木ミッドタウンのサントリー美術館で「BIOMBO」展見物。六本木ミッドタウンは初めてだったけれど、建物を出て来たところの夜のトーキョー景色に感動。一緒だった知人と「へーんな街」と笑う。こんな街、ほかにない。赤坂に抜ける坂道に野良猫が数匹寝そべってくつろいでいた。赤坂の韓国料理の店で食事。
火曜日から京都に戻り、水曜日は3回生の授業。土曜日は入試相談会で、夕方はうどんの友のRさんと三条で食事。そのまま宿泊してもらって、翌日はMさんから突然連絡が入り、夕方一緒に自宅で食事。そのまま宿泊してもらったので、結局二連ちゃんで友人の襲撃をうける。人見知りをするブチはずっと母屋に避難。月曜日は後期初めての2回生の授業で合評。火〜木まで大学で、昨日の夜東京に戻る。十日ぶりの帰宅。ミソちんは元気。
授業のことであれこれ画策中。それに関して身の回りでシンクロニシティが起こるので、何かが呼んでいるのだと信じたいが、どうなることやら。ぁぁぁ。(意味不明ですみません)
2007/9/14(金)13:05
「かぐや」が打ち上げ成功。残念ながら多忙のためライブで見ることは叶わなかったけれど、ニュースで見るロケットの打ち上げ画像に感動しました。あの衛星にはワタクシたちの願いごとが書かれたフィルムが搭載されていて、ミッション遂行後、月面に落っことしてくれるらしい。なんだかうれしい。最近、日本の先行きに不安感漂ってますけど、まだまだ人類には調べるべきこと、目指す価値のある世界がちゃんとあるんだよ、と日本の技術者の皆さんが、そのお仕事で示して下さったよう。政府やお役人がボロボロでも、日本の庶民の力はすごい。
で、最近の私の動向は、先週の土曜日から今日まで京都。後期が始まる前の会議や研修会、親御さんとの面談会などがありました。親御さんとの面談会のあと、学食で催された親睦会で、今年入学した生徒のお母さんと並んで立ち話していたら、同僚の先生たちに「きょうだいみたい」と言われ、軽いショック。い、いーんだけどさ。若いお母さんだったし
で、11日の火曜日にはグラフィックの客員教授の浅葉克己さんがご来校。「ナマ浅葉」さん拝顔。実は去年、大学で開催された「AGI」(国際グラフィックデザイナー連盟)の総会の新聞全面広告(浅葉さんデザイン)が京都新聞の広告賞でグランプリを獲得、その授賞式で上洛されることになったので「それならば」と、大学に寄ってもらって特別授業をお願いした次第。夏休み期間中にも関わらず約130人のビジュアル学生が集合。学生の誰よりも派手なファッションで現れた浅葉さんは、いきなりひとりの学生と卓球(教室には作業机として卓球台が常時設置。浅葉さんが来ると卓球台として機能)手旗信号を披露して下さったり、今年の春のミラノでの「TOKYO DESIGN PREMIO」の映像を流して下さったりした。浅葉さんは、ウチの大学のことを本当に気に入って下さっていて、あちこちで宣伝して下さっている様子。ほんとうにありがたい。のち、一昨年退官されたT先生も加わり、先斗町で夜中まで。
2007/9/7(金)13:58
夏休みも終わり、明日から再び大学業務。なのでイラスト仕事の追い込み中。(メールをいただいている皆様、お返事遅れてすみません。いましばらくお待ちください。)最近のお仕事。新潮文庫です。
2007/9/3(月)13:19
ゆるゆる、ほっこり。
昨日は出光美術館に「仙がい」の展覧会を見に行った。いやぁ、いい絵でした。禅画と聞けば、悟りをひらくためにまじめに向き合わなくっちゃ、と身構えそうですが、この人の絵はひらたく、やわらかく、おおらか。そしてとても深い。筆でさらっと描かれたリンク先の絵「指月布袋画賛」を見てもらえばわかるのだけれど、布袋さんの左隣の子供のポーズ、何ですか、あれ。また、当時珍しかったトドを描いた「とど画賛」なんか、わざわざ箱崎までトドを見に出かけて行ったらしいはずなのに、シッポがパイナップルみたいに三つに割れてるし。オッサン、ちゃんと見てないやん。晩年、今まで描き散らした書画のことを反省し、筆を折るつもりで「絶筆碑」まで建てたのに、それでもやっぱり来続ける絵の注文に観念して晩年まで描き続けちゃったところなんかも人間くさくていいですねぇ。これから仙ガイさんのことは池大雅と共に絵の心の師匠と呼ぶことに決定。
出光美術館を出たあとは、近くのベトナム料理の店で晩ご飯。有楽町の無印が改装前のセールだったので立ち寄って遊ぶ。ナカナカいい日曜日でした。
2007/9/1(土)22:01
火〜木まで大学。その間、ずっと作品撮影など。皆既月食は見られずだったけど、前日に夕方家に戻るバスの中から、東の空にのぼってくる信じられないくらい大きな象牙色の月を見ることができた。そういえば「かぐや」の打ち上げもそろそろ。
木曜日、一緒に徳島に営業した入試課のNくんがスタッフルームにやってきて、徳島の画塾からメールが来て、先日の説明会が好評だったと聞く。あぁよかった。その夜に新幹線で東京に戻る。初めて車内でノートパソを立ち上げ、パタパタとメールを書く。電車の中って集中できますね。これから活用しよう。金曜はこもって仕事。ウチのベランダのすぐ前に電灯をたてる工事をしているらしくて、オジサンたちが至近距離で作業をしていた。昼過ぎに突然ネットがつながらなくなり、メールも送受信できなくなる。データ納品を2件抱えていたため、真っ青になる。もしや工事のせいか?と管理組合に電話しようとして、電話も繋がらないことに気付く。どうなっておるんだと焦りまくりながら、ルータ付近を点検してみると、電気のタップのルータの分だけがオフになっていた。なーんだ。焦って携帯で管理組合に電話しなくてよかった。恥をかくところだった。ほっ。
夜、世界堂で水彩絵具を仕入れる。帰りに中村屋でカレー。
2007/8/27(月)19:51
土曜の夜に東京に戻り、日曜はイラスト仕事が詰まっていたのだけれど、どうしても観ておきたかったので、夕方から目黒の庭園美術館へ「舞台芸術の世界〜ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン」を観に行く。レオン・バクストのデッサンがよかった。ちょうど去年の春、東京バレエ団の講演で「ペトリューシュカ」と「牧神の午後」を観ていたので、いろいろ重なって楽しかった。小さな額縁中心の展示は、庭園美術館にぴったり。夜間開館中だったので、19時過ぎに会場を出たところで空に十四夜の月がのぼってくるのが見られた。夜は確実に秋の気配。
2007/8/27(月)13:13
またまた久しぶりの更新。先週からいろいろなことがあった。防備録として書き留めておくと、19日の日曜の朝に飛行機で高松に飛ぶ。空港に迎えにきてくれたRさんの車で、久々のうどん巡礼。空港近くの新規の店、長田の姉妹店「長田in香の香」、道すがら偶然見つけた店、善通寺の山下、そして最後は「おか泉」の計5軒。今回は「長田in香の香」の釜揚げに一番感動。小麦の香りがぷんとして、徳利の熱いダシとからめて食す(現地人言うところの)「喉で味わう」快感に浸る。釜揚げってこんなに旨かったのね。もう、ずるずると2〜3杯は軽く食べられそうだった。山下のぶっかけもあいかわらずのブリブリぶり。讃岐うどんの底力とでもいいましょうか、生活に根ざし、庶民の舌に鍛えあげられてきた味は一過性のブームでは終わらないのかもしれない。ところで「がもう」の隣に真新しい新築の家ができていて、Rさん曰く「うどん御殿」だと地元民の間では噂だそうな。途中、休憩がてら立ち寄った「金比羅山」の参道で「梨ソフト」を味わう。しっかりと梨そのまんまの味で、大変美味しかった。金比羅さんの団扇をひとつお土産に購入。のちRさんの車で徳島まで送ってもらう。Rさんを見送ったあと、あらかじめ予約していた駅前のホテルへチェックインし、展望露天風呂に疲れを癒す。翌日は朝チェックアウトしたのち、バスで上鮎喰の祖母のお見舞いへ。10年以上会っていなかった、92歳になる祖母は、耳もしっかりと聞こえ、全くボケてもいなかった。私の顔の形が父方似で細面だとしきりに話し(母方は頬骨が出てる)親戚のだれそれがどーしたこーした話を1時間くらい喋ってから、タクシーを呼んでもらって徳島駅まで戻る。駅ビルの地下で昼ご飯ののち、こんどは大学の入試説明会のため、塾訪問。入試課のNくんとドトール前で待ち合わせ、タクシーで10分ほどの画塾へ着くと、講演会形式に机を並べて、学生さんたちが20数名待っていた。汗をかきつつ、Nくんと大学の説明をすること2時間。ビジュアルデザインとプロダクトデザインの違い、グラフィックとイラストレーションとデジタルクリエーションなどの違い、そしてそれぞれの授業内容について話す。5時頃に徳島駅に戻り、Nくんと別れてから、枚方行きの高速バスに乗車。これで3800円、3時間半で自宅近くまで帰れる。便利になった。途中、夕焼けの瀬戸内の風景に感動しつつ、夜の10時前に京都の自宅に戻る。家に入るとブチネコがノミを繁殖させていて、寝室に使っている和室がノミだらけで夜中じゅう苦悶する。当の本人ならぬ、本猫はノミトリの薬を投薬され、母屋でぐっすり眠っていたふう。
翌日は大学。スタッフミーティングで今後の予定などの打ち合わせをし、水〜木曜は記録のために学生達の作品の撮影をする。グラフィックのT先生に照明機材などを組み立ててもらい、パシャパシャと複写。金曜日は家で仕事。そして土曜日は入試相談会で大学へ。イラスト志望の高校生たちにあれこれアドバイスして、夕方の新幹線で東京に戻る。
この一週間の京都滞在で、体中をノミにかまれ、水玉模様のヒトになる。あぁ。
2007/8/17(金)20:17
昨日は猛暑のなか、濃い一日だった。まず上野の西洋美術館に「パルマ展」を観に行った。パルマといえば、チーズとプロシュート。「え?他に何かあったっけ?」というくらい、何も知らなかったわたくし。パルミジャニーノという、チーズみたいな名前の画家の絵を初めて見る。ヨーロッパに行けば、教会や宮殿なんかで、それこそ耳からあふれるほど、このテの絵が飾ってあるので、そういうくどい肉食文化に食傷気味なわたくしとしては、そんなに期待してなかったのだけど...。いつの世にも、頭抜けた才能を持つ人、というのはいるらしくて、このパルミジャニーノもそのような人であったらしい。つうか、絵を観ればわかる。ドラマティックで、色気があって、魔性も感じさせる人の表情。生き生きとして悪巧みを考えていそうな子どもたち。人間の持つそういう善悪両面をどちらもちゃんと表現できる芸術家というのは、どの分野の人でも私は好き。そういう人の存在を知ることができただけでも収穫だった。のち、猛暑の御徒町で下車して「魚の館」「多慶屋」で遊ぶ。ついでに駅前の立ち飲み居酒屋の2階で、濃いオジサンたちに混ざって、酒の肴の「サバ」をウーロン茶でつつき、煮込みをすする。帰りにお腹がイマイチだったので、森下の山利喜さんへ行ったところ、夏休みで閉店。仕方なく近所のラーメン屋で汗だくでネギラーメン。店のテレビで京都の五山の送り火の生中継を見る。NHKの特集番組だったようで、京都の伝統文化を強調した編集だったけど、ミレニアムのときに、長年の京都の歴史を曲げて、西洋の暦の「ミレニアム」に合わせて点火したのを知っている私としては、ちょっと白けたり。ま、いいけど。
2007/8/14(火)12:19
夏休み。去年まではフリーだったので、味わえなかった開放感。とはいえ、普段できなかった家事に追われているんだけれども。衣替えとクリーニング出し、仕事の資料整理と京都へ送る荷作り、など。あと、おそろしい冷蔵庫の掃除もせねば。そんななか、昨日はホテルオークラの夏のチャリティイベント「秘蔵の名品アートコレクション展」へ。連日の猛暑で溶けそうだったのだけど、藤田嗣治と熊谷守一のそれぞれの猫絵があると聞いたので「これは行かねば」と炎天下の真昼12時過ぎに家を出発。神谷町からの坂をだらだらのぼってたどり着いたオークラ別館の地下二階。ピカソから鏑木清方の雨月物語まで、和洋折衷、日本画、洋画とりまぜての逸品揃い。今まであまり興味がなかったキスリングとブラマンクの良さを再発見。山本丘人の冬の箱根の絵もよかった。で。お目当ての藤田嗣治の「猫の教室」。ニャンコ先生とチビ猫たちを擬人化したもので、顔も手足もフツーの猫が、洋服を着て何やら勉強している。先生が書いた黒板には「猫」のかけ算、足し算や「You are a cat.」の文字。それをちっとも勉強しないで床に寝転んでる猫、教室の後ろで喧嘩してる猫、壁の時計の振り子は猫のブランコ、立てかけてある白板の意味不明だけど楽しい図のあれこれ。(孕んだような馬が前脚をほうりだして座っていたり、トルソのウエスト部分を大きな裁縫ばさみが鋏んでいたり)見ていて飽きない。見ている人たちがみな微笑んでいた。隣の部屋にあった熊谷守一の「猫」は白い猫がただ箱座りしているだけの絵。地味ながら、こちらも猫好きにはツボな絵。だいたい熊谷守一の線で、猫のあの閉じた目の線を描かれた日にゃ、猫好きとしては抗えるハズなんかないんである。この二つの作品で幸せになったわたくし、ついでにちょっと贅沢をしてみようと、身の程をわきまえず、オークラのレストランに寄ってみたところ、スパゲッティが2600円(!!!)カレーが2200円くらい(←驚きのあまり、正確な金額を覚えていない)とてもじゃないが、この金額をお昼に単品料理に使う勇気はなかったので、そそくさと退散。炎天下の中、虎ノ門の駅までトボトボ歩き、駅前のプロントで750円のホタテのパスタをいただく。けっこうおいしかっただす。
2007/8/9(木)11:05
ずいぶんのご無沙汰です。生きてます。8/3〜5まで大学のオープンキャンパスだったため、忙殺されておりました。3日間、大変&楽しかったです。朝10時から夕方5時まで、受験生相手にあーだこーだ言って、ノドを枯らし(ノドが枯れる、というのを久しぶりに体験。)3日目にはややドスのきいた声になり、違う相手に同じようなことを繰り返し繰り返し喋ったので、最後には頭使わないで口だけが動くようになっていたし(「口先でモノを言う」ってのは、言い得て妙な表現ですな)自分が自分じゃないようなヘンなテンションでした。3日目に受験生に配っていたソーダ味のアイスキャンディをバイトの学生たちと一緒に食べて、ほっこり&お疲れさま。ビジュアルで3日間で600人の来場者だったそうで、これは去年よりも100人ほど増えているそう。少子化の昨今、大学が淘汰されてゆく時代に、まずはありがたいことです。それにしても付き添いで来るお父さん&お母さんの年齢が、そんなに上じゃないのが(考えてみりゃ、そうなんだけどさ)うーむ。もうすぐしたら同年齢になり、そのうち年下になってゆくのでしょう。ところで、オープンキャンパス期間中、にぎやかしに校舎のあちこちに学生たちの作品を飾ったのですが、イラストコースの2回生の前期最後の課題、マシューバーニーの映画「クレマスター3」のためのポスターも会場の入り口付近の壁にずらっと並べてみました。B2サイズ30枚以上。イラストコースでは、初めてのPCを使って、文字もレイアウトしてみるという、グラフィック的お仕事も含めた課題だったのだけど、これがねぇ、思った以上にいいのができたんですよ。お見せできないのが残念ですが、ほんの数年前は、受験生だった学生たちが、ここまで成長したのか、と去年は彼らを知らないわたくしでも思うくらいだから、同僚で一回生から彼らの担当だったK先生なぞは、感無量だろうな、と。
で、火曜日に東京に戻り、お盆期間中しばらくは夏休み。めちゃくちゃうれすい。
2007/7/30(月)14:23
今週は月曜日まで東京。土曜日の夜、寝床で内田樹さんと養老孟司さんの対談本「逆立ち日本論」をひろい読む。あとがきを読むと養老さんは対談で語った50%がカットされたらしい。理由は『不穏当すぎて活字にできない』からだとか。内田さんは100%掲載。内田さん曰く「まだまだ修行が足りません」。カットされた部分、読んでみたいなぁ。
夕方、家の裏にある小学校に投票に行く。砂町銀座で3本200円のとうもろこしをゆで、新ジャガとベーコンのグラタンで夕飯。のち選挙速報をPCテレビで見る。低いなー投票率(呆)。
2007/7/27(金)14:37
学生たちは夏休みに入ったが、教職員には仕事がいろいろとあるので今週も学校。洛北の山の中にある大学は、梅雨明けしたとたん、蝉の声がやかましくなり、夕刻にはヒグラシの「カナカナ・・・」も聞こえる。スタッフルームのベランダの大きな植木鉢の木の枝にアシナガバチが巣作りをしていて、少し前にK先生が枝ごと切り落としたのだが、昨日見ると2匹が再度トライしていた。かつて切り落とされた作りかけの巣がくっついた枝は、ひとりの学生が部屋に持ち込んで絵を描いていた。
木曜日の夜東京に戻る。最近夜の新幹線で東京に戻るとき、品川駅の高層ビルのイルミネーションや有楽町付近の風景にほっとしている。あぁ帰ってきたなぁ、と、思っているわたくしがいる。もっと若い頃、まだ東京に暮していなかったころは、表参道、青山、原宿、渋谷など、刺激的な街のエネルギーについてゆけず、そこに居場所のない自分がもどかしかった。それらのオシャレな街には、仕事的には必要な情報はあったけれど、私の居場所はなかった。場違いな場所に迷い込んでしまった田舎者。そういうスタンスで斜め目線で東京に嫉妬していた昔の私。いま江東区に暮らし、下町の日常に身を置くと、東京の風景は違って見える。意外に多い公園と緑の植栽。そして川。京都に比べると食材の物価が安く新鮮なことも驚きだったし、迷路のようになっている小道にはノラネコも多い。仕事の打ち合わせも神保町や市ヶ谷、銀座あたりが増えて、おしゃれなエリアにすり減らされるようなこともずいぶん減った。人が多いことがエネルギーを集め、それが老人でも子供でも、誰かが何がしか「うごめいて」いることで生まれる「気」の集積。メトロポリスのカオスの中で、匿名性に守られながらきちんと自分の居場所がある街。背伸びしなくても、共通のルールさえ守れば普通にしていられる場所。やっと身の丈に合った場所を東京に見つけることができた感じ。婆さんになっても、この街にいるかもしれないな、と最近思う。
2007/7/23(月)13:08
先週は夏休み前の最後の週だったので懇親会が複数。木曜日は新人教職員の親睦会で「真夏のすき焼」を食す。普段校内で顔を見かけてはいても、話をしたことのなかった職員の方々の顔と名前を確認し、その端から忘れてゆくわたくし(あぁ)。土曜日はビジュアルデザインの先生たちと四条のライオン(ビアホール)で納涼会。非常勤の方を含めて約24名の参加。テンペラと書字とデッサンとCGの先生と一緒の席につく。デッサンのK先生は夏休みにお友達とフランスのロワール川の運河をくだる自力での舟旅をされるとかで、そのお話をうかがう。途中ブルゴーニュの村々に立ち寄って、ワイン飲んで自転車でサイクリングするんだそう。う、うらやましすぎる。それよりも、もう70歳近くになってのこの行動力、というか70歳近いからこそなのかも。見習いたい。
日にちはさかのぼって、月曜日は東京からデザイナーのSさんが上洛中だったので、祇園祭の宵山の夜に祇園の割烹で食事をするという「口福」に恵まれる。Sさんの人脈からの情報のお店で、若い板前さんがきびきびと仕事をするのをカウンターで眺めつつ「ズイキとフカヒレの煮物」「いちじくの蒸煮」「ハモの炭火焼」等、いかにもな京都の味をアラカルトでいただく。(祇園で「いちげんさん」で入れ、しかもカウンターでアラカルトが食べられる店、というのは珍しいんだそう。)着物姿のSさんは、明日東京に戻るので、京都最後の夜を行きつけの老舗バーで過ごすべく、夜の祇園の町へ消えて行った。宵山の花見小路は観光客がそぞろ歩き。
金曜日の朝、河合隼雄さんの訃報を知る。意識不明になられて約10ヶ月。とうとうそのまま逝ってしまわれた(あぁ)。河合さんが本で書いてらした「臨死体験」の経験者のお話を、ぜひご本人の体験談として読んでみたかった。今頃はあ「あちら」で白洲正子さんと一緒に明恵上人にでも会いに行ってらっしゃるのかも。
2007/7/16(月)07:27
台風一過の月曜日。世間的には祝日。大学は授業日。
先週末の金曜日は神保町で打ち合わせ、土曜日は大雨でずっと家で仕事。日曜日の夜は歌舞伎。蜷川幸夫演出によるシェイクスピアの「十二夜」。東側一階桟敷の真ん中で観るという幸運に恵まれたにも関わらず、首を右に曲げて観るのがしんどくて、座椅子をずらして体育座りして観る。主演の菊之助は菊五郎の息子だそうで、初めて観たのだけれど怪しく美しかった。どの場面も舞台装置がおもしろ&美しく、蜷川幸夫さんってこういうことをする人なのね、と今さら気付く。いつもの歌舞伎の題材に比べ、洋物のお話なので全体に軽い印象なのがやや物足りなかったけれど、美しい舞台と美しい役者を観ることができたので、満足。いまから大学なので軽めの感想。
2007/7/13(金)19:50
先週末は大学のSDCの集いがあったのだけど、多忙で参加叶わず。日曜日に朝日新聞の「暮らしの風」のアップが間に合わなかったため、京都まで持ち帰り、夜中に制作する。でもおかげで絵を描く幸せというのをしみじみと実感できた。大学通勤でクタクタになっても、真夜中の自分の部屋の机の上で水彩絵具を溶き、水彩紙の上に色を重ねてゆくのはほんとうに楽しい作業だった。水曜日の朝に梱包して宅配便に出してから出勤。木曜日に東京に戻る。
2007/7/8(日)12:12
今年の春、大学に就職する前の私はメモで、自分が学生たちに私が伝えられることとして「絵を描く幸せ、楽しさを知ることは〜(中略)〜生涯の宝物になるはずだ。」と偉そうに書いた。3ヶ月働いてつくづく感じるのは「絵を描く幸せ、楽しさを学生達から教えてもらっている」という逆転現象。外見は、そこらへんを歩いている「今どき」のあんちゃん&ねーちゃんが、散らかった実習室の机の上で、何やら美しいもの、普遍を感じさせるものたちを日々、生み出しておられる。それも限られた画材〜アクリル絵の具や色鉛筆、クレヨン等〜で、そのへんに落ちているようなコピー用紙やわら半紙、ときにはダンボール箱なんかを使って。彼らに与えられた「絵を描く才能」は、一体どこからきたのだろう?ご両親が絵を描くわけでもなく(中にはそんな子もいるかもしれんが)、生活環境も生い立ちも様々。なのに「絵を描くのが好き」もしくは「何かを造り出すのが好き」という共通の「病」をかかえ、日々学校にやってきては、何かしら造り続けていらっしゃる。ことに2回生なんかは礼儀を知らない子も多く、ときどき「私は小学生を相手にしているんではなかろうか」と思うほど幼い面もあるくせに、一方でこちらの目のウロコをばりっと剥がしてくれるような、プリミティブな魅力のある絵をさらっと創ってくれちゃったりする。参ります。彼らのおかげで絵を描く楽しさを教えてもらってるのは私の方です。感謝です。
2007/7/6(金)15:22
またもや隔週メモ(泣)。
忘れないようにメモっておくと、先週の木曜日は夕方から絵本「うりひめこ」でご一緒したアニメーション科のNさんと、Nさんが特別授業に招いた編集のHさんと大学で集合し、ついでに「きりんゆらゆら」(この編集もHさん)の作者の吉田道子さんも交えて烏丸御池でお食事会。「きりんゆらゆら」は北海道でも小学校の指定図書になったそう。めでたい。20時半過ぎに退席し最終の新幹線で東京に戻る。自宅着は真夜中過ぎ。翌日は昼から打ち合わせが2件。ひとつは浜松町で、もう1件は神保町の小学館で。5時すぎに小学館前を出たところで、大雨になったので、交差点のキムラヤで大きな傘を買う。午後6時からこんどはイラストレーターの高橋くんとご飯の約束。その前に少し時間があったので、ベーグルベーグルの2階でアイスチャイ。朝から何も食べてなかったので、サーモンベーグルもひとつ。高橋くんとは、彼の希望で「富士山の野菜塾」で有機野菜のバイキング。おいしいおいしいと喜んでもらえた。よかった。お仕事情報のやりとり、彼の趣味のカートのお話などを聞く。齢40歳を過ぎると、誰しも人生の折り返しに残された時間で何を優先させるか考えるものなのかもしれないねとちょっとしみじみ。午後9すぎに小川町の駅で解散。のち自宅駅まで戻ったところで、ちょっとした事件があり、再び神保町へトンボ帰り。問題解決後、祝いたい気分になったので、そのまま仕事中の知人と集合し再び軽く食事。自宅帰着は午前1時。就寝は午前4時。(こんな生活してたら、早死にしますってわたし。)土日は仕事。月〜木は大学。水曜日、課題で使うため少し前からひとりコツコツ実験していた、とある素材の加工にやっと成功。いい気になっていろいろ作って遊ぶ。
ところで、少し前のISASニュース5月号のコラム「いも焼酎」に、エッセイを書かせていただきました。
2007/6/22(金)22:45
またもやしばらくぶりの更新です。先々週末は仕事が詰まっていてメモを書く時間がとれず、先週末はオープンキャンパスのため、東京に戻れなかったから。日々、読みに来て下さっている皆様、すみませんです。(汗)
さて、日曜日のオープンキャンパスは、ビジュアルデザイン盛況のうちに終了。前日からの準備、当日は朝から夕方までほぼ立ちっぱなし、説明しっぱなし(ビジュアルだけで300人以上の来場者)でぐたぐたに疲れて帰宅し、夜中までイラスト仕事。次の月曜日はちょうど2年生の合評の日だったので、ベニヤ板大の作品34人分の作品を見る。これが夜7時過ぎまで。翌日は朝からスタッフミーティングのために早起きし、昼からこんどは3年生の6メートル大の作品の合評、そして新しい課題の説明。さすがに休みナシはこたえます。けれど学生達の作品を見るのは楽しい。課題を出しておいていうのもナンだけど「よくこんなの作るなぁ」と毎回思う。よい作品を作られると、正直悔しいし、うらやましい。いいなぁ、若くしてこんなのが作れるんだと日々の自分の仕事絵がショボく見えてくる。私の知ってることなんか、彼らにはほとんど必要ないんじゃなかろうか。「先生はこの道でよかったと思ってますか?」とオープンキャンパスの日に高校生に訊かれた。「他の仕事は出来そうになかったから」と苦笑い。
木曜日の夜、2週間振りに江戸に戻る。金曜日は仕事。土曜日は仕事のあと、久しぶりに鍼。腰に打った鍼を筋肉が「噛んで放さない」くらいガチガチに凝っていたよう。のち森下の某居酒屋で食事。元フランス料理のシェフがひらいた店は煮込みとサーモンテリーヌがメニューに並ぶ。フランスパンに「煮込み」の汁を吸わせて食べるとビーフシチューの幸せ。
2007/6/10(日)23:27
この週末はいろいろと食事的に充実。金曜日は仕事をひとつアップしたのち、カレーが食べたくなったので神保町に出ようかと思ったのだが、紆余曲折あり、結局築地のバングラディシュカレーの店でカレーとサモサを食す。店が混んでいた上、店員の現地人っぽい人が日本語を話せなかったので、注文するだけでも一苦労。でも味はよかった。お勘定も少し負けてくれた。のち、いまひとつのお腹だったので少し歩いた先にあった居酒屋へ。客の一人と店員の一人が中国人だった。マグロの中落ちを注文したら、品切れだったので普通の刺身を中落ち値段で食べさせてもらう。ラッキー♪カウンター中の可愛い中国人の女性(女将さんの息子のお嫁さんらしい)が「まかない」で食べていた空芯菜の炒め物が美味しそうだったので、注文。モツ煮も美味しかった。常連さんに話かけられたりしつつ、ほっこり過ごす。日曜日は別の仕事をアップし、砂町銀座へ。とうもろこし、お刺身、桃太郎トマト、お肉屋さんのソーセージ、佐野みそから送られてきた味噌サンプルに、大根と赤パプリカ人参スティックを添えたもの、アスパラなど。
2007/6/9(土)23:27
金沢帰りの水曜日の朝、いつもは居間のカゴで寝ているブチが、めずらしく私の枕元の布団で眠っていた。ほほえましいなぁ、可愛いなぁと思いつつ朝方ウニャウニャ撫でたりしていたのだが、起きてみると彼女がびっこをひいていることに気付く。どうした?外傷は見当たらない。シッポの付け根、お尻の上のあたりに力が入らないらしく、左後ろ足をあげにくそうにしている。病院に連れて行ったところ、特に骨に異常もなく、打撲の可能性アリとのこと。誰かに石でもぶつけられたのだろうか。だとしたら赦せん。注射とお薬をもらい「当分は木登り禁止」とのお医者さまのお言葉。外で遊ぶのが大好きな彼女には辛いだろうが、しばらくは家の中に軟禁せねば。それにしても、痛い目にあい帰宅して、私の布団に入って寄り添って寝ようと思ってくれた彼女の気持ちを思うと、いじらしくて仕方ない。
2007/6/8(金)12:44
火曜日に金沢へ行く。入試説明会。(いまはそういうシーズン。全国あちこちで開催。スタッフも手分けして一人ずつあちこちにドサまわり。)久しぶりに在来線に乗って湖北地方から北陸の風景を眺められた(半分は寝ていたが)。現地集合だったので1時間ばかり早めに行って町をぶらぶらしようと思っていたのに、結局ギリギリで会場に着く。理由は金沢駅から乗ったバスの車内アナウンスがほとんど聞こえなかったから。(私が聞き逃しただけかもしれんけど、運転手さんにはあらかじめちゃんと『○○には停まりますか?』とヨソ者っぽく訊ねておいたので、目的地に着いたら教えてくれると油断していた。一番前に座ってたし。)しかも、そのバス、私が降りるはずだったバス停をずいぶん過ぎたあたりで、こんどはあろうことか「進路を間違えました」と車内アナウンス。迂回するため更に時間を費やし、あげく、何がなんだかわけがわからんままに「料金は要らないですから」との運転手さんの言葉を背に、見知らぬ町の住宅地にてポイっとバスを降ろされる。どうすればいいのだ、と呆然としつつ、偶然通りかかったタクシーに手をあげて、時間ギリギリに会場に到着した次第。はぁ、何なのだ。説明会はそこそこ盛況だった。陶芸とマンガプロデュースの先生、入試科の担当者と一緒にブースの中でちんと座って来客を待つ。しばらくするとビジュアル志望の生徒さんたちが次々とやってきて、ずーっと喋りっぱなし。そのまま七時過ぎに終了。さて、晩ご飯くらいは金沢っぽいお食事でもしたいなぁ、と思っていたのに、そういうイベントっぽいことは一切なく、現地解散。特急列車の時間も迫っていたので、速攻でタクシーに乗って駅に戻る。せめてお土産でも買おうと思ったのに、駅の売店は19時で閉店。お弁当さえ買えず、飲み物さえも買えず、そのまま「雷鳥」に乗車。途中の車内販売で買った「じゃがりこ」をかじりつつ、真っ暗な車窓を眺めること2時間半で京都駅に帰着。家に帰ったのは23時過ぎだった。カップラーメンで夕食。あそこは本当に金沢だったんだろうか。
池田清彦氏の「正しく生きるとはどういうことか」の文庫本を読書中。おもしろい。
2007/6/2(土)16:32
今朝の10時過ぎに香川のRさんから「若冲展観に来たら地下鉄の駅を降りたとこで100分待ち」メールが届く。おぉ。その後14時過ぎに「やっと会場脱出」メールが届く。朝、高松を出るときに水一杯だけ摂取しただけだそう。
2007/6/1(金)16:00
今日から水無月。
ジョナサン・ケイナーの星占いで、今週の山羊座は「溝に落ち込んでいる」と書いてあったので、そんな気になってしまう週末(←影響され易い)。昨日は京都の相国寺で開催中の「若冲展」に行ってきた。いま大学ではこの展覧会がブームで「若冲観た?」というのが合い言葉になってる。3週間の期間も残すところあと2日(6/3まで)で、連日ものごっつい人出のようで、チケット買うだけで30分、会場に入るのに1時間以上は待たねばならない盛況振りらしい。近くに住む非常勤の先生曰く「朝7時から並んでいる」「大型観光バスで団体が押しかける」等々、行く気をそがれるような情報が錯綜。しかし、観てきた同僚曰く「むっちゃくちゃいい」だの、学生曰く「ヤバイ」だの、これはどうしても観ておかねば、と寝不足にムチ打って、朝から出かけてみたという次第。
「開基足利義満600年忌記念」ということでの開催らしく、彼の最高傑作「動植綵絵」30幅(宮内庁蔵)と「釈迦三尊像」(相国寺蔵)、鹿苑寺(金閣寺)の「葡萄図襖絵」等が一度に観られるという、若冲ファンにはたまらない内容(あのプライス氏も来日してたらしいし)。「動植綵絵」は初めてナマを観たが、彼の「ビョーキ」をたっぷり堪能できました。絢爛、緻密、過剰。まわりの景色と比べて構成する分子の集まり方が違うんではないか?と思うほど、全面毛穴まで見えるハイビジョン状態。しかも絵。それも江戸時代の。ひょえー。前もって観ていた図録では「群魚図」とか「池辺群虫図」がおもしろそうだと思っていたけど、生で観るとやっぱしトリが秀逸。「芙蓉双鶏図」「大鶏雌雄図」「群鶏図」など、羽根の艶やかさに圧倒。あの尾羽のツヤは何をどうしたら描けるんだろう?きもちわるいくらい生き生きしてる。それに比べると前評判の高かった「美しい白」にはそれほど感動せず。細かい作業だなぁ、と思ったくらいでした。それから「動植綵絵」ほど派手ではないが、鹿苑寺の墨絵による襖絵もよかった。葡萄もよかったけれど、竹をあんなふうにモダンに描くのだね。
2007/5/27(日)19:17
週末は時間が過ぎるのが早い。金曜日はラフをひとつ片付けたあと、神保町の竹尾紙業へ紙を探しに行き、土曜日は新宿で開催された芸術系大学の合同入試説明会へ少し顔を出す。のち銀座で開催中の日本画家の中野嘉之氏の個展を観に東邦アートギャラリーというところへ行く。昨年の内之浦でのロケット見学でもご一緒した方で、この個展情報は数学の吉田先生から前日メールでいただいたもの。ちょうど中野氏ご本人が在廊しておられて、同行した知人共々お話することもできた。(展覧会は6/2まで)日曜日はたまった家事を片付け、かたわらでラフをひとつ。夕方上京中のMさんから「anaの飛行機が飛ばなくなった」メールが来る。新幹線だと帰宅は11時を過ぎるかも。しんどそう。ベランダのトガクシショウマ(絶滅危惧種)の新芽はスクスク育っている。砂町銀座では梅が並び始めた。
2007/5/25(金)11:11
2週間ぶりのメモ。これでは「日々のメモ」じゃなくて「週刊メモ」(しかも隔週)だ。外付けハードディスクを持ち歩くのが難儀で、週末に東京に戻ったときだけ更新しているのだが、週末に予定が入ったり、仕事が詰まってどたばたすると、とたんに「文章作成能力」が落ち、メモが書けなくなるんである。流暢に書いていた昔は、ようは「ヒマだった」ということかもしれぬ。で、昨日の夜に東京に戻り、久々のメモを書く。
今週は授業以外に、とある高校の大学見学があったり、ビジュアルクラス3年と4年とのささやかなパーティーがあったり、イラスト仕事の納品が4つ重なったりとハードだったわりには、久々にイノダ本店でコーヒーを飲んだり、寺町のタイシルクのお店で買い物したりと、ささやかな気分転換ができた。考えてみれば(考えなくても)イノダに立ち寄れたのは大学に就職してから初めてで、こういう「ぼーっ」としたお茶の時間さえ最近はなかったなぁ、としみじみする。タイシルクの店では、ちょうど店の人が現地から届いた夏物の新着商品を段ボールから出して荷解きしている最中だったので、そのまま気になったものを見せてもらう。ろうけつ染めの上着など、3点入手。
水曜日のパーティでは4年生のとある生徒が先日のキリ番「120001」だったと(今頃)自己申告してきたので「直後にメールくれたら前後賞もあったのに、惜しいねぇ。」と笑う。おつまみは学生達が準備してくれたのだが、クラッカーの上にオイルサーディンをのせたモノが美味しそうだったのでひとつ取ったら、クラッカーじゃなくてココナッツサブレだった(!)。ほかにはポップコーン、チョコレート、ピーナッツ、チーズ、エビ満月、生ハム、2センチの厚みにカットされたサラミソーセージ、学食で売ってるパンなどが雑然と並ぶなか、紙コップのシャンパンで乾杯。
日にちは前後するけど、月曜日はデジクリのイベント「レスフェスト」の勉強会で辻川幸一郎氏によるコーネリアスのビデオを観る。目が釘付けになった。
2007/5/20(日)15:06
入試説明会のため、今週は金曜日まで京都。京都駅近くの会場での準備のあと、画塾の先生方などへの入試説明を初体験。ちょっとよそゆきの格好で接客業しているみたいなわたくし。夕方5時半に終了し、後片付けのあと京都駅近くの居酒屋で小規模な打ち上げ。途中8時前にぬけて新幹線で東京に戻る。翌日の土曜日は突然チケットが入手できたので、新橋演舞場へ歌舞伎見物。吉右衛門と富十郎が出ている演目だったのに、眠気に負け、4時間のうち3分の1は寝てしまう。そして今日は家の雑事のあと、仕事。砂町銀座へ買い物など。魚屋の店先にサザエ。
2007/5/12(土)21:45
連休明けだからか、今週は長かったような。週末の金曜日は東京に戻って神保町の本屋で資料探し。目的の本屋では目当てのものが見つからなかったが、そのような感じの本について「青山の○○書店に行けばありますよ。いま、その類いの本を店頭で売ってるはおそらく○○書店だけです。」と店の人がソラで迅速かつ丁寧に教えてくれた。さすが。三省堂では池田晶子さんのコーナーが出来ていた。同店の美術書コーナでナポレオンの「エジプト誌」の縮小日本語版がTASCHENから安く出てたので衝動買いしてしまう。鈍器になりそうな厚みは5センチ。重かった。のち一誠堂書店の二階に初めて足を踏み入れ遊ぶ。木造の古い図書館のような佇まい。昼下がりのボンディでチキンカレー。ここのカレーはチキンとポークと野菜がおすすめだ、とトナリの席のカップルの兄サンが語っていた。チキンはちゃんとグリルで焼いたのか、とても香ばしい。らっきょをたくさん添えてもぐもぐ食べる。幸せ。
翌日は仕事。知人が探してい資料にぴったりの外国のペーパーバックを複数探して持ってきてくれる。おぉ。そして日曜日はその資料の梱包など。
さいきん内田樹さんのブログがおもしろい。一年前に漬けた日本酒の梅酒がそろそろ出来あがるころ。大学のことを夢に観るようになった。ベランダのトガクシショウマ(絶滅危惧種)の鉢植から新芽が出た。そんなこんなの日々。
2007/5/6(日)17:26
ずっと仕事だった連休。昨日は昼下がりに新宿へ出て、世界堂で水彩絵の具を買ったあと曙橋で鍼に行き、再び新宿に戻ってジュンク堂で遊ぶ。そのあと夜から原宿にオープンしたユニクロのT シャツ店「UT」へ。佐藤可士和氏デザインの店内はコンビニで飲み物を買う感覚でTシャツが買える。オール1枚1,500円で、草間彌生の金色カボチャTシャツその他合計4枚を購入。Tシャツはある種、メディアですねぇ。描かれたビジュアルはもちろん、駄菓子屋のようなプラスティックの赤いフタつき透明パッケージや、それを入れる袋も透明で、買ったTシャツの柄が丸見え。地下鉄の中で目立つったら。買い物の中身が丸見えなんて普通は恥ずかしいものだけど、むしろ見せてる方が心地よいというか、縁日の帰りに「楽しいもの買ってきたんだもん♪」感覚。こういうワクワク感覚までも作り出せてしまえるところがクリエイターのスゴさでしょうか。
2007/4/30(月)12:13
ゴールデンワイーク中も仕事(泣)
そんな中土曜日は久々に鍼に行く。首筋を揉んでもらいながら、先生に人のオーラが見えるというおばあさんのお話を聴く。お客さんの一人だそうで、彼女曰く、「お金持ちの人」のオーラは「金色」で「普通の人」のは「紫」で「危ない人」のは「濁った黄色」なんだとか。ふむ。夕方神保町の「さぼうる」でイチゴジュース。
昨日の日曜はスパイラルに「TOKYO FIBER『SENSEWARE』」を観に行った。原研哉、佐藤卓、隈研吾、祖父江慎など、デザイナー、建築家、アーチスト、プロダクトデザイナーなどの各氏が新素材の繊維で遊んでいる企画。原さんの展示は斜めに張った撥水性の高い黒い布に、下から企画展のタイトル文字を水滴で浮かび上がらせ、その水が一定量を超えたとき、玉になって転がり落ちるしかけで、観ていて飽きなかった。こういう切り口のすぱっとした気持ちのいいモノを観ると、優れたデザインってのは「必然」だなぁと改めて思う。その流れでおもしろかったモノ、佐藤卓さんの「デザインの解剖」シリーズを立ち読み。「明治おいしい牛乳」「タカラリカちゃん」等、大学用に購入してもいいかも。のち立ち寄ったHBギャラリーで森田サトルさんの展覧会を観る。コラージュを使ったお相撲さんのイラスト。椅子に座らせてもらって他の作品ファイルも拝見。なかなかセンスのいいひと。帰りにアキバの万世ラーメンに寄り、ヨドバシで少し遊んでから帰宅。夜は仕事。
2007/4/27(金)13:31
東京と京都を往復する生活もほぼ一月が終了。なんとか生きてます。そんななか、先週末の22日は東博に「レオナルド・ダ・ヴィンチ〜天才の実像」展を観に行った。入館するのに30分待ち。作品は「受胎告知」のみだったが、彼の手稿を元にした映像や模型がてんこもりで、とても充実した内容。これはおすすめ。展示物を観て、やはりダ・ヴィンチは「天才」としか言いようのない人だったことがよぅく分かった。興味のわき方が尋常じゃない。観察力や、考察力など、常人からみれば「うっとおしい」くらい緻密。「受胎告知」の絵も右斜め下から観た時に、一番自然に見えるように計算されて描かれているそうで「そこまでせんでもえーやん」と思ってしまう私は凡人。そりゃ、これだけの才能があれば、時の権力者に利用されるわなぁ、と。ところで、この展覧会は彼の手稿に「ひょろひょろっ」とスケッチさているだけの道具類なんかが、ちゃんと立体で再現されていて、おまけにその使い方を映像で流してくれるので、天才が頭の中で何を思いついたのか、凡人にもよくわかるしくみになってます。この展覧会を企画した人、模型や映像をつくった人(イタリア人らしい)にとってはさぞかし、やりがいのある仕事だったんだろうと想像。まぁ、それだけ準備は大変だったろうけど。
博物館を出たあとは総武線でお茶の水まで出て、小川町まで歩き、見つけた店で「スンドゥブ」という韓国風鍋を食す。ま、新しい味の発見。イマいちお腹が満腹にならなかったので、店を出たあと、近くに見つけたハンバ−ガー屋のアボガド入りのハンバーガーの看板に負けて入店してしまう。コンセプトがハワイなお店で大きなハンバーガーはパテが美味しく、アボガドも幸せ。
翌日23日から26日までは大学。水曜日の夜、挿絵を描かせていただいた「天使のラストメッセージ」の著者、松原ななみさんからメールで、展覧会のお知らせをいただく。ゴールデンウィーク中に渋谷のNHKだそうで、6月には京都のNHKでもあるそうです。興味を持たれた方はぜひ。
26日の夜は大学のあと東京に戻る。八重桜が散って、ベランダの前がうすピンクの絨毯になっていた。みそは元気。さいきんあまりかまってやれないのだが、自力でエサをみつけて夜だけウチの箱で眠っているよう。たのもしい。で、今日は昼過ぎに「猫のおきて」の馨歩さんから沖縄土産が届く(嬉)。
2007/4/18(水)22:02
授業も二週目に入り、大分落ち着いてきた感。昨日はデジクリの非常勤として、大学時代の同期のNちゃんが東京から来ていたので話す。しばし学生時代の気分。
学生たちの課題作品に影響されてか、自分の仕事でのラフも勢いで量産してしまう。おかげで今日はクライアントさんを悩ませてしまったよう・・・す、すみません(汗)。
そんな中、キリ番ゲッターの宮内さんから、讃岐うどんの感想メールをいただく。「かまたま」「ぶっかけ」を楽しんで下さったよう。よかった。
2007/4/13(金)19:25
今週の月曜日から授業が始まり、一回生から三回生まで、私にとって「はじめまして」の学生ほぼ100人の名前と顔の情報が一気に流れ込んできた。そんなの全部おぼえられません。新任の挨拶も何度したかわからない。何回生に何を話したのかもわからない。学内を移動する度、トイレに行く度、あちこちで挨拶されるが、それが何回生の誰なのか未だ認識できず。「おちょこ」並みのメモリしか持ってないわたくしに、プール並の量の情報が流れ込んできた。授業が終わり、スタッフルームに戻っても常に同僚がいて、電話が鳴り、画材屋がやってきて、次々と生徒たちがやってきて、非常勤の先生たちもやってきて、その対応に夜までバタバタする。やれやれと帰路の電車に乗ると、学生とたまたま一緒になり、話をしたりする(なんと同じ高校出身の子もいた)。
ずーっとひきこもってフリ−仕事をしてきたので、このカラフルな現象は私の脳の処理能力を遥かに超えている。と同時に、若い人たちに接することで、何かを確実にもらっている気がする。帰って食事をして、10時頃からこんどはイラストの仕事。二足の草蛙。ここから何かが見えてくるんだろうと信じて。
木曜日は大学の後、二週間ぶりに東京に戻る。ずっと通勤していたせいか、新幹線→タクシー→自宅の道程がものすごく楽だった。座ってお弁当も食べられるし。家の前の八重桜が咲き、ベランダのカナシデの若葉が芽吹いていた。みそちゃんは耳のうしろに瘡蓋の痕。何かがあったようだが、元気そう。
2007/4/10(火)22:49
土日はイラスト仕事を一気に片付ける。「暮らしの風」七月号の表紙、S学館のカット51点、「暮しと健康」のラフ、そして「小説宝石」への挿絵2点。たぶん今が人生で一番働いているかも。そんななか、漫画家の西原理恵子さんのサイトで、ご主人の鴨志田穣さんが先月亡くなっていたことを知る。腎臓がんだったそう。なんてことだ。池田晶子さんといい、ほぼ同世代の人の死は、足の下がくずれるような気持ちになる。
2007/4/8(日)11:38
事後報告ですが、先週の金曜日(4/6)の朝刊(ほぼすべて)の三菱自動車の「SUVはミツビシミテカラフェア」の全面広告に線画イラスト載ってます。(上1/3ほどですが)
先週はオリエンテーションスケジュールで忙殺。金曜日には新入生を連れて比叡山に登山(わたくしはヒヨワなのでバスで)。週末はイラスト仕事。おかげで東京に戻れず。都知事選の投票もできず(涙)。マジで身体が三つほしい。
2007/4/5(木)22:09
キリ番を踏まれたのは京都在住のデザイナー、宮内貴子さんでした(拍手)!宮内さんは、以前からサイトを訪問して下さっている方で、同じ京都、しかも猫好きでいらっしゃるそう。宮内さんには、できるだけすみやかに「日の出製麺」のうどんセット約16人前をお送りいたします。お楽しみに〜。
2007/4/3(火)01:56
入学式からこっち怒濤のようなスケジュールが継続中。ちょっと脳波の出方が違うかも。で、取り急ぎお知らせおば。カウンタのキリ番(120000)がそろそろかな、と。踏まれた方、カウンタ画像添付でメールくださいませ。またもや『讃岐うどん』を差し上げます。時間かかるかもしれんけど。
2007/4/1(日)20:53
29日の夜、猿江恩賜公園に夜櫻を見に行った。風邪も完治してはいなかったけど、今年の櫻を観られないのはあまりに哀しいので晩ご飯のあと、ぷらぷらと散歩。横十間川沿いの櫻並木はほぼ満開で、何するわけでもなく、木の下に佇んでしばし眺める。ほぼ真夜中で、月も美しかった。
翌日は京都へ移動。荷物が多かったので、家からタクシーで東京駅へ。車中から昨日の夜に歩いた櫻並木を見る。雑然とした下町のそこかしこに櫻色が見える。江東区ってやっぱり好き。昼過ぎの新幹線はほぼ満員で、京都駅に到着したのが午後2時30分。そのまま地下鉄で大学へ。イラストコースの非常勤の方々と一緒に新しい校舎を見学。東京駅の大丸でお土産にしたwestのチーズ味のクッキー、デジクリのM先生が一口食べて「ネコの味がする」って、ネコ食べたことあるんかいっ。のち実家に戻り別便で送っておいた荷物の整理など。実家の庭の櫻はまだ咲いていなかった。李の花は散りかけ、花梨の花は蕾み。
美大で教えることの意味について、悶々と考える日々。描く子はほっといても描く。教えることなんて、ほとんどない。私が大学で得たものは、友人と時間、そして卒業前のヨ−ロッパ旅行でT 先生が見せて下さった広い世界、それから先生からもらった数々の言葉だった。学生にとって親に出してもらった学費(中には自力で稼ぐ子もいるだろうが)で、4年という時間をクリエイトすることに使える。それだけでもう充分すぎるほど幸せなことなのだというデッサンのK先生の言葉は深い。大学は専門学校ではない。美しいもの、普遍性のあるモノを知り、自分もそういうものを創ろうとおもうこと。絵を描く幸せ、楽しさを知ることは、たとえプロにならなかったとしても生涯の宝物になるはずだ。そして、明日は入学式。私にとっても、新しい一歩。
2007/3/28(水)00:38
風邪もほぼ治る。来週から大学がスタートするので、それまでに片付けねばならない仕事など。
夕方から、先日出版された本(中に約40点ほど描いてます。猫絵もありマス。)の「お疲れさま会」があり、六本木ヒルズ(!)隣のグランドハイアットホテル6Fの「オークドア」へ(たぶん私の人生で一番高級なお肉を食す)。弁護士の先生方三名とマネージャーの女性、そして日経の編集のOさんの6人で集合。最初は「内部統制」の「ナ」の字も知らなかったわたくし。ホイっと渡された原稿(厚み2センチ)と格闘し、素人なりの理解力で考え、絵にしてみたものが、著者の方々にとって「まさにこれが言いたかった」的ツボだったらしく、みなさんずいぶん喜んで下さった。途中何度も打ち合わせに参加させていただいたのだが、その時にはうかがい知れなかった、いろんな編集的ご苦労話なども聴かせていただく。絵を描くことで、垣間みることができる、いろんなプロの方々の世界。分野の違う人たちと絵を描くことで知り合える。こういうのが楽しくて私は仕事をしてるんだろうな、などと。それにしても「難しいテキストをわかりやすい絵にする」イラストレーターの需要はけっこうあるみたいで、それもマンガじゃなくて、イラストで描ける、というのが大切なポイントらしい。(猫の加藤さんも似たようなことを仰っていた。)このへん、大学での課題に生かせるかも。
2007/3/25(日)23:23
金曜日からついに風邪に臥す。
それもそのはず、先週はあまりにハードな週だった。日曜日に思いつきで松本に遊びに行き、日帰りで帰宅。月曜日は仕事のかたわら、大学のことで作文などを書き、火曜日もその続きをしたあと、夕方の新幹線で帰京。翌日は朝から卒業式で、一次会の吉田山荘のあと、イノダで少しだけ仕事をしたのち、二次会の和民を経て、帰宅したのはてっぺん過ぎ。(他の人はなんと朝までだったらしい)次の日は朝から再び作文のあと、昼過ぎから大学で先生たちと打ち合わせをし、新しい校舎への引越のお手伝いなぞをして、夕方の新幹線で東京に戻る。そしてその夜から調子が悪くなる。ノドが痛くて鼻水が出る。以前患った花粉症の症状に加え、土曜日からは咳きも出だして熱っぽい。あぁ、やっぱし、春先は苦手。
それにしても、卒業式のあと、朝まで学生たちと酒を飲み、カラオケにも行ったらしい60歳過ぎのT先生が、ちゃんとその日の昼には大学に来て、お仕事をされている姿には感服。元気すぎる。
んでもって今日の日曜日は香川のうどんの友のRさんから讃岐うどんが届く。新規のお店らしい。冷凍と乾麺。美味しかったら(美味しそうだが)次回のカウプレにしてみよう。風邪の方は今日になってずいぶんラクになった。夕方、砂町銀座の八百屋でタラの芽を買って天ぷらにして、松本土産の蕎麦と食す。う、うまひ。それから木曜日にはY先生から就職祝いの贈り物を送っていただく。こちらは耳へのインプット。感謝です。
2007/3/22(木)21:58
昨日の今頃は三条通りの「坐・和民」だった。卒業式の二次会。昼の一次会は「吉田山荘」で懐石料理。春らしいタケノコ料理に舌鼓をうちつつ、先付けに出たハマグリの上の緑色のモノを見て「これはキゥイソース?」などと無邪気に話す学生よ(それは山椒味噌だよ)、これから社会に出て、自分の力でちゃんと稼いで、どんどん美味しいモノを自腹で食べて学んでゆくのだよ。夜の三次会の「坐・和民」の刺身と「吉田山荘」の刺身の違いは理解できたようだけど、ポテトサラダは「坐・和民」の方が「勝った」とか言わないように。「吉田山荘」にはそんなメニューはないんだから。短い間だったけれど、一緒に過ごせて私もほんとうに楽しかったです。思いがけないお手紙や贈り物もありがとう。これからが、ほんとうのお楽しみ。ようこそ君の人生へ。卒業おめでとう。気が向いたらいつでも大学に遊びに来て下さい。
2007/3/16(金)22:16
昨日は一日広告仕事。夜にメールで送ったものをその場でチェックしてもらい、修正箇所を直す。てっぺん前に再送。今日は雑誌のためのカットを数点仕上げてから別の雑誌のカットのラフ。夜、クライアントチェックから戻ってきた広告仕事の最終修正。こう書くとものすごく仕事してるみたいですが、実際は合間にベランダの植木に水やったり、猫と遊んだり、昼寝までしてます。
19時過ぎに住吉のスーパーまで買い物に出る。小名木川と横十間川のクロスしたところに架かるクローバー橋が好きで、こうやってときどきメトロ二つ分を歩く。一昨年の夏、初めて来た時には異国のように感じた町だったけど、住めば都。この平らな土地と広い空とマッチ箱を並べたような集合住宅群の風景にすっかり馴染んでしまった。それなりに適応しているワタクシ。10年後はどこにいるのやら。
2007/3/15(木)11:00
さいきん家の前の小名木川の河川工事で堤防が上1メートルほど削られた。川に沿って走る道は一車線で交通量も多く、コンクリの堤防の壁の威圧感もあり、歩きにくかったのだけど、その堤防が1メートル低くなっただけで、見晴らしが良くなって、ずいぶん明るい印象になった。すごいなぁ。壁が低くなっただけなのに、気持ちまで風通しがよくなる感じ。向こう岸も同じように工事されたので、向かいの家並みや車が走る様子も見える。ふーん、あんな家が建っていたのか。ゆくゆくは川沿いに遊歩道がつくらしいので、散歩しやすくなる。うれしい。
昨日は広告仕事の契約書に、こちらの希望を盛り込んでもらうための草案作り。のち、この4月からの連載仕事の6月分の制作。夜になって、代理店から電話でラフの戻しに関しての打ち合わせをする。
2007/3/13(火)20:11
最近学生の目を意識してこのメモを書いている。大学で「先生のHPを見てます」と言ってくれる学生がいたので、あぁ、あんまりアホなことは書いてはイカンと思った。そのせいか、以前に比べ「毒吐き」が少なくなっている。決してわたくしの心が白くなったわけではない(真っ黒のままだし)。結果、日々の出来事をそのままメモに記録する、つまりタダの日記になっている。ま、イラストレーターという職種の人間は、日々こういうふうに地味に仕事をしてるのか、と若い人に覗き見してもらい「あぁ、わたしもやってみたい」とか「あぁ、こんなのは絶対にヤだ」など、ご自由に思っていただければ幸いです。
で、今日は「降って湧いた」広告仕事のためのラフをしつつ、先方からメールで送られてきた契約書の草案を読み、個人事業主の立場についてしみじみとする。あとは昨日送ったラフのペン画の仕上げなど。夕方には久しぶりに砂町銀座へ。空豆、新ジャガ、ウドなど、春の野菜が出回りだした。それから先日お知らせした「水彩仕事」はこちら。またサイト左上のロゴマークも描いてます。
2007/3/12(月)19:53
結局土曜に丸一日かけて描いた水彩画が気に入らず、日曜は朝から描き直し。結局三枚描いて、最後のものを昨日の夕方宅配便に出す。やれやれ。
今日は朝から別のペン画ラフ。文春のチラシの色校正で印刷所から電話。あと、S学館の担当の人とスケジュールの確認などをしつつ、別の雑誌のカット仕事のラフ。夕方から鍼。今日は背中にたくさん打ってもらって、そのまま暖まった泥入りマクラ?で腰と首をあたためてもらう。うー気持ちいい。
2007/3/9(金)23:58
今週〜来週は水彩仕事の納品が重なる。どんな絵になるのか、描いてみるまでわかんない、描き始めたら最後、やりなおしのきかない水彩画を描くのは、自分でも毎回ハラハラするのだが、今年は幸か不幸か、メジャーな連載仕事(またお知らせします)が水彩で決まったので、イヤでも毎月、水彩画を描かねばならない。おまけに「くもん出版」の「文(もん)」が連載4年目に突入していて、こちらも毎回アートディレクターの杉浦康平さんの目が光るので、気がぬけない。その二つの水彩仕事の納品が重なった上、今日は突然降ってわいたような広告仕事の打ち合わせが入り、合間を縫って先方まで出向く(こちらはペン画)。おまけに今朝、数ヶ月前に納品し終えていたと思っていた本の仕事の続きの原稿が、S学館からどさっと届き、うろたえる。まだ終わってなかったのか。あと47点も描かなアカンのか。がっくしと肩をおとしつつ、楽天で安くお取り寄せした「デコポン」の皮をむく。ふぅ。
話変わって。上のような無茶なスケジュールに加え、来月からは大学が常勤になる。ホントにダイジョウブなのか、は常に考えている。でも考えても仕方ないので、やってみるしかないんでないの、とどこかでお気楽に腹をくくっている。これから先、どうなっていくのかも全く定かではないが、今そんなことを考えてもしゃーないので、とりあえずご飯を食べて寝るのである。というわけでおやすみなさい。
2007/3/7(水)11:51
4日、5日と大学の入試のため京都だった。日曜はポッカポカでセーターを着てるだけで汗ばむ陽気だったのに次の日から天気がくずれ、昨日火曜日はむちゃ寒。帰りの夜の新幹線の窓から東の空にのぼってくる月が美しく幻想的だった。(新幹線速度で見る月は、雲の形や背景がどんどん変わるのでドラマチック。)
日曜日は夜の9時頃に実家に戻り、郵便物の整理、PCのモデムの交換などをしてから就寝。翌日は確定申告書類を片付けようとしたのに、朝からメール送信ができないことに気付き、モデムを交換したのがアカンかったのかとDIONに電話したり、サーバーのサイトにアクセスしたり、メーラーのバージョンアップのためにマイクロソフトのサイトに行って迷子になったりする。「何が問題かがわからない」ので、いちいちぶつかるしかないんである。結局そのために半日つぶし(泣)なんとか復活させて(何でもポートの設定を変える必要があったらしい。そんなの、知らんがな。)数人の学生が遅れて提出した課題の感想を書いてプリントアウトし、確定申告の書類作成はできないまま、大学へ。採点が終了し、帰宅したのは夜11時過ぎで、それから確定申告の源泉票の整理なんかで3時まで(疲)。翌日は朝からラフをひとつ片付け、確定申告書類制作再び。夕方までになんとか全ての数字を出し終え、急いで荷物をまとめて夜の新幹線で東京に戻る。さすがに疲れたので東京駅からはタクシー。永代橋を渡って清洲橋までの隅田川沿いの夜景にしばし心を癒される。それにしても川の多い江東区を夜タクシーで走る時のBGMにブルースってのは似合いますね。きのうはクラプトンのアンプラグド。池田晶子さんがもうこの世にいないことの寂しさ、それでも毎日のご飯を食べて生き続けるほかないわたくしたち。
2007/3/2(金)20:30
池田晶子さんが亡くなった。46歳、早すぎる。初めて彼女の著作を読んだのが5年前。「考える日々」だった。その後「帰ってきたソクラテス」「死と生きる〜獄中哲学対話」「ロゴスに訊け」を立て続けに読んだ。「哲学」は難しいモノではないということに気付かせてくれた人。彼女がずっと書いてきた「生死」「存在」「わかる」。死の直前まで執筆をやめなかったらしい彼女は、死の間際に「死」が「わかった」んだろうか。「なーるほど、こういうコトなんだ」と笑っていたんじゃなかろうか(そんな気がする)。彼女がいなくなっても、彼女の言葉は遺る。「彼女の本を読み返すたび「言葉」はちゃんとあり、今まで通り私を励ましてくれる。だから彼女は死んではいない。わたくし的には。それにしても河合隼雄さんも意識不明になられて久しいし、私にとって、同時代に生きた「心の師匠」たちの「言葉」がきけなくなるのはホントに寂しいコトよのぅ。
2007/3/2(金)13:15
弥生。毎年この時期は風邪で寝込むことが多かったけど、今年は珍しくまだ元気。昨日は鍼。肩や首だけでなく、初めて腰にも打ってもらったら、肩こりも軽減。先生に何センチくらい入ってるんですか?と聞くと「3センチ」とのこと。でも全然感じないのが不思議。でも確実に肩こりが改善されてる。恐るべし、東洋医学。
2007/2/28(水)11:31
昨日はイラストレーターの高橋くんからキリ番ゲットのプレゼントが届く(嬉)。箱形の置き時計、パンダ仕様。留め金を外せば正面が開くしくみ。二本足で立ってる感じがして、妙になごむ形。高橋くん、ありがとー。
2007/2/26(月)20:26
昨日は先日見逃した「ギメ東洋美術館所蔵浮世絵名品展」を見に、太田記念美術館へ。最終日だったためものすごい人出で、入館は30分待ちだった。お目当ては何と言っても北斎の「雨中の虎図」と「龍図」。人混みをかきわけ、畳にペタンと座りこんでじっと眺める。北斎の肉筆画のスゴさには、一昨年の東博での「北斎展」で脱帽したが、今回のもすごかった。ことに龍。浮世絵を観る機会があるたび、北斎と広重の違いに興味が湧くのだが、広重がお育ちのいいボンボンだとすれば北斎は貧乏長屋のジジィ(あくまでイメージです)。広重が常識人だったとすれば、北斎は破綻したひと。傍にいたら、さぞかしおもろいオッサンだったんだろう。絵の上手さは甲乙つけがたいものの、構図や色など「美」を重んじる(ように私には見える)広重と違い、北斎は「美」なんかハナから描こうとしていないように見える。そんなモノより先に、描かねばならんモノが次から次へと出てきて手当たり次第に描き続けた感じ。なのに、どうしようもなく魅力的。何なんでしょうね、この人の絵って。そんな北斎の憑かれたような迫力と我が身を持て余したような可愛らしさが同居した龍の絵。物悲しげな龍の顔もいいですが、画面右下、下半身(?)の鱗の胴体がくねるあたり、いいですよー。これがこのあとはパリに行かねば観られないのはかなり残念。
のち丸の内に移動してJAXAiで内之浦絵画コンテストの受賞作品を見る。北斎のあとに観ると、いかにも若い(あたりまえ)し、おとなしい感じがした。年齢を重ねたら、彼らはどんな絵を描くようになるんだろ。(という問いはそのまま「彼らはどんな人生を歩むことになるのかな」という問いでもアリ。)丸善の上でハヤシライスを食べたあと、六本木アクシスで開催された卒業制作展の搬出へ向かう。会場に到着すると去年の卒業生が数名たまたま来ていて、これ幸いと搬出の手伝いをお願いする。梱包作業など、2時間弱で終了。8時前には帰路につく。
2007/2/25(日)11:46
昨日から久しぶりに冷え込んだので、みそちゃんの箱に湯たんぽをいれる。昨日は病院に先日の健康診断の結果を聴きにゆく。先生の「どこにも異状ありません」との言葉にほっと一安心。家に帰ってから確定申告のための源泉票の整理など。夕方、買い物に出た道で、後ろから来た自転車のオッサンにおもいっきりベルをならされ、ヤな気分になる。たまたま老夫婦と私が3人で並んで自転車の通るスペースがなかったのからだろうけど、歩いてるひとを押しのけて(この場合「鳴らしのけて」?)まで走り続けたいのか、お前はイノシシかっ。と心の中でさけぶ(←弱気)。歩道では歩行者が優先なのだ、知らんもんね、と無視して歩き続けたら、更にヒステリックにベルをならされたので、しぶしぶ脇によける。分別盛りの年代のはずの白髪頭のオヤジ。ふん、なにさ。
気分を変えて。「セレーネキャンペーン」が2月28日までだったので、猫達の名前でも応募しておく。夏に衛星が打ち上がったニュースを観るとき、あぁ、あそこに私のメッセージが乗っているんだなぁと、しみじみしながら麦茶でも飲もう。見上げれば、そこにある月に「願い」の「ことば」が「在る」ことの不思議。わたくしたちがいなくなったあとも、月に「ことば」を遺すことができる不思議。
2007/2/23(金)12:44
昨日、2月22日は「ニャーニャーニャー」で「猫の日」。んでもってこの日に合わせて企画された『きょうも猫日和/台湾語バージョン打上げ会』で、著者の加藤由子さん、企画のGさんとの3人で神楽坂の某モツ鍋屋へゆく。「猫の日」に「モツ鍋」、合ってるような、合ってないような・・・。でも、Gさんが会社の方から教えてもらったその店のモツ鍋はとーても美味しかった。馬刺もいろんな部位(タテガミまで)食べられたし。加藤さんとは、今回で4回目のお目文字。今まで編集の方やデザイナーのOさん交えて、大人数で一緒に食事をさせていただいたことはあったけれど、3人という少人数でゆっくりお話できたのは今回が初めて。私よりもひとまわり以上年上なのに、ほんとうに可愛いらしい(と書くと語弊があるけど)方で、彼女の書く文章そのままに気っぷがよく、裏表のない、ほんとうに気持ちのいいひと。会話中、つい天然ボケをかましてしまう私は彼女に何度か「バカッ!!」と叱られたけど、それがヘンに気持ちいいの(マゾではありません)。
9時前にモツナベ屋を出て、次は神楽坂の裏通りにたまたま見つけためちゃくちゃ狭くて汚い(失礼)居酒屋へ、加藤さんが「入ろう入ろう!」と先頭切って入店。3席しかないカウンターで「あいなめ」が一匹水槽で沈んでいるのを眺めつつ、79歳のおジイさんが焼いてくれた甘い卵焼きをつつきながら、お二方は焼酎、私はコーラを飲む。動物行動学が専門の加藤さんはあちこちの動物園で解説員もされていて、多摩動物公園のオラウータンのスカイウォークについてや、パンダの消化器官について(?)あれこれおもしろいお話を聞かせていただく。ときどき、水槽の「あいなめ」と目が合うのでおかしがっていたら、店のオジィさんが「そいつはちゃんと目を合わせてくんだ。頭がいいよ。」と笑う。見上げた壁の黒板には「あいなめ山椒焼き」の文字。加藤さんが関わってらっしゃる「ネパールへ狂犬病ワクチンを送る会」のについてもうかがったりしつつ、てっぺん過ぎに解散。
2007/2/21(水)17:37
お知らせ。
いま六本木のアクシスビルにて、ウチの大学のデザイン学部の卒業制作選抜展が開催中です。ビジュアル、プロダクト、建築の3学科によるもので、25日まで(最終日は午後6時まで)。わたくしが関わった学生たちの作品はビジュアル学科、入り口入って左側の壁一面に展示されてます。東京での展覧会は初めて。京都の洛北で4年間、シコシコ制作してきた学生たちの若い感性をぜひご覧下さい。
で、今日は上記の展覧会に朝10時からアクシスへ。一日中「店番」をおおせつかったので、その覚悟で仕事や本などを持ち込んだのだが、ちゃんと担当の学生が来ていたので、途中ときどき抜けてアクシス内のショップで遊ぶ。で、みつけてしまったのが、スウェーデンの作家リサ・ラーソンの陶器。ここのサイトの真ん中あたりにある「あざらし」を衝動買いしてしまう。一緒に購入した写真集には、シロクマや狐など、ほかにもかわいい作品がずらり。こんなひとがいたんだなぁ。猫もそこそこ可愛かったけど、猫には厳しいわたくしとしては「そこそこ」では買わないのだ。(←偉そう)あとは文春ネタの文房具などを物色。
2007/2/20(火)11:44
ほぼ2週間ぶりの更新です。すみません。ざっとした日記は書いていたのですが、文章を推敲する時間がとれず、アップする気になれないまま、そのままずるずるずる・・と。昨日やっとこさ一山越えました。
で、一昨日と昨日、納品の間隙をぬって歌舞伎座へ。2月公演「仮名手本忠臣蔵」。知人が昼と夜の部、両方のチケットを一日違いでゲットしてくれたので、通しで観られた。何と言っても配役が豪華。吉右衛門に富十郎、幸四郎に菊五郎、夜の部では玉三郎に仁左衛門。座席は一日目は二階の四列目の左端で、昨日は二階の桟敷。歌舞伎体験は今回で五回目になるが、いやぁ、めちゃくちゃおもしろかった。とくに昨日の七段目の玉三郎と仁左衛門演じるところの「おかる」と「平右衛門」のくだりが最高。知人曰くこのお二方は「タカタマコンビ」と言うらしいんですが、ホントーに美しく、見ているだけで「目がお正月」って感じ。これに私が好きな吉右衛門がからんでくるので、どこをどうしたって面白い。4時間があっという間。題材が「忠臣蔵」だけに分かりやすかったし、それぞれの段の構成に、長年それぞれの時代のひとによって練られ続け、考え抜かれた、結晶のような完成度を感じました。ホント、歌舞伎ってのは日本の文化です。おばあちゃんになっても、お弁当を持って歌舞伎見物ができるひとでありたい、としみじみ。それにしても、菊五郎さんは昼では塩冶判官(浅野内匠頭)役で切腹し、夜の部では早野勘平役で切腹してた。25日の間「毎日切腹」で50回。すごい。
2007/2/16(金)15:37
昨日は夕方から弁護士さんの事務所で打ち合わせ。巌のように難しく感じた原稿だったけど、なんとか私なりに「落とし前」をつけてカットのラフ約60点余を提出。編集と著者の方々、みなさまにとても気に入っていただけたようで、ホッと胸をなでおろす。打ち合わせ先が日比谷だったので、銀座までぷらぷら歩いて、木村屋でパンなどを観察(買わない)してから、再び日比谷まで歩いて帰宅。そして今日は昨日の打ち合わせを受け、ペン入れ作業。カリカリ描いてるとベランダの外から団地に住むおじいさんとおばあさんの声。「いいひとに拾われたねぇ。よかったねぇ。」「前はびっこひいてたのにねぇ。」どうやら、ベランダ猫の「みそちゃん」のことらしい。そうか、みそちゃん、前はびっこひいてたのか。
2007/2/14(水)20:00
今日は大学へ提出するため、健康診断をしに、近所の病院へ行く。身長が1.5センチ延びていた。(驚)
2007/2/12(月)23:07
結局この3連休はずっと仕事。昨日はMさんが講習会のため上京中だったので、一緒に神保町で晩ご飯。Mさんリクエストで「富士山の野菜塾」再び。仕事とは直接関係のない勉強会に、自腹を切って四泊五日で参加中のMさんは、ヨーガンレールのロングコートがとてもよく似合っていた。仕事のことをあれこれと。女も不惑を過ぎると、あと20年の職業人生の行く末にあれこれ思うもので、Mさんはさいきん「お金もちにはなれないけれど、お金に不自由はしない。時間はかかっても、欲しいものが手に入る」と占いに書いてあったそうで、実際彼女を見ていると、ちゃんとそういうふうに生きておられる。人生は長丁場。それぞれの荷物をしょっていくしかないのよねぇ。食事のあとはコーヒーを飲みにスタバに移動し、夜10時に解散。
2007/2/9(金)15:05
昨日は夕方から公私共のお友達デザイナーのSさんと仕事の打ち合わせ。『佐野みそ』でお土産の「味噌デニッシュパン」を買い、田舎の無人駅のような佇まいの東武線の亀戸駅から電車に乗る。江東区、墨田区、足立区と荒川と隅田川に挟まれた下町をゴトゴト走る2両編成の電車は乗っているだけでブルージィな気分。東京の西の方はあまり知らないが、東エリアのこのけだるい雰囲気はけっこう好きだ。北千住の「成城石井」(?)でSさんと待ち合わせをし、去年引っ越された東京芸術センターにある新事務所へ。久々にお会いしたSさんは私よりも5歳年下の美しい方で、あいかわらず気っぷのイイ男っ前の姐さんだった。2時間ほどで打ち合わせを終えたあと、千駄木のSさんの馴染みの某寿司屋へ。この店、以前にも何度か連れてきてもらっていて、お世辞にもきれいと言えないテレビの音がするような庶民的な狭い店(カウンタ−5席、極小テーブル席2人×2)なのにネタが新鮮で大きくて本当に美味しい。なのにツマミと握りをお腹いっぱい食べて一人4000円以上は払ったことがないという、感動モノのコストパフォーマンスの店。昨日も二人で7500円だった。連日満員で予約がとりにくく、よって店の名前は秘密。
Sさんとは私が東京に越してきてから初めてお目文字が叶ったのだけれど、その間にあったお互いのあれこれを寿司屋のカウンターに並べて寿司をつまむ。Sさんは去年、本業以外のお仕事で忙殺、イタい目にも遭われたようで「もうコリゴリです」感が漂っていたものの、話を聴いていると、業界内外のいろんな人に関わり、じっと人間観察もされたようで、いっそうオトナの「女っぷり」を上げてらっしゃるようにお見受けした。
2007/2/7(水)21:25
一日かけて、水彩の仕事。大学で若い人たちの作品をたくさん観て、自分のなかでも何かがふっきれた気がした。誰のためでもなく、自分が好きな絵を好きなように描けばいいという、ごくあたりまえのことなんだけど、このトシで、まだこんなことでウロウロしてる。(苦笑)
ところで、内之浦絵画コンテストの表彰式が2月3日にJAXAiにて行われたそうです。セレーネキャンペーンも2月いっぱいまでですよ〜。
2007/2/6(火)17:10
2日から4日は大学の入試のため、京都へ。
2日、晴天の下の富士山と雪の関ヶ原の景色を両方見る。雪の積もる山の風景が美しかった。一日目の作業は午後7時過ぎに終了。2日目は午後からなので、午前中は丸太町のブルーパロットへアンティーク家具と絵のモティーフ探しに行く。途中、吉田神社でお茶とお菓子の接待をしていたので紛れ込んで一服。節分だったので人出多し。ブルーパロットでは小引き出しと少し大きめのチェストを見つけて購入。あと、イギリス製のアンティークのコルク栓(熊つき)を文春用に購入。「熊つき」については、いずれ文春のチラシで描くつもり。
のち、市立美術館で開催中の卒展へ。時間がなくてビジュアル学科のみを見学。それぞれの力作が並ぶ。ほとんどが女の子だった今年の四回生たち。学生時代を終えて、それぞれが一人になって、みんなこれからどんな道をゆくんだろう。
さて、のち大学に入り、夜7時前まで作業。翌日は朝10時からで、夕方6時頃には全てが終了。おつかれさまを言いつつも、既に次回の入試の準備、卒展の東京選抜展などの準備が始まるよう。月曜日は文春の3月号イラストを描き、夜の新幹線で東京に戻る。そして今日は日経の仕事の件で弁護士さんの事務所で打ち合わせ。
時間の長さは相対的だということを前にMさんと話していたことがあって、例えば、江戸時代は日の出から日の入りまでを12等分していたので、季節によって一時間の長さが変わったそうで、そのおおらかさがいいねぇと思った。最近、仕事、家事、雑事など忙しければ忙しいほど時間というのは捻出できるようになるものだと体験から悟りつつある。何のことはない、単に時間を無駄にできん!という切迫感から貧乏性的に動き回っているだけなんだけれど、まとまった「どん」とした時間が確保できなくても、ちょこちょことこまめに動けば、なんとなく複数のことが同時にできていたりするのだな、と。で、何が言いたいかと言えば、来年度からの大学の仕事がめちゃくちゃ大変そうなので、絵の仕事との両立ができるか不安になっている自分への鼓舞ですね。自由業から一転、時間的制約と、組織に属することの不自由さ、東京から週一で通うことの不合理さも十分承知しているが、何より一番タチが悪いのは、学生と関わることが「楽しい」ということで、これでは絵を描く時間なんて激減してしまいそう。ま、ちょこちょことこまめに何とかしてゆかなしゃーないんだけど。がんばれーわたし。
2007/2/1(木)13:06
暖冬のなか、火曜の夜は馨歩さんとアンコウ鍋を食べに「いせ源」へ。神田須田町あたりは「ぼたん」「薮蕎麦」など、昭和初期の木造飲食店が多いらしく、馨歩さんにはほかに蕎麦の「まつや」、甘味所の「竹むら」、漱石も食したらしい「かきあげ」の「松榮亭」などを教えてもらう。満席で1時間近く待たされてから上がった2階のお座敷は小ぶりな座卓がずらっと並んでいて、さくら鍋で有名な森下の「みの屋」に雰囲気が似ていると思った。どこか銭湯にも通じる「庶民」の日常における「ハレの場」って感じで、お酒で真っ赤な顔のサラリーマンや、ストッキングの足を折ってハンカチを膝にのせたOLさんたちが、ぎゅうぎゅうと並んで、それぞれのテーブルでてんで勝手に笑ってる。こういう雰囲気ってたぶん昭和初期、いえ、もしかすると江戸時代からずーっとなのかもしれませぬ。今回、馨歩さんがおばあさま譲りの小紋の着物を着てこられたので、向かい合って座った私の視界はまさに「昭和初期」か「大正ロマン」。肝心の鍋のお味は、入ってる野菜が三つ葉、銀杏、ウドなどで、これらがちょっと甘めのお醤油ベースのダシにとても合い、う、うまひ。「東のあんこう、西のふぐ」、季節ものならではの楽しみと、お店の雰囲気、お姉さん達(決して『オバサン』と呼んではいけません)の働きぶりなども加わって、なかなか楽しいひとときでございました。最後の卵とろっとろの「おじや」も幸せだったし。
ところでお座敷の壁にサザエやカツオやアンコなどが大胆な筆致で描かれている、大きな横長の絵があって、隅に『一政題』と書いてある。「これってあの(中川)一政なのかしらん」と馨歩さん。それぞれの魚介の横に「様」「麿」「シバタ」など、意味不明の文字が書きつけてあり、どうも魚の姿を友人達になぞらえてアダ名をつけて遊んでるふう。中でも右下の隅っこに「ついでに描きました」って感じの、特に小さな二枚貝の絵があり、これにもゴニョゴニョと何やら名前がついている。こんな小さな貝に見立てられた人って、一体ダレなんだろう?と妙に気になるわたくしたち。どなたかご存じの方、ご教示くださいまし。
2007/1/30(火)15:20
日曜日から3夜連続で放送中のNHKスペシャル「インドの衝撃」。
日曜日放送分の「わき上がる頭脳パワー」は衝撃的だった。「私たちにあるのは『頭脳』だけです」って言い切ってるし。教室で算数を目を輝かせて勉強してる子どもたち。一生懸命勉強していい大学に入って、家族や村や国のためになりたいと夢見る若者たち。昔の日本みたい。人口11億の国からこういう「健全な野心」を持った若者が現在進行形で続々と輩出されているってのはすごいことです。「日本なんかかなわないなぁ」と思う反面、欧米でも中国でもなく「インド」ってのが、今まで「ゼロ」を発見し、「仏教」を生み、藤原新也さん的に言えば「死人が犬に喰われるほど自由な」何でもアリのカオス的イメージの国から何かが変わろうとしているようで、楽しみでもあります。
2007/1/27(土)22:15
木曜日は夕方からY先生と遅めの新年会で新宿の「カニ道楽」へ。去年の9月に内之浦で見学した太陽観測衛星「日の出」打上の日本画コンテストの審査のことや、こんどのセレーネキャンペーンのお話などをうかがう。ちなみにセレーネキャンペーンはペットの名前での応募も可だそう。一昨年亡くなったオッサン猫は真っ白な猫だったので、月に名前を届けてやるのもいいかもしんない。彼の本名は「ウナ(UNA)」で「月(LUNA)」の中に文字がある。月を見上げるたびに、彼のことをより強く思いだせるかもしれない。(応募は2月28日までです。)
金曜日は仕事、そして今日は表参道の太田記念美術館に「ギメ東洋美術館浮世絵名品展」を見にいったのだけど、作品入れ替えのため、休館中。しかたなく、表参道界隈を散策して帰宅。ところで、左下の親不知を抜いたあとが虫歯になったので、今朝歯医者で削ってもらったら、神経ギリで削られたので、熱いモノも冷たいモノも異様にしみて痛む(ひーん)。そのうち慣れるとおもふけど。
2007/1/25(木)14:45
先日制作した「カブとマッシュルームのポタージュ」がなかなか美味しかったので、気をよくして再びバーミックスで「ゴボウスープ」を制作したら、ゴボウそのまんまの味だった。うーん、これなら素直に「煮しめ」で食べた方美味しいかも。
さて、昨日は大学時代のクラスメートのTくんの紹介の仕事の打ち合わせで大手町の日経出版部へ。編集の人も交えての会話に、つい「Tくん」と言ってしまうこと数回。変なの。世の中にはどんどん新しい言葉が生まれていて、私の知らないそれらの言葉を説明するため、私の挿絵仕事がどんどん増えてゆくような気がする今日このごろ。ノンフィクションの分野はまだまだ需要がありますぜ、奥さん。
今日は夕方からY先生と遅めの新年会。
2007/1/22(月)22:42
あいかわらずバーミックスでいろいろ混ぜて遊ぶ日々。いわしのつみれ鍋、レンコンツクネ再び、蕪とマッシュルームのスープなどなど。
肩こりを緩和するため、マッサージと鍼に行ってきた。血行がよくなったためか、今とても眠い。だから今日のメモはちょっと文体がヘンかもしれません。お赦しをば。
さて、昨日は近美で特別公開中の横山大観の「生々流転」を観に行った。全長40メートルの水墨画の全容を観るのは初めて。深い山の奥、霧が生み出す一筋の細い滝から始まる水の旅は、最後、龍になって天に昇って終わる。絵巻の最初、霧が白い和紙からふわっと立ち上る様子を表した薄墨のボカシや、最後の龍を生む、濃く、深い色の墨のボカシは圧巻。細かく観てゆくと、人物や動物などはどこかトボけた表情で、微妙にデッサンが狂っているのだけれど、それを圧倒的に凌駕する、絵全体を覆う品格と空気感、長さ40メートルもの絵をどこにも破綻なく成り立たせている構成力には脱帽しないわけにはいきません。これはホントに国の宝ですよ、奥さん。(国宝ではなく、重要文化財だそうです)
ついでに企画展の「都路華香展」も観たのだが、ちょっと気持ち悪くておもしろかった。...もっとちゃんとした感想を書きたいのだけれど、とにかく眠いのでまた後日。
2007/1/20(土)17:03
課題の提出が遅れている生徒のために、17日は大学へ。「うりひめこ」でお世話になったアニメーション科のN先生と学生食堂になっている「れあた」でお昼。「Web2.0」についていろいろ思ってらっしゃるようで、そのへんのお話などを聴く。ちょうど前々日に例の通り魔事件があったばかりで、「れあた」の窓から外の草むらで棒を持ちながら遺留品を探す警察の姿が複数見えた。スクールバスの通る道のすぐ脇が現場だったようで、来る途中もたくさんの花が供えてあるのがバスの窓から見えた。学生の頃「モヒカン山」と呼んでいた小さなハゲ山のふもと、下宿している学生なら、自転車やバイクで日々通っている道だ。事件のおかげで学内の施設は20時までしか使えなくなっていて、これでは卒業制作の四回生にとっても不便だろうなと思う。授業のあとに来年度のことをT先生と少し打ち合わせ。一年生は進級制作の追い込みで、多くの学生が廊下に座り込んで絵を描いていた。
翌日は実家で仕事。途中、一階のホットカーペットの上で前脚で輪をつくり、そこに顔を埋めて眠っているブチに「おい」と話しかけたら、顔を上げるのがめんどくさいのか、そのままの体勢で「にー」とないた。
翌日は夕方まで仕事。のち夜の新幹線で東京に戻る。
2007/1/15(月)19:34
土曜日は「悠久の美〜中国国家博物館名品展」を見に国立博物館へ。今まで香港なんぞに行ったときに常々感じていた「姿形はよく似ているのにどうやってもわかりあえないような中国大陸のひとたち」のルーツを垣間見た気がした。サイズや材料など造形における「一生懸命になるポイント」が島国根性のワタクシなんかとは全然ちがう。「どうしてこんなタイヘンなモノをこんなサイズで作る気になるんだろう」的おどろき。鍋とか枕とか食器とか、祭事に使うものだとわかっていても、どうも納得できない大仰さ。うーむ、大陸的だ。天から与えられた体力とか気力とか、果ては「ひとりの人間の人生で使える時間」までが日本人と全然違うような気がする。それと後漢時代なんかの人物が短足胴長の微笑ましい造形なのに比べ「馬」がどれも凶悪な「獣顔」なのがおかしかった。のち、秋葉原へ出てヤマギワでバイオライトを購入。ついでに前から気になっていたバーミックスを衝動買いしてしまう。ものすごく寒い日だったので肩こりが悪化。帰宅後は早々に就寝。
翌日曜日は朝からバーミックスで「カボチャポタージュ」「いちごみるく」なそを制作。肩こりの養生のため昼寝しつつ善哉などを煮、夜は蓮根ツクネをバーミックスで制作、摂取。ついでにかつお節とコンブで粉だしを作り、味噌汁なぞも制作。バーミックスは使えますよ、奥さん。
2007/1/11(木)15:05
笑えるお知らせをひとつ。
「きょうも猫日和」の台湾語バージョンがかの地で発売されているのですが、その画像をご紹介。タイトルは「日々是猫日」。本文イラストを好き勝手に切り貼りしてくれちゃってるし、「日和」の「日」の字の横棒が猫の顔だし...トホホなセンスですがここまでやられるともうお見事、と笑う他ありません。日本語バージョンと一緒に読めば台湾語の勉強にもなりそうです。値段は定価240元。もしも台湾に行かれる方があれば、本屋で見てやってくださいまし。加藤さんの紹介が「日本愛猫教祖」ってそのままやん。
2007/1/10(水)18:22
新年そうそう京都と東京の往復でバタバタ。メモに書くほどのことでもないし、書けばまた「忙しそう」だと思われるだけなのだが、ここに書いておかないと自分でも忘れてしまいそうなので。それから今年は年賀状をいただいた人に返信するのがやっとでした。お送りすることができなかった方、平にご容赦を。
5日に東京に戻り、6,7日は仕事。7日は玄米で七草粥を作る。年賀状をいただいた人への返信にも追われ、結局7日に眠れたのは夜中の3時。次の日は朝7時に起床し、大学の新年会のため京都へ移動。会場はブライトンホテル。油断した格好で行ったら、着物姿の人やパーティドレスの人などもいて萎縮する。教職員だけではなく、警備の人、購買部の人、食堂のおばさんなど、とにかく大学に関わっているあらゆる分野の人が400人近く出席。ホールのケーキだけで15種類(←数えたらしい)もある立食パーティでは、来年度からの新任紹介ということで前の金屏風(!)の前で挨拶するハメに。今まで会ったことのなかったデザインの講師の先生方などと名刺交換なども。あとは昨年退任されたT先生と久しぶりにお会いできたのが嬉しかった。のち二次会に御池の尾張屋の二階に流れ、なぜかザル蕎麦を食べる。「利休麩」というおつまみを隣のテーブルの、年配の人文学部の教授が注文しているのを見てさっそく注文してみる若手デザイン科教員のわたくしたち。いずれもが卒業生、ノリは学生時代のまま、このメンバーでこの先の大学冬の時代をどう乗り切ってゆくのやら。
翌日は夕方まで実家で仕事をし、夕方から大学へ。来年度のデザインの非常勤の先生方の顔合わせがあったためで、簡単な紹介と打ち合わせのあと、夜の新幹線で東京に戻る。日付が変わった頃に自宅に到着。そして今日10日は昼過ぎから神楽坂の新潮社で打ち合わせ。駅を出たところの植え込みに茶虎のノラ子猫を見つける。帰りにもう一度見かけたので、寄っていったが逃げ惑い、結局捕まえられず。小さなツメとキバで必死に抵抗して私の手に傷を残した彼(たぶん)は立派に野生を残していた。どこかにノラの母猫がいたのだろうか。ちゃんと行き延びてくれればいいが。
2007/1/4(木)21:28
新年明けてもう4日。まだ京都に滞在中。
2日はMさんと下鴨神社に初詣。そのまま歩いて御所を通り抜け、三条のイノダでお茶をしたのち、四条へ出てバーゲンをのぞき、夕食後三条に戻って再びお茶。まだ22時過ぎだったのに大阪の南の方に住むMさんが終電に乗れないことが判明。そのままウチに宿泊してもらうことにする。駅のコンビニでおやつを買い込み、ワタクシの家で真夜中すぎまでおしゃべり。まるで女子高校生だ。翌日は昼過ぎに起床し、実家の母におせちとお雑煮をもらい(はい、ロクデナシな娘です。)そのままコタツで夕方までおしゃべり。友人も15才の春からのくされ縁レベルになると、歴史があるのでいっくらでも話ができる。睡眠時間を除いたら20時間以上話しをしていたんじゃかなろうか。ほんとうにこのトシでこんな女子高生のようなことをして・・・とその場だけ猛省する。でもおかげでお正月らしい時間を持てた。夜は去年の伝票の整理など。今日4日からはお仕事モード。
2007/1/1(月)09:47
新年あけましておめでとうございます。今年もこのサイトとわたくしをば、どうゾよろしくお願いいたします。
さてさて、新年早々のお知らせをひとつ。ISAS(宇宙科学研究本部)のサイトにて、「セレーネキャンペーン」へ向けてわたくしが作成したイラストレターをご覧いただけます。ニュ−トン力学を無視しまくったイラストですが(汗)絵だからこそ描けてしまえる掟破りな世界をどうぞ寛い心でご覧くださいまし。
きょうは実家で白味噌と丸餅の雑煮を食し、いまから掃除。窓から見る空が透き通っているようで気持ちいい。皆様のところはどんなお正月ですか?今年よい一年でありますように。
2006/12/31(日)23:30
年賀状の準備も大掃除も中途半端なまま、いまやっと京都の実家に戻ってきました。大晦日までバタバタだった今年も、もうあと30分ほどでお終い。
2006年。私にとって仕事ばかりしていた一年だったような気がする。後半になってやっといろんな人に会う機会があったけれど、それでも基本は日々の目の前の仕事を片付けるのに精一杯で、あっという間に一年が過ぎた。「いかんなぁ」とは思わない。そういう年だったのだ。受け入れなくては。メモを読んで下さっている方にお目にかかる機会があるとよく言われたのが「京都と東京の往復でお忙しそうですね」「美味しいものいっぱい食べてそうですね」「展覧会もたくさん見てらっしゃいますね」の3点セット(笑)だ。「その度にそんなことばかりではありません」と否定してみるのだが、実際にメモに書いているのはそのあたりのことが多く、そう思われても仕方ない。文章で残るというのはこういうことで、実際のわたくしの生活は昼前に起きて、食事をし、猫と遊んで仕事をし、お昼を食べて、仕事をし、家の片付けと買い物をして仕事をし、夕飯を食べて、真夜中まで仕事をする、いたってシンプルで地味な日々の繰返しだ。最近は仕事もメールが主体なので電話もほとんどかかってこないし、友達と電話でおしゃべり、なんてこともめったにない。そもそも電話をかけてくれる友人などほとんどいない(書いててだんだんみじめになってくるけど)。それでもこの一年は無事過ぎた。まずはよかった。どこへ行くかが大事なのではなく、日々のめまぐるしいドタバタを片付ける道中にこそ意味があるんだろう。そして日々を繰返せばいつのまにかどこかへ行けてるんだろう。来年もこんな感じかな。
今年は皆さんにとってどんな年だったのでしょうか。そして来年はどんな年になるのでしょうか。来年もまた遊びに来てやって下さいませ。どうぞ、よい年をお迎えください。
2006/12/27(水)22:22
雨上がりの光がキラキラとまぶしい朝だった。神様がちょっと祝福してくれたような、きょうは私の誕生日。(仕事に埋もれてたけど。)
2006/12/26(火)11:27
昨日の夜NHK教育の「視点.論点」にJAXAの的川教授が出演されていました。(内之浦で私達を案内して下さった方)いま、JAXAでは来年の夏に打ち上げる予定の月探査衛星「セレーネ」に自分の名前とメッセージを載せよう!という「月に願いを」キャンペーンを実施中。今回の月探査は30年前のアメリカのアポロ計画に次ぐ、久々の本格的な月探査になるそうで、キャンペーンは一般のひとたちにも宇宙開発にもっと関心を向けてもらおうと企画されたもの。月をめぐる周回軌道に投入される衛星に願いを載せる、見上げるとそこにある月の近くまで自分のメッセージが届く、というのは何だかロマンチックではありませんか。日本人的には「かぐや姫」とか「餅つきうさぎ」とかいてそうで(いないけど)宇宙の「ご近所さん」に近づける気がして面白そう。わたくしも参加するつもりです。興味をもたれた方はぜひ。それから、先日ご紹介した数学の吉田先生の著書「はやぶさ」(幻冬舎新書)を先日読了。映画とかで安直に「宇宙」ってのが身近でド派手なアクションの世界(宇宙船がびゅーんと飛び交っているような)だと錯覚しがちですが、ほんとの宇宙というのはものすごく奥深くて、10億キロも向こうにいる衛星にひとつのコマンドを送るだけで10分以上かかるとか(コマンドが実施されたことを確認するだけで往復30分のタイムラグがある)それを見越した上で、衛星の速度を数cm単位で操作するとか、そういう気の遠くなるような地味な作業の繰返しなのですね。そういうことを思えば人類ってのはほんとうに宇宙で孤独な存在なのだなぁ、としみじみしました。宇宙戦争以前に、まず自分達の成り立ちを知ろうともがいているような赤子の段階、というか。地球という星の希有さにも改めて感動したり。
2006/12/24(日)21:03
聖夜。ひとりで静かに過ごす夜(仕事してるけど)。夕方新宿に出て伊勢丹に入ったらものすごい人でケーキを買う気になれず。人の少ない和菓子屋でツリーを模したかわいい「練りきり」を買う。
昨日はいろんな方からいろんなモノが届いた日だった。手紙もメールもお歳暮まで。送って下さったみなさま、ありがとうございます。
2006/12/22(金)21:54
20日は大学で今期最後の授業。ことしも仕事先の企画編集のGさんが忙しいなか、合評に参加してくれた(感謝)。講師生活も今年で三年目。年ごとに学生達の雰囲気は違っていて、今年はどこか高校生のような幼い感じがしていた。わたしが毎週通っていても、クラスのほとんどが教室にいなかったし(私の時代もそうだったけれど)「イラストレーター」である私自身にもほとんど興味がないようで、仕事について聞かれることもほとんどなかった。で、今回あるテーマについて「小さな本を作る」という課題を出したわけだけれど、ほとんどが完成せず(提出できたのは1人だけ)途中段階の人がほとんどで、はじめてクロッキー帳の「下絵」を見せてくれた人もいた。でも驚いたことに、その「途中経過」や「片鱗」のセンスはなかなかのもので、完成したらきっといいものになるだろうなと思わせてくれるものがたくさんあった。それぞれにGさんの講評。学生たちのように何かを「創る」人たちを集めて編んで、社会とつなげてモノを「創る」Gさんの立場からの意見をいろいろとうかがう。
最後に「きょうが私が学校に来る最後だから」と言ったら「えーっ!!聞いてない〜!」と驚く彼らの無邪気な若さ。時間というのは限りがあって、人との出会いも一期一会、一瞬の邂逅なのだよん。(私もかつてそうやって先達の「気持ち」を無邪気に裏切り続けてきたんだろうけれど・・・。)授業のあとで去年教えた四回生のふたりが作品を見てほしいと言ってきたので、見る。一年前から比べると驚くくらいに成長している彼ら。嗅覚のある人は確実に「そこ」へ至るのか、はたまた努力した結果、神様がご褒美を下さるのか。岩にしがみつくように確実に登ってきている彼ら。なんだか感動した。
のち、ささやかな打上に川端丸太町の某所へ。途中Gさんのお友達の陶芸家の方も加わる。その方の手を見て、ワタクシはいたく感動。土をこね、ろくろを回して土に吸い付き続けた結果のような、指さきの方がひろがったしっとりした質感のとても大きな手。これぞ「職人の手」という感じ。その方に連れてったもらった祇園のバーのバーテンダーさんがこれまた感動モノのカクテルを作って下さり(紅茶とかイチゴとか胡椒とか・・)それぞれの職域の「プロ」のお仕事を垣間見ることのできたいい夜だった。
翌日は21日だったので東寺の「終い弘法」へ。ジジババがうじゃうじゃする境内を骨董中心に物色。久々の弘法さんは、目をこらすとゴロゴロと「おもろいモノ」が見つかる。自分の側の「目」がひらいたのか、それとも単に「終い弘法」ゆえ、店側が充実した品を並べたからなのか。昭和初期のカンテラを3000円で購入。昼過ぎの新幹線で帰京。
2006/12/19(火)17:23
2007年「りそなグループ」のカレンダー(1枚モノ)を差し上げます。少し前の絵柄ですが、ご希望の方は送料プラス雑費、300円分の切手でお分けします。メールにてご連絡ください。
2006/12/18(月)21:50
「うりひめこ」の編集をして下さったくもん出版のHさんと、プロデユーサーのNさんと市ヶ谷で食事。JRの駅の上のイタリアンレストランにてピザとパスタなど。町はすっかりクリスマスの飾り付け。寒い日だった。
そういえば少し前にベランダ猫の「みそ」がネズミを持って帰ってきた。ベランダの小屋の前にポイっと置き土産。歯のない口でどうやってトドメをさしたのか不思議だが、猫としては優秀だ。ほめてやって、数日後団地の植込みの根元に埋葬。合掌。
2006/12/15(金)22:55
今週も慌ただしかった。月曜日は夕方から京橋のS社で打合せ。火曜日は「卒業」の装幀をして下さった新潮社装幀室のOさんとイラストレーターのさげさかさんと神楽坂でお昼ごはん。それぞれがそれぞれとは会ったことがあったのに三人で集合するのは初めて。にもかかわらず、不思議と初めての取り合わせじゃないように居心地のよい集いだった。Oさんが紹介してくれた和食のお店で野菜たっぷりのランチ。のち、子猫の「マツコさん」のいる饅頭カフェ(というらしい)「麦丸2」でお茶。Oさんはさげさかさんに「卒業」の文庫を、わたくしにはさげさかさんがエッセイとイラストを連載している季刊誌「考える人」を持ってきてくださった。お二人とも年齢が近く、どこか波長のあうひとたちで、もし学生時代から知り合っていたら、きっといい友達になれていたような気がする。もっとゆっくりしていたかったのだけど、夕方には解散、帰宅後は「もん」の新春号の仕上げを夜3時までかかってUP。なんとかデータを送り、翌水曜日は朝から大学へ。東京は晴れていたのに、京都は冷たい雨。駅のコンビニでビニール傘を買う。来週が合評にもかかわらず、まだまだ形にならない人が多数。どうなることやら。夜は京都の家に戻り、木、金曜日はラフを3つ片付ける。懸案だった翔泳社の「ネットで儲けるシリーズ」の次回分ラフに先方から好評のOKが出て安堵。そしてその夜、東京に戻る。
ところで、水曜日の午後2時頃「はじめまして数学」の文庫が3巻ともアマゾンのトップセラー100位以内にランクインしました(1巻は80位!万歳!)本屋さんでも売れ行き好調のようです。
2006/12/9(土)16:08
「年末進行」でレギュラー仕事が前倒しの今日このごろ。今週の京都行きは日帰りだった。あらかじめ予約していた帰りの新幹線の時間まで中途半端に時間が余ったので、久しぶりに錦市場なんぞをうろつき、大藤で千枚漬けを買う。ネットでは今の時期は買いにくそうだったので、日帰りならではのお土産になった。(帰宅後、さっそく食べてみたが、むっちゃ美味しい。)木曜日は玄光社のイラストレーションファイルの準備と発送。金曜日は仕事。そして今日も仕事。夏頃に抱えていた絵本の紹介。日本昔話です。担当のHさんのお顔を見ることができる、くもん出版のページはこちらから。
そういえば12/6はオッサン猫の一周忌だった。日帰り帰京だったため、どうしても実家に戻ることができなかった。いまも帰る度に、彼が眠っている裏庭の地面をなでて声をかけている。いまは櫻の落ち葉の深い秋の色が重なって、その落ち葉のなかから椿の若い木が何本もはえてきている。つややかな葉は、きっと彼の一部。大学の近くから父に電話をすると、そのことを忘れていた父は、菊の花を供えてくれると言った。それから何度か彼の夢を見た。夢の中の彼は生前と同じく不器用で痩せている。猫のくせに猫が苦手で、あまりひとに甘えず、気難しかった彼。人間のような目をしていた孤高の彼は、猫世界の「あの世」でちゃんとやってゆけているんだろうか。
2006/12/4(月)23:43
昨日は「猫本」の企画者Gさんの展覧会が最終日だったので八王子まで。会場で馨歩さんと待ち合わせ、偶然イラストレーターの牧野さん一家にもあう。みなフジタの「猫」の木版画がお気に入り。会場の外、大学で飼われているらしい、ノラの三毛の子猫と遊ぶ。帰りの道に冬桜の木をみる。
本のお知らせ。加藤由子さんとの「きょうも猫日和」と吉田武先生との「はじめまして数学1,2,3巻」が幻冬舎文庫から12月6日に同時発売されます。「猫」の方はデザインも一新され、モノクロになったものの1日1ページの日めくりカレンダーのようで単行本とはまた違った趣(デザインはこやまたかこさん)。「数学」の方は単行本をそのまま縮小したもので、これはこれで妙にかわいいです。どちらの本も、私にとっては特別に思い入れの深いものなので、文庫化されたことがとても嬉しい。よろしければ本屋で見てやってくださいまし。(そしてできれば買ってやってくださいまし。)それから「数学」の著者の吉田先生が書かれた「はやぶさ 不死身の探査機と宇宙研の物語」が幻冬舎新書より出版されたそうで、わたくし、ただいま読書中ですが、専門外のひとにもわかりやすく書かれていて、非常に内容の濃い、おもしろい本です。「宇宙」を舞台にした大きなプロジェクトも、結局は目の前にある事象を大切にすることの積み重ねなんだなぁ、ということを感じつつ。最後に久々の文芸モノ、重松清さんの文庫「卒業」に少し昔の絵が使われました。「あとがき」の最後にわたくしの名前も入れてくださってます。
2006/12/1(金)23:41
今週は人と会うことが続いた。月曜はモーリス組の森さんと岩佐さんと浅草で食事。言問通りから少し入った住宅地にある、とある和食のお店(秘密)。ずいぶん前からほぼ一月に一度の割でお仕事をいただいていたのに、一緒に食事、は初めて。森さんはお酒がダメで、でも「とっても美味しい日本酒」ならば大丈夫だそうで、これは実は私もご同様。注文してくださった日本酒は銘柄を聞きそびれてしまったのが残念だったけれど、さわやかな香りとまろみのあるとても美味しいものだった。美味しいお刺身をたらふく。あれやこれやと気付けば4時間もおしゃべり。ほぼ終電で帰る。火曜は馨歩さんと豊洲ららぽーとで待ち合わせをして「“にゃんとも猫だらけ”えどのねこ展」を見学。広重の「東海道五十三次」をもじった国芳の「其まゝ地口猫飼好(みょうかいこう)五十三疋」など、猫の浮世絵をいろいろと見学。描かれた猫は、なぜか白地に黒ブチ、首に赤いふっくらとした縮緬の首輪を巻いたのが多い。会場のどこかで読んだ解説(←いいかげん)に「赤い晴れ着を着た女性に抱かれた猫は、まるで牡丹の花にとまった紋白蝶のよう・・・」というようなことが書いてあったのだが、うーむなるほど、モンシロチョウか。翌日、水曜日は大学へ。帰宅後、ウチの「モンシロチョウ」のご機嫌をうかがう。炬燵を入れてもらって寄りつかないので、イジワルにも電源を切って寝床に入るとやってきたので一緒に眠る。翌日は実家で仕事。金曜日はデッキのニス塗を再び。夜、東京へ戻る。
2006/11/26(日)11:56
ぐぐっと冷え込みが続き、近所の紅葉がぐっとすすんだような今日この頃。ベランダ猫のみそちゃんに湯たんぽを入れてやって23日は筑波山へ。秋葉原から「つくばエキスプレス」に乗って45分でもう筑波。そこからシャトルバスで筑波山神社へ40分。ケーブルカー乗り場のお土産物屋で「けんちん汁」150円を注文したら、店先の家の人が使う台所みたいな土間のテーブルで食べさせてくれた。ビニールのテーブルクロス、段ボールや商品が雑多に散乱している。けんちん汁をはふはふ食べていると店の奥さんがサツマ芋の柚子煮と柚子のマーマレードも出してきてくれたのでそれもつまむ。どちらもとてもおいしかった。お金まで散乱した油断しきった店内は居心地が良くそのまましばらく居着いてしまえそうな雰囲気。帰りがけに「おいしかったです」と奥さんに言うと「きょうは山の上で人が死んだらしいよ。人を助けようと岩場から落っこちて。あんたたちも気をつけてね」と言われる。のちケーブルカーに乗り15分ほどで男体山へ。下車後山頂までの岩場をはうように登山すること30分。のち、尾根づたいに女体山へ移動。女体山の先っぽの岩場で関東平野を見渡す。あとからのぼってきた6歳くらいの男の子が二人。猿のように岩場の先にへばりつき、景色を見下ろしながら「のぼってきた甲斐があったね」と話しているのがおかしかった。下の山にゴルフ場が複数見えた。下山はロープウェイでいったん下まで降りたあと、再びロープウェイで上までのぼり、暗い中再び男体山まで徒歩で移動し、ケーブルカーで神社まで下山。店じまいしかけていた「けんちん汁」を食べたお店で「福来みかん」が入った七味を買う。宿の展望露天風呂につかって観る、上半分の空の闇と、下半分の関東平野のイルミネーション。関東平野ってほんとうに平たいんだなぁ、としみじみしつつ。
翌日は平日。早々に「つくばエキスプレス」で秋葉原に戻り、昼過ぎには帰宅。夕方からは武道館にクラプトンのコンサートへ。ネットのお友達の「R子」さんと神保町の古書センターの1階で待ち合わせ、ボンディで食事。2年半ぶりにお会いする「R子」と積りに積もったお互いのここ数年の出来事についてカレー食べつつあれこれと。のち九段会館へ移動してお茶。アンコのようにずっしり密度の石のように固いチョコレートケーキ、牛乳の膜がぼろぼろに割れて浮いた全然ロイヤルじゃない「ロイヤルミルクティ」などを摂取しつつ。コンサートの方はあいかわらずの「商売人」ぶりで、ちゃっちゃと演奏してて適当に「アリガトー」と「サンキュー」だけ言って、てきぱきと片付けて、みたいな感じ。全然心がこもっていない。まぁ、そこがクラプトンの魅力なんですけどね。武道館は初めてだったけど大阪と違ってほとんどみなさん着席しているんですね。で、その観客の多くが後頭部の禿げたサラリーマン親父で、しかも、その中の親父が背広脱いでワイシャツでノリノリで腰までくねらせて踊っていてトナリにはそんな「部長」(←勝手に部長と決定。だってそんな感じ)に連れてこられた「部下」の若いお兄ちゃんが仕方なく一緒にワイシャツで踊ってるし。クラプトンも還暦だとすれば観る側が50歳を超えてても全くおかしくないんだけど、ここまで「後頭部禿げ度」が高いコンサートもめずらしいのではなかろうか。というか、私が知らないだけで「ディープパープル」とか「ジャーニー」とか「ビリージョエル」とかのコンサートもH度(R子さん命名「ハゲ度」のこと。前禿げは「前H」と表現)が高いのかもしんない。
結局、この日のコンサートはクラプトンの演奏そのものよりも、観客のオヤジ観察に終始した感。ま、楽しかったからいいか。
2006/11/22(水)20:22
またもや更新が滞ってしまいました。すみません。
先週の水曜日に京都に移動。東京からずっと地下や建物内を移動して京都に着いて、地下鉄の駅から上がってきたときに観る洛北の山々の風景にはいつもちょっと感動する。かすんだような東京の風景と違い、くっきりとした輪郭の色々がほんとうに美しい。この数日でずいぶん寒くなり紅葉がぐっと進んだようで、吸い込む空気にも透明感を感じる。大学からの帰りに久しぶりに三条店のイノダのカウンターに座り、コーヒー職人さんがいれてくれたコーヒーをのむ。のち寺町のゴールデントライアングルに寄ったら店長さんが「お勧めがあるんです」とタイシルクのパンツを見せてくれた。真黒ではき易い形だったので購入。一緒にタイシルクのスカーフを2本買う。良い気分転換になった。次の日はずっとほったらかしだった実家のベランダの木製デッキのニス塗り。山ひとつ超えて自転車で塗料を買いにゆき、落ち葉を掃除してからの作業。途中、塗料が足りなくなって、一階部分はまたこんど。庭の木々の紅葉も美しく、ブチと一緒に昼寝ができたのも幸せなひとときだった。
翌、17日は大学で銅版画家の山本容子さんの授業があったので仕事半分で聴きにゆく。プロジェクターを使ってのラスコーの壁画を見学に行かれたときのお話や、最近のルイ・ヴィトン表参道店の工事現場のシートのお仕事のお話まで、思いがけない関西弁での授業は一時間半。「表現者」の立場からの先輩の言葉の数々に、いま、学生たちから「先生」と呼ばれている私はすっかり「学生」になって聞き入る。(でもそれは多分違って「絵で食う」という経験を15年やってきた、いまの私だから深く沁みるのかもしれない。学生時代の私なら彼女の言葉の半分も理解できたかどうか。)講義のあと、実習室に移動して学生たちの作品も個別に観てくださった。お帰りの車を見送ったあと、心がぽわんとあたたかくなる。道の先をゆく人の言葉のありがたさ哉。
2006/11/14(火)12:10
昨日のメモを読んで下さったいいぶぅさんから「コメダ珈琲」は「行きつけの喫茶店です」とのメールをいただく。おぉ、シンクロ。鶏を食べたあとだったので、さすがに名物の「シノワール」には手が出せなかったが、それでも数ある怪しいメニューのなかから「蜂蜜入りアイスコーヒー」というのを注文。おつまみの豆つきで出てきたそれは、美味しいとか不味いとかの基準ではなくただ、「蜂蜜」と「アイスコーヒー」を素直に足し算したお味。「なるほど、そうきたか」という感想。ほかにも全体に「てんこもり系」のメニューがたくさんあり、店舗の数と増殖率、メニューの境界線のなさ(食事なのかデザートなのかわからない)など、コンセプトが「なんでもあり」な「足し算」のお店な感じ。こういう文化があるんですねぇ。日本ってひろいなぁ。
で、昨日は午後一で築地であたらしいお仕事の打合せ。ここ数日の間隙をぬって考えたラフを持参したのだが、好評だったので安堵。のち表参道に移動し、HBギャラリーへ国分チエミさんの個展を観にゆく。とてもよかった。すみずみまで神経のゆきわたった線と色。息をつめたように心地よい緊張感のある画面はまるで日本画を観ているよう。なのに柔らかさと華やかさが共存していて、オシャレで何よりも美しい。モティーフの幅がずいぶん増えてらして(いえ、私が知らなかっただけかもしれませんが)そのどれもがちゃんと「国分ワールド」の住人でした。ご本人がまだ会場にいらしてなかったので、ひととおり観たあと「まい泉」でカキフライで遅めの昼食を摂ったあと、再び戻る。こんどはいらしていて数年ぶりにご挨拶することが叶う。「お・お・た・か・さぁ〜ん!」と笑顔でむかえてくださり、短い間だったけれどしばらくぶりにお話できてとても嬉しかった。国分さんの展覧会は明日の水曜日まで、表参道のHBギャラリーで。
ところで、金曜日に獣医さんにあずけた「みそちゃん」。実はその日の夕方、病院から電話があって「手術のため麻酔をして、お腹の毛を剃ってみたら、避妊手術のあとがありました。」とのことで、結局口内炎と歯の治療と、血液検査とワクチン接種をしてもらうことに変更。歯がずいぶん悪かったらしく、抜歯して、痛みが残る可能性があるとのことで、わたくしが京都に行っている間は入院させてもらうことにした。案外、ばぁさん猫だったのかもしれない。で、昨日の朝お迎えに行ったら、麻酔のためか声がガラガラになっていたものの、餌もしっかりと食べ元気だったよう。団地の敷地に戻してやったら、さっそくうちのベランダにやってきてエサをねだった。ま、よかったよかった。
2006/11/13(月)12:08
この一週間、過密スケジュールだったため、しばらく更新できませんでした。取り急ぎ何をしていたかということだけ箇条書きに。
七日の火曜日はK出版へ納品、翌水曜日は大学でテーマ決めのためのミーティング。クラスのほぼ全員が出席してくれた。迷いのあるひと、迷いのないひと。明確に見えているひとと、見えないままに迷走しているひと。授業のあと、生徒のひとりが絵を見て欲しいと研究室までやってきたので気付くと2時間ちかく話をする。帰宅後はコタツでブチとほっこり。翌木曜日はラフをひとつ送ったあと、夕方東京に戻る。いいぶぅさんから思いがけず猫の写真の週めくりカレンダーを贈っていただく。疲れた身体に沁み入るなぁ・・・。ノラ猫のみそちゃんが待ちかねてエサをねだってきた。異様な食欲とお腹まわりが太いので「もしや、孕んでいるのか?」と不安になり、翌金曜、朝から近所の獣医さんに連れてゆく。たぶん妊娠はしてないでしょう、との先生の言葉に安堵したものの、一応避妊手術だけはしてもらうことにして預かってもらう。のち、夕方から町田へ出て、約束していたY先生との打合せを兼ねたお食事会。なんと思いがけず香川は丸亀本店の焼鳥の店「一鶴」青葉台店に連れてって下さった。うどんの友「Rさん」に教えてもらって高松店で食して以来、ここの鶏の味は忘れられない味。先生も昔からご存知だったようで「ヒナ」と「鶏飯」を2人前とったあと「親」ひと皿を二人で分ける。おもしろかったのは、初めて見た青葉台付近の風景で、こんな住宅地があるんですねぇ。すげー。テレビのロケで使われているらしい洋風の一戸建てがずらっと並ぶエリアへも連れてって下さった。うへー庭木が全部「洋モノ」の植物だー。「松」とか「梅」とか植えられないんだろーなー。などとどうでもいいことに感動したあと、先生行きつけの「コメダ珈琲」で名古屋文化圏の喫茶店の不思議なメニューを楽しむ。翌日は大学の入試採点のため、朝から京都へ移動。夜までかかり、翌日は朝10時から再び大学で採点。この日も夜までかかり、私以外のひとはまだ残っていたのだけれど、早引きさせてもらって19時の新幹線で帰路につく。さすがに疲れていたため、東京駅からタクシーを使ったら自宅まで2300円ちょいだった。寄る年並と体力を考えると、高くはない。
2006/11/5(日)16:32
展覧会のお知らせ。「きょうも猫日和」の企画をして下さったGさんのコレックション展が八王子で開催中。ルオーのミゼレーレから数点、ピカソやクレーやシャガールやダリの版画のほか、マティスのデッサン、藤田の猫の木版画、国周の浮世絵や芳年の肉筆、池大雅、蕪村などの掛け軸もあり、須田剋太の抽象画、ヴァザルリのシルクに現代版画家モノがいろいろ、「ブツ」ではチベット密教のシャンカやマニ車、5000年前の土器、江戸時代の数学本やロビタの本などなど。なんだかゴチャゴチャのゴッタ煮状態で楽しいです。ルオーの「ミゼレーレ:受難シリーズ」の隣に南しんぼうさんのおにぎり顔のイラストがあったり。(わたくしも小さな水彩画を数点出品してます。いやぁ、目立たないったら。)で、昨日はそのオープニングに八王子まで。会場で偶然猫本著者の加藤由子さんに会った。展覧会の詳細はこちらから。DMはこちら。のち、夕方から上京中のMさんと五反田で待ち合わせて食事。
2006/11/2(木)16:04
大学祭のため、昨日は帰京せず。はや霜月。びゅんびゅんと時間の経つのがはやいこと。
昨日から年賀状が発売されたらしいし、もう年の瀬ですねぇ。さて、ここでお知らせ。クリエイタ−年賀状というのに参加させていただいてます。こちらの「クリエイターから探す」で「大高郁子」のところから。3種類あります。あんまり年賀状っぽくないですが。あと、毎度お馴染みの「NHKパソコンでつくる年賀状2007年版」にも参加してます。
2006/10/27(金)13:58
大学に行かなかったおかげでたまっていた仕事を少し片付けることができた。「Webちくま」での新しいお仕事。杉山隆男さんの「しんぼう、びんぼう、神保町」。
2006/10/26(木)11:57
昨日は「のぞみ」の人身事故のため大学に行けず。予定していたテーマ決めのためのミーティングもパァ。夕方から約束していたMさんとのデートもパァ。ニュースを見れば16万人に影響が出たとのこと。人であふれた品川の駅ではビジネスマンのおじさんたちが困惑しつつも、仕事先に携帯で連絡を入れたり、カバンをあけて書類を点検したりしていた。窓口対応に追われていたJRの職員の方や、現場を2時間あまりで復旧させた(考えればすごいことだ)職員の方など、多数の「まっとう」な人たちの存在。16万人のひとたちの「昨日の予定」がひとりの人のために狂ってしまった。どんな理由があるにせよ、自殺する人をわたしは嫌いだ。
2006/10/24(火)09:35
日曜日は千石の某店で知人のリサーチを兼ねて食事。店のつくりもお料理もスタッフの人柄が出ていてなかなか良い店だった。カウンターに座って居心地の良い店って好き。千石の町は初めてうろついたのだけれど、不忍通りから一本入っただけでとたんに静かな住宅街になる。こういう町で中学からの時代を過ごした知人。東京(東京に限らず京都や神戸なんかの「町なか」)で育ったひとというのは、自然にカルチャーに触れる機会がわたしが育った京都の田舎よりも多くて、多感な時期を都会で過ごせた人というのはそれだけでなんだかうらやましい気がした。これはもちろん土地のせいだけではなく、個人の資質にもよるんだろうけれど。それに自然が多い田舎なら、それはそれで楽しそうだ。いちばんつまんないのは郊外の振興住宅地だよなぁ、と自分が育った環境を振返ってみてふと思う。
月曜日はひたすら仕事。ベランダにみそちゃん用の段ボールを出したところ、最近は毎日そこで眠っているようになった。ほとんど飼い猫じゃん。
2006/10/20(金)22:47
水曜日ごとの移動は一週間が分断されるなぁ。火曜日の記憶がまるで先週のよう。
で、その火曜日は海外出張中のYさんから譲ってもらったチケットで渡辺香津美のコンサートへ。ゲストが吉田美奈子と宮本文昭、そして渡辺さんの恩師の中牟礼貞則さん。銀座の王子ホールでのこじんまりしたコンサートは渡辺さんの同年代と先生が集まった身内のセッションのノリ。だがしかし、一流の才能が集まると、ちゃ〜んとお金がとれるコンサートになるんですねぇ。観客よりも誰よりも「こんな友達や先生がいて僕、幸せ」的に渡辺さんが一番楽しそうだった。宮本文昭さんのオーボエは初めて聴いたのだけど、オーボエの音色がいいのか、彼の演奏がすごいのか、ともかくすんばらしく気持ち良い音でした。翌水曜日は大学に行き、木曜日に東京に戻る。新幹線の移動にもどんどん慣れてきていて、JR東海のエクスプレス予約で自分で選んだ最後列の窓際シートで「551」の豚まんの紙袋を網棚にのせ、お弁当を食べ週刊文春を読む私は既におっさん・・・。
2006/10/15(日)17:28
先週の水曜日は京都へ移動、翌木曜、東京に戻るとき、大学のロッカーに商売道具のペンを忘れてきたのに気付き、新幹線に乗る前に大学に立ち寄る(トホホ)。移動がはげしいと、ちょっとした物忘れが大きな体力消耗に繋がるなぁ。気をつけないと。団地のノラ猫がなついてくれて、最近はベランダまできて餌を待つようになった。「くまちゃん」と同じ柄のエキゾチックショートヘアのメス。色が茶色なので「ミソちゃん」と名付ける。同じ棟のお婆さんには「クロ」と呼ばれていたけど。ときどき自転車置き場でオジサンから餌をもらっているのを見かけるし、なかなか世渡り上手な子。土曜日は砂町銀座で感動的に大きくて新鮮な白菜を200円で入手し鍋。
そういえば、キリ番プレゼントで注文した「日の出製麺」。自分用にも取り寄せて食してみたところ、なかなか職人度が高く、美味しかった。ゲッターのねこギターさんやリツコさんからの感想も上々。
2006/10/9(月)19:37
昨日は久々の晴天の下、おでかけ。
まず、装幀家の森敏明さんの写真の展覧会へ中目黒へ。駅からぷらぷらと目黒川のほとりを歩いてギャラリーに入るとモノクロの風景写真の大判小判がインスタレーション風にピンでラフにとめてあった。聴けば印画紙ではなく、全て写真をスキャンしてプリンタ出力されたそう。タイトルの「トヤマホテル」は実在する富山のホテルのことではなく、「それっぽい」建物や場所の写真のランダムな羅列の中には「ベトナム」や「砂町銀座」や京都の「橋本」の遊廓まであって、ぜんぶ関連性があるようで、ないようで、でもやっぱりどこかで繋がっている感じがする。架空の物語を連想せずにはいられない、不思議な空気感ただよう写真たちだった。写真は撮影したひとがそのとき何を見ていたのか、の再現でもあるわけなのだなぁ、と。会場は全面ガラスの開放的なギャラリーで、散歩がてらの若いひとたちが次々と入ってきていて、なかなかよい雰囲気の場所でした。
ところで展覧会の前にお昼を食べようと、時間がなくて目についた蕎麦屋に飛び込んでびっくり。天ぷら蕎麦が1890円もしてやんの。お財布と相談して1050円の「梅蕎麦」を注文、あたりを見回すと和風のおしゃれな店内には「それふう」の業界人っぽいオジサン、オニイさんたちが昼間っからビール飲んで静かに読書中!。うわぁ。昔、学生の頃に緊張しまくった『意味なくオシャレな東京』だぁ。おまけに出てきたお蕎麦は量が少なくてダシの味もはっきりしなくて、コストパフォーマンス的にか〜なり不満足。うーん、東京に来て一年、すっかり東京にも慣れたかと思っていたけど、どうやら勘違いしてたのね。雰囲気的にもコスト的にも慣れたのは江東区の下町だけだったんだぁ・・・ということを再認識。
で、そのあとに馨歩さんのワークショップに参加するため神谷町へ移動。以前から馨歩さんのサイトで紹介されていて、気になっていた光明寺。そこで、馨歩さんご自身が豆本教室を開催されたので、それはぜひ参加したい、と申込んでおいたもの。会場の部屋に入るとなぜか大学の教え子だったHさんとMさんの姿があり、びっくり。何でもわたくしのサイトのリンクから馨歩さんの町蔵日記を知り、毎日職場のパソコンでチェックしてから仕事していたそうな。ネットって、繋がるのね。ワークショップは「讃仏偈」(さんぶつげ)というお経を写経、のちそれを和綴製本するもの。途中お坊さん手作りの「みねおか豆腐」と「ほうじ茶」がふるまわれ、着物姿の馨歩さんが教えて下さる通りにぺたぺたと楽しく手作り。出来上がった豆本を持って本堂に移動し、お坊さんの法話を聴いてから最後に豆本を見ながら「讃仏偈」を読経。4時間があっという間の楽しいひとときでした。のち、神保町に寄り、ボンディでカレー。神保町のメトロの駅の階段を上がり、白山通りと靖国通りの交差点に出たところで馴染みの神保町の空気にほっこりしている自分を発見。のち、小川町まで歩いてコ−ヒー飲んで帰宅。まよなか、月がとってもきれいだったので小名木川にかかる歩道橋から双眼鏡で空を観察。クレーターもちゃんと見えた。オリオン座ももう見えるんだな。
2006/10/8(日)11:02
先週の水曜日から大学の授業がスタート。前日の夜、ネタの仕込みに時間がかかったものの、おかげで自分的にはそこそこソツなく出来たのではないか、と思う。緑の猫本を買ってくれた生徒までいたし。(ホクホク)見本を示しつつ「ほうら、おもしろそうでしょー」と彼らをそそのかすことが私の役目。世の中に出ればヤなことや報われないことなんてワンサカあって、でも一方で「わーい」とおもしろがり続けられたら、なんか大丈夫なんだよね、と、今思ったことだけど。京都の景色にも心癒され、帰りにはお決まりのイノダ本店に寄り、ハンバーグサンドとコーヒーでほっこり。(「またイノダ!」というどなたかの声が聞えてきそうな(笑)・・・)ところで、品川から京都までの新幹線、ちょうどいい時間帯の「のぞみ」を発見。前後に3分間隔で博多行きと新大阪行きに挟まれた新大阪行き。おかげで比較的乗客が少ない。品川のe-cuteでお弁当を仕込み、名古屋通過後にランチタイムも余裕でできそでうれしい。
京都の実家では知人の展覧会のために貸し出す額縁の荷造り。ずいぶんたくさん持っていたのだなぁ。梱包するだけで筋肉痛になった。
2006/10/3(火)13:50
内之浦話その4。
内之浦から帰ってもう一週間以上経ってしまった。しばらく休んだツケで仕事がたまり、明日からは大学の授業で、その準備のため更新もとぎれがちになってます。すみません。そんなこんなの日々のなか、Y先生からはたくさんの後日情報をいただいた。その中のM博士の後日コラムがこちら。(今週のYMコラム)なかなかおもしろいです。
さて、前回の続き。打上のあとは、施設内をあちこちと移動し、めいめい好きにスケッチ。昼過ぎに内之浦を出発し、帰路につく。駅までの3時間ほどのバスの中、寝不足であちらこちらで舟を漕ぐ学生さんたちで静かな車内、Y先生の出版業界ネタ話で大笑いするオトナ二人(先生とわたくし)。いままで、偉い先生だと思って(いや、ホントに偉い先生なんですが)どこか怖れを抱いていたワタクシ、いえいえどうして。大阪弁で軽妙に話されるその内容は、どれもしごくまっとうなお話で、それゆえおかしく、そのまっとうさゆえ、あちこちでいろんな人にぶつかってこられたんだなぁ、ということがうかがい知れました。私事ですが仕事先で「言葉」が通じないことのイライラを感じることが時々あって、こちらが「理」を通せば通すほど、わけわからん理由で逃げるクライアントというのがたまーにいるんですけど、そういう言葉が通じない人への絶望感と、でもそれでもどこかでわかってくれる人はいるはずだ、と希望を持ち続けることの美しさとしんどさ、とでもいいましょうか。わたくしなどより、数倍も大変な目に遇ってらっしゃるとお見受けしたY先生の裏話には、それでも何とかイイモノを作りたい、という情熱と阿呆な(←大阪弁で言うところの、愛情ある形容詞)仕事先への怒りがテンコ盛りな感じで、いい勉強になりました。
Y先生はじめ、何人かの学生さんたちがJRの駅に消えてから、空港まで送ってもらい、そこで解散。一泊余分にとってあったので、そのまま空港近くのホテルへチェックインし、ホテルが出してくれた送迎バスで近場の霧島温泉の公共浴場へ行き、いい露天風呂につかり疲れを癒す。翌日は鹿児島市内をぷらぷら観光し、桜島を観たり黒豚トンカツを食べたり、天文館で「白くまアイス」を観察したりしたのち、夜の飛行機で関空に戻る。充実の鹿児島行きはこれにておしまい〜。
2006/10/1(日)10:06
内之浦話その3。
打上げは朝の6時36分で朝3時半にホテルをチェックアウト。なぜにこんなに早く出発するのかと言えば、県の内外から押し掛ける見学の車の渋滞に巻き込まれないようにするため。それでも4時過ぎには観測所の近くの道は既に渋滞。一応関係者なので、偉そうに(笑)通してもらって観測所へ。関係者の観測所は3つあって、一番遠くて高い山の上がVIP用、その次に近い山の上が報道関係者用、そして一番近い(といっても2キロは離れてるんだけど)山の観測所が私達が通してもらったところ。Y先生曰く、前回の打上げは2月だったので、まだあたりが暗く、ロケットの炎が空も海も全部をオレンジ色に染めたらしい。それはさぞかし美しかったろうな。遠くに見えるロケットは昨日見学した組立塔から出されてランチャーにセットされている。あれがもうすぐ打ち上がるのかぁ。日本画チームはせっせとスケッチを始め、わたくしも持参したらくがき帳にガサゴソ描いてみるが、スケッチなぞ久しくしていなかったので、ヘンな線がのたくった画面にしかならず、「これじゃぁ、アカンわ」と諦めてひたすら写真を撮る。少しずつ明るくなってゆく中、昨日組立塔の中で間近に観たロケットは当たり前のように「ちん」と発射台にあり、それがあと数分で宇宙に向けて飛び立つなんてウソのよう。遠目に見る山の中の台地に忽然と屹立したロケットと、その向こうの峰にならぶ巨大レーダーの風景は、何かの秘密基地のようで、現実感がなく冗談みたいな風景。でも、それと反して白波打ち寄せる内之浦の淡い紺色の海とその海面から直角に近い角度で立ち上がる山々が霞んだ風景は、まさに日本画の世界。カサカサとスケッチするひと、パシャパシャと写真をとるひと、刻々と形を変える雲、白く光り出す内之浦の海。不思議な時間が流れる。雲がもう少し流れてくれたら飛び立ったロケットをもっと長く観ていられるのになぁ、と思いつつ発射5分前くらいからカメラから目を離し、自分の目でじっとロケットを観た。「その瞬間」はカメラを通してなんか観たくなかったから。カウントダウンが30秒を切ったあたりから、カウントを聞いているのが苦しくなってくる。ロケットの足下から黒い煙が上がり始め、カウントゼロになった途端、真っ白な煙とオレンジ色の閃光が爆発、無音の中ロケットはふわりと宙に浮いた、と思った次の瞬間、遅れて雷のような轟音がやってきた。バリバリバリ・・・天地を裂くような轟音に全身が揺さぶられる感じ。映像ではよく観ていたロケット発射、でもここまですごい音量だったとは。莫大な量の煙を繋げながら、ロケットはひたすら上を向いて突き進み、やがて雲間に消えて見えなくなった。天に向ってずーっと続いている煙の写真を縦フレームで何枚か撮る。向山の巨大レーダーはロケットを追い3機とも真横(つまりこちら)に向いている(いつの間に動いたんだ、しかもこっち向きのレーダーってけっこう怖いぞ。)
言葉なんか出なかった。ただ、「行っちゃたんだなぁ」という寂寥感。ロケットの打上を観て「寂しくなる」なんて思ってもみなかったので意外だった。Y先生がやってきて握手してくれた。「心ある人なら、泣きますよ」と打上前に言っていた先生、自分に心があるかどうかは別にして、ただ、寂しかった。さっきまであそこにいたロケットは、今たったひとりで飛び続けている。衛星を宇宙に運ぶという使命のために、何年もいろんな人の手が関わり、手作りで作られてきたあのロケットは、もう誰に会うこともなく、誰に世話をしてもらうこともなく、自分の役割のために、孤独な宇宙空間にたったひとりで投入され、飛行している。文句も言わずに。カウントアップは続き、近くに設置されたモニターにはロケットに取り付けられたカメラの映像で、既に彼が宇宙空間に出たことを伝えている。次々と切り離されてゆく部品、最後にノーズフェアリングがパカっと開き、衛星が吐き出され太陽電池パネルが開いたところで映像が途切れた。大成功。「究極の自己犠牲」とは、なるほどこういうことだったのか。
「世界で一番美しいものが見られますよ」とは事前のY先生の言葉だが、それを私は単純に光や煙の軌跡が作るモノ的な美しさだと思っていた。現場でナマで、それに関わった人の気配と一緒に見ると「美しい」の意味は全く違う。それは物理的にも科学的にも法律や政治的にさえも制約のある中、細い針に糸を通すような努力をされてきた方々がそこに注いできた「念」のようなものが集積して放つ光のようだった。(なんだかこれでも言い足りないけど。)今回の衛星にはアメリカとイギリスがそれぞれのお得意分野で参加しているらしく、それらの国の関係者の方もニコヤカに笑ってらっしゃる。
衛星は「ひので」と名付けられた。太陽観測衛星。打上後の発射台付近では、コンクリが焦げ、まわりの木々の葉が枯れ、フェンスがなぎ倒されていた。きのうこのあたりで聴いた鈴虫の音色を思い出す。鈴虫は焦げてしまったのかしらん。のち、スタッフの方が打上げの打上げをしている会場に移動し、パーティーにまぎれこむ。そこでは関わったひとたち全員が毎回書いてらっしゃるという寄書きに図々しくも名前を書かせていただいた。Y先生のリクエストでブチ猫の絵と一緒に。「行っちゃたんだなぁー」「寂しいねぇ」学生さんたちも口々に言う。会場には地元の内之浦の婦人会みたいな方々が忙しそうに、でも楽しそうに働いてらっしゃった。(まだ、つづく)
2006/9/29(金)21:45
内之浦話その2。
内之浦の宇宙研究所の施設は、発射台のある台地のほか、山のあちこちにレーダーを備えた観測所や見学ポイントが散在していて、それらの施設をざっと3時間ほど見学させてもらってから夕方、今晩の宿泊所に向った。宿があるのは内之浦から車で1時間ほどの鹿屋という町で、学生さんたちは青少年自然の家、わたしたち年配組はビジネスホテル。私のほかに日本画家の3人の先生方とジャンパーオジサンと広報のHさん。実はこのへんから私の中にムクムクとこのジャンパーおじさんがY先生ご本人ではなかろうか、という疑問がわいていた。見学中、私達にロケットの美しさを熱く語ったり、打上後、異様に素早く動く巨大レーダーの話をして笑わせてくれたりと、気さくな人柄の目の奥に光る鋭い光。おもちゃを配ってもらった時に、オジサンの表情にどこかタダモノではない気配を感じていワタクシは、いつも先生からいただくメールや、著作から想像していた通りの「ピュアでナイーブな子供」のような表情を持つ、そのオジサンがY先生に違いない、と確信。宿泊所に入ったときに思い切って尋ねてみたところ「はい、Yでございます。」と軽やかにお辞儀をして下さった。なーんだ、思っていたよりも若いじゃん。(失礼な)のち、M博士が質問時間をもうけて下さるとのことで、青少年自然の家に移動し、まずY先生がつくったロケットのビデオを観る。Y先生はそこでロケットのことを衛星を宇宙に届けるための「究極の自己犠牲」と表現されていた。私はそれまで「ロケット」それ自体を打ち上げることが目的だと思っていたのだけれど、考えてみればロケットはあくまで「乗り物」。燃料を使い切ったらどんどん切り捨てられ、最期は大平洋の藻屑と消える。「海に落ちたのは回収しないんですか?」と女の子が聞いたとき、「しません」と言ったM博士の言葉に、なんだかそれはかわいそうだな、と少しじんとした。でも、何年も開発に関わり、それこそわが子のように育ててきた技術者の方々にくらべれば、私のようなその日にポっときてさらっと見学させてもらった奴が感傷に浸るのも図々しい気がする。おまけに今回打ち上げるM-V-7は最後の固体燃料ロケットで、今後は開発費の安い新しいロケットに方向転換するそうで、内之浦から今後打ち上げることができるかどうかも今は不透明なよう。スタッフの方にとっては大事な大事な節目になるロケット打上なのだ。
青少年自然の家から宿泊所へ戻る車の中でY先生はM博士についていろいろ教えて下さった。Y先生自身が、M博士の人柄に惚れ込んでほとんどボランティアで参加されているらしく、その大阪弁の語り口は熱く、M博士への愛情に溢れていて、うかがっていてほんとうに楽しかった。宿泊所に帰りつき就寝。朝が早かったのでコテっと眠りに落ちる。翌日は朝3時に起きねば。(つづく)
2006/9/28(木)16:00
内之浦話その1。
ロケットについてはほとんど何の予備知識もなかったのだけど、Y先生から事前に紹介してもらった本やサイトを覗き見しているうちに、日本には宇宙開発に二つの組織があることを知る。ひとつは「ひまわり」などの商業衛生を打ち上げている「宇宙開発事業団」で、種子島宇宙センターから液体燃料を使って打ち上げ、もうひとつは東大系の研究者を中心としたあくまで「研究」のための組織で、これが「宇宙科学研究所」。こちらは国産の固体燃料を使ったロケットを内之浦から打ち上げている。で、わたくしが見学したのは後者の方で、今回Y先生の企画で若い日本画の人たちと一緒の見学だったので、普段は一般人が入れてもらえないような、ロケット組立塔から、地下の管理室などを特別に見せてもらった。ロケットを打ち上げるんだから、最新鋭のカッコイイ機材に囲まれたトコなんだろうと思ったけれど、いえいえ、どうして。ひとことで言ってしまえば「ボロい」。靴を脱ぎスリッパに履き替え、ペタペタ歩く管理室に並ぶ機材は、秋葉原でその筋の店に入れば全部の部品が手に入るんではなかろうか、と思えるほどの「手作り感」あふれるモノだったし、ロケットが納まっている塔のエレベーターは各階に止まるたびに無気味な音で跳ね返る。予算が少ないんだなぁ、というのが切実に伝わってきて、理科系オタク少年がそのまま大人になって、宇宙研究にとりつかれロケット飛ばしてるところ、という感じで、こういう空間は何か既視感があるなと考えてみたところ、それは香川のうどん屋だった(笑)。なんというかねぇ、体裁にかまわないというか、本質だけを追求している、というか、とても清々しいんですね。うまく言えないけど。こういう場所って、好き。
で、打ち上げ前日にもかかわらず、案内して下さったM博士によれば、固体燃料というのは一度火がつくと、どうやっても消すことができないらしく、もし軌道をそれてしまった時にはロケットそのものを爆破するしかないので、打上げ時には半径2.1キロ内の無人を確認せねばならないとか。日本の場合、そういう場所は限られていて、だからこんな田舎に発射台を作ったんだろうけど、それでもその円の中にはしっかり農家が数軒あるらしく、当日は住民の方には防空壕などに避難してもらうそう。でもさすがに牛や馬は避難できないので、以前の打ち上げではそのままにしておいたところ、爆音で牛が乱心したとかで、それからは牛に大音量のテープを聞かせて「特訓」していらっしゃるそうな。牛もタイヘンだ。また、漁業にも影響があるらしく、打ち上げ時期は地元の漁協との取り決めがあるそう。お天気も雨なら中止、風が吹いても延期、ちょうど数日前に打ち上げられたスペースシャトルの軌道なんかも関係するらしい。
そんなこんなのお話を聞きながら、Y先生はどこにいるんだろう、と思っていたわたくし。実は鹿児島空港で携帯のメールに「現地でお待ちしております」の一文をいただいていたものの、それらしい人はどこにもいない。M博士の他は、背広姿の組織の広報の方が数名と、私達が到着した時に衛生の模型のおもちゃをこまめに配って下さったジャンパー姿の用務員のようなオジサンが1人いるだけ。以前、数学本の編集者から「Y先生はダヴィンチみたいな天才肌の方」と聞いていたので、私の頭の中ではダヴィンチ似の長髪の博士のイメージが勝手に出来上がっていたのだった・・・。(つづく)
2006/9/26(火)22:17
数学のY先生のお誘いで、23日の早朝、鹿児島は大隅半島の内之浦にて「M-V-7ロケット」の打ち上げを観てきました。22日の朝4時45分の出発、当日23日は朝3時に起床。無事打ち上げが成功したのを見届け、翌日はひとり鹿児島市内観光、夜中に京都の実家に戻り、翌月曜日は大学でAGI総会の掛け軸展を見物、そして今日東京に戻りました。ロケットの打ち上げを生で見るという経験はなかなか衝撃的でしたが、初めてお会いしたY先生もなかなか衝撃的な方でした。いろいろ書きたいこともテンコ盛りですが、今日はワタクシ、雑巾のようになっておりますゆえ、また明日以降にでも〜。
2006/9/21(木)13:38
先日の歌舞伎の感想をここで。
「菅原伝授手習鑑」から「車引」と「寺子屋」、そしてその間に「双蝶々曲輪日記」から「引窓」と「六歌仙容彩」の四幕。そのうち「引窓」と「寺子屋」に吉右衛門が登場。「車引」では染五郎、「寺子屋」では幸四郎が親子でそれぞれ「松王丸」を演じる。「寺子屋」は主君(菅原道真)の子を守るため、自分の子を犠牲にするお話。父母が同意の上、わが子の首を刎ねさせるようにしむけるのだけど、江戸時代はこういう「忠義モノ」をお芝居として受け入れることができる時代だったのね。吉右衛門も幸四郎も、さすがに風格があって、声を出した時の舞台での迫力はさすが。そのあたり、染五郎の松王丸は若いぶん、ややもの足りない感じがしたけれど、時間をかけて熟成されるモノゆえに、それは仕方のないことなのかも。「六歌仙容彩」で86歳の雀右衛門演じる小野小町っつうのもすごかったけど。それにしても、歌舞伎、おもしろいです。
明後日からしばらく鹿児島へ行きます。
2006/9/19(火)23:03
111111番のキリ番ゲッターは、Ritsukoさんでした(拍手!)ねこギターさんに続いて二度目の当籤、おめでとうございます〜。ねこさんと同じく「日の出製麺」の生うどんをお送りいたしますね。お楽しみに。次回は120000番。少し先ですが、思い出したら狙ってみて下さいまし。
2006/9/19(火)11:57
昨日はサントリーホールへ内田光子さんのコンサート。ベートーベンの後期ピアノソナタ。内田さんに関しては何の予備知識もなく、ベートーベンのその曲も初めてだったのだが、テクニックを誇示しない、静かでなめらかで安らかな、とてもナチュラルな演奏だった。観終わったあと、澄んだ水のように自分が浄化されたように感じた。これから別のひとのピアノソナタを聴いた時、昨夜の彼女の演奏がいかに凄かったのかがわかるのだろう。
2006/9/17(日)19:27
そういえば、もう次回のキリ番111111番です。前回のねこギターさん同様、讃岐うどんをお送りしますので踏まれた方はお知らせおば。ちなみにねこさんに送る予定のお店はココ。
2006/9/16(土)23:09
しばらく更新できませんでした。絵本の修正納品を水曜日に終えて、木曜日は歌舞伎見物。吉右衛門と松本幸四郎の「寺子屋」で、これについての感想はいずれまた。金曜日は京都に移動し、今日土曜日は大学の入試説明会に参加し、夕方東京に戻る。さすがにぐたぐたに疲れとります。実家での一泊中、ブチが甘え倒してきてほとんど眠れず。
2006/9/8(金)12:43
少し前に納品した絵本に大幅な修正が入ったので、昨日はその打合せのために新宿へ。伊勢丹の前で待ち合わせたNさんに近くの素敵な喫茶店を教えてもらう。Nさんちには夏休みのあいだ、学生たちが泊まりにきていたらしい。編集のひとが合流するまで時間があったのであれこれおしゃべりする。そのあと、中村屋の二階でカレー。三人とも干支が同じことが判明、仕事以外の話題でしばし盛り上がる。
ところで池田清彦さんの「他人と深く関わらずに生きるには」を読了。生物学分野の人が書いた「心をこめないで働く」「自力で生きて野垂れ死のう」など、一見過激だけれど、しごくまっとうな本。アマゾンの評価が低いけど、確かにインテリの人だからこそ言える机上の空論、誤解される物言いかもしれない。「世間」という幻想に固執する人には理解されにくいかもしれないけれど、こういうことを痛快に言ってくれる本は「少数派」にとっては心の平和だ。
2006/9/7(木)23:57
昨日は半日だけ時間が空いたので、今しかないと突然思い立ち鎌倉へ。錦糸町から横浜線で一本で行けるので、3時出発で、4時半には北鎌倉に到着。駅から近くの東慶寺だけ観ることができた。ホトトギスやコスモスなど、秋の花が咲く境内。雨上がりでほとんど誰もいない墓所、鬱蒼とした楓の枝が陰をおとす岩波茂雄氏(岩波書店の創立者)のお墓の前を通ってしばらく行くと空がひらけ、敷地内に百日紅が咲くあっけらかんと明るい鈴木大拙氏の墓があった。小林秀雄氏の墓もあるらしいので、急ぎ足で探してみたが、残り時間がほとんどなかったため結局見つからず。のち、バスで鎌倉駅まで出て駅前で鳩サブレを買って8時半頃帰宅。帰宅後、知人がもらってきたボイル毛ガニ(3ハイ)で晩ご飯。何もつけないで食べても大丈夫なくらい味が濃く美味だった。カニミソを溶いた甲羅酒、カニスープ、最後は身を全部ほじくり出してカニチャーハン。「カニの身ほじり」は確実に結果(おいしいモノが食べられる)につながる正しい労働行為だが、とにかく時間がかかる。無口にもなるし。で、結局食事が終わったのは夜中の0時30分。くたくたに疲れる。
2006/9/5(火)21:00
先週の月曜日に江戸に戻り、そのまま〆きりの嵐に巻き込まれ、しばらく更新できませんでした。まだ少しキツめですが、やっと一区切り。少し前に書きかけていたメモ。少し長めです。
神保町ネタの小説に絵をつけることになり資料を探していたところ、知人が最近、神保町の三省堂が本のカバーに界隈の地図を印刷した紙を使っているよと、本からくるりとむいてくれた。 JRお茶の水駅から、山の上ホテル、小川町、南は共立女子大付近まで載っているその地図は、本関係の会社、書店などのほか、近辺の飲食店なんかも載っていて、私にとって、馴染みのある場所があちこちに見つかり、見ていてあきない。
本はそんなに読まない私ではあるけれど、父母共に本好きで、ことに父が持つたくさんの蔵書のせいで木造の家が傾いたと母がぼやいていたくらいだから、小さい頃から本がたくさんあることが当たり前だった。ことさら「本が好き」ということもなく、私にとって本は空気のような存在だったので、大人になって「本が好き」という人の言葉を「空気が好き」と同じような違和感と共に聞いたのを憶えている。母との「お出かけ」の思い出も、大阪の梅田の紀伊国屋書店が多く、英語の先生だった母が本を物色しているあいだ、近くの古切手のコーナーにはりついていて、きれいな外国の切手にみとれて過ごし、谷川俊太郎さん訳のスヌーピーの漫画本(ピーナッツシリーズ)を一冊買ってもらって、帰りには三番街でチョコレートのソフトクリームを食べさせてもらう、というのがお決まりのコースだった。ピーナッツシリーズは自分の英語の勉強にもなるからと、母は毎回買ってくれて、30册近くは持っていたから、紀伊国屋通いもそれくらい頻繁だったと思う。
大人になって、彼らほど自分が本を読まない人であると発見してからも、本の集まっている場所は好きで、初めて神保町に行ったときは、古書屋の佇まいがおもしろくて、あちこちの店をうろつきまわった。ちょうど八木書店の二階で漱石がらみの展覧会をしていて、自筆の漢文の屏風が200万円くらいで売られていたのを憶えている。ピンからキリまでの価値&値段の古書は、「ピン」にハマってしまうとお財布の底が抜けるらしい。そして、一度「ピン」にハマると、どんどん目が肥えて、後戻りができないらしい。魔物に魅入られたオジサンたちが、平日の昼間から夢遊病者のようにうろついているのがおかしくて、この街が好きになった。
2006/8/29(火)16:58
キリ番を踏まれたのは、ねこギターさんでした(拍手!)今日、未明の2時25分だったそうです。讃岐うどんゲットは二度目のねこさん、前とは違うお店を調べてお送りいたしますので、どうぞご期待くださいまし。今回のがしてしまった方も、次回もおそらくウドンでひっぱりますので、また狙ってやってくださいませ。
そういえば、香川のウドンの友、Rさんから季節もののこんなネタ本が。知らない店がたくさんあるぞ。
2006/8/28(月)11:33
次回キリ番まであと80あまりです。踏まれた方は、メールでカウンタ画像添付でお知らせおば。
今回の帰省中、「ブチの食欲がなくて、痩せてしまっているの」との母の言葉に心配になり、獣医さんへ連れてったのだが、結果は「歯槽膿漏」からくる歯のグラつきらしく、抜いてもらって即解決。血液検査の結果も問題なく、心配していた体重も、測ってみれば4.2キロ。見た目は細いのにわりにむっちり肉がついているよう。まぁ、よかった。そういえば、ブチは洗ってもまったく体型が変わらない毛なみの猫なのだった。(普通はひとまわり痩せて見えるもんだが)
2006/8/26(土)01:22
21日からお盆の帰省中。京都の暑さにバテとります。
木曜日、駅から乗った循環バスで、高校のときの同級生に偶然遭遇。わたしが降りるバス停のひとつ手前から乗ってきた彼女は小学一年生になった男の子を連れてお盆の帰省からの帰りらしい。年賀状も滞りがちになっていた、十数年ぶりに会った彼女の「まだ絵、やってんの?」の言葉に、ここ数年自分の身に起こったあれこを語りきるには、バス停一つ分の距離はあまりに短い。「お子さん、おおきくなったね」とあたりさわりのないコトしか言えず。じっとしていない子供をしかりながら「同級生だった○○さんと●●さんと一緒にお茶しててん。」とニコヤカに話す彼女の言葉に、私にとっても同級生だったはず●●さんの顔がどうしても思い出せず、ぼんやり記憶を追っているあいだに、降りるべきバス停を通り過ぎてしまう。(あぁ、おバカ)一つ先のバス停で降り、バスの中から手をふる彼女を見送りながら、彼と我の違いにしばしぼんやりと佇む。「立場の違い」と言ってしまえばそれまでだけど、何に幸せを感じ、何に傷付き、何を語りたがっているのか、「共感」できる話題が見あたらないことからくる距離感は「バス停いっこ分」では埋められない。それとも、あたりさわりのない話題をつないでそれなりに会話するのが「大人」になるということなのかしらん。あぁしかし、そもそもフリーの自由業、しかも仕事で東京と京都を行き来している今の生活について、誰に共感してもらうことなんてできるんだろう?(もしかすると、単身赴任のお父さんにはわかってもらえるかも。でもおとーさんには通常「奥さん」がいるよなぁ...。いいなぁ。)
というようなコトを考えつつ、金曜日は大学へ。同僚になるTサン、Kクン、Mくんなどと久しぶりに会う。「単身赴任のおとーさんみたいなので奥さんが欲しい。家の掃除だけでもタイヘン。」と言ってみたところ、Tさんが「ダスキン頼めばいいんちゃいます?」うーむ、それもアリかも。のち、Kくんの授業で新入生に描かせている課題作品をどっさり見せてもらう。下書きもなく、画材も変幻自在、毎週浴びるようにイメージ表現させている。圧倒された。なかなかすごい。私が一年生と一緒に教えてもらいたいくらいだった。のち、三条まで出て久々のイノダでコーヒー。
2006/8/24(木)00:21
次回キリ番は110000番。今回は映画「UDON」にあやかってまたもや「讃岐うどん」。ワンパターンで恐縮です。踏まれた方はカウンタの画像添付でお知らせくださいませ。
2006/8/15(火)10:45
お盆休みもとれないまま。
そんななか、先週の土曜日はMさんと東京駅の地下のタイ飯屋で晩ご飯。東京へ引越してほぼ一年、めまぐるしい日々だったけれど、お互いの近況を笑ったり、しんみりしたりできる昔からの友達とのひとときは、ありがたい。(感謝)
翌日曜日はホテルオークラのアートコレクション展に虎の門まで出る。北斎の肉筆の虎の絵や酒井抱一の「四季花鳥図屏風」、あとマネの芍薬の絵もよかった。集古館の方の展覧会にも寄り、平家納経の模本におどろく。たった1人のひとが、5年かけて作った数セット(数セット?)のうちのひとつらしい。帰りは新橋でお魚をたらふく食べ、銀座をぶらつき宝町まで歩き都営浅草線乗り継ぎで帰宅。
2006/8/10(木)22:54
お隣が引越して行った。ツナちゃん(仮名)ち。最近、やっと慣れてきて、さわらせてくれるようになっていた。指を差し出すと、舐めてくれたし、あごの下をかいてやると気持ちよさそうに目を細めてくれた。昨日はウチの家のクーラーの室外機にのって、ゴミ捨てに出た私がドアをあけたとたん、ウチに入ってきて、部屋を通過してベランダから出て行った。今朝、引越しのトラックが来て荷物を運び出しているとき、ウチのベランダにやってきたので、出て行くと足にまとわりついてきた。「もうお別れだねー」と話しかけながら、初めてそっと抱き上げてみたら大人しく抱かせてくれた。女の子だったんだね。少しずつ、少しずつ、信頼を勝ち取って、やっとここまできたというのに。(タメイキ)からっぽになったお隣の家の黒い窓。なんだか淋しいなぁ。
2006/8/8(火)22:48
日曜日は佐倉の川村記念美術館へ「パウル・クレー展」を観に行った。
クレーはわりに好きな画家のひとり。でも「詩情ゆたかな作家」という程度の認識だったのだけれど、どうしてどうして、なかなか「ビョーキ」な人だったのだわね、ということを今さらながらに発見。さらさらと感覚的に描かれているように見える水彩画も、配色や構成など、ものすごく周到に計算されている感じがして、左脳で考え、右脳で描いてるような冷静さを感じさせる。なんだか「男の子」っぽい人だったのねぇ。水彩画の小品がお好きな方にはたまらない展覧会かと。ところで、谷川俊太郎さんがクレーの天使の絵に詩をつけている絵本が売店で売られていて、私は中身を見ていないけれど、なんだか手にとる気になれなかった。谷川さんの詩は好きなのだけど、クレーの絵に詩をつけてしまうところが、何だか「ずるい」と思ってしまう。クレーの絵は「私的な距離感」でひっそりそっと楽しみたい、と思ってしまうので。
川村美術館のお楽しみは売店にもあり、千葉ならではの美味しい「粒入りピーナッツバター」が買える。展覧会のあと意気揚々と売店に向ったら、既に閉店していて「あぁ、せっかく来たのに・・」と肩を落としかけたとき、店の中に人がいるのを知人が発見。お願いして中に入れてもらって、大急ぎで二びんゲット。帰りにパン屋でフランスパンを買って帰り、さっそく塗っていただきました。おいしい。
2006/8/7(月)10:32
暑い中、いろいろ動き回った週末だった。
先週の土曜日は東博に「若冲と江戸絵画展」を観に行った。観終わったあとで知人曰く、数年前の京博での若冲の展覧会がいかに充実していたかがわかったそうだが、それを見逃している(というか、その時には若冲の名前すら知らなかった)私には、ある程度まとまった若冲を見ることができたのは楽しかった。ことに墨一色で描かれた「鶴図屏風」は若冲の作品にしては一見、あっさりした印象だが、計算され尽くしてそれぞれの適材適所に間違いなく配された墨の濃淡からなる画面で、彼の「尋常ならざるところ」を充分に伝えていた。よほどの精神力がなければ、ああいう画面はつくれまい。やっぱりある種「ビョーキ」な人だったのだろう。それにくらべると曾我蕭白は俗っぽく、酒とお金にだらしない感じがする「人間くさい」画風で対象物の「グロテスク」さに反比例してどこか「可愛げ」がある。円山応挙は優等生で酒井抱一は隠居老人。鈴木其一は京都の細見美術館で以前見ていたモノよりも迫力があり、見直した。長沢芦雪は今回初めて見たが、線がわざとらしい感じがしてどうも好きになれないな、と思ったけれど最後の「白象黒牛図屏風」だけは、画面からはみ出す勢いに描かれた象と牛の造形が「わざとらしい」線にまさっていてよかった。
ところでこれらをコレクションしていたジョー・プライス氏、お父さんが、かのフランク・ロイド・ライトに自分ちのビルの設計を依頼できちゃう程の大金持ちだったそう。近年の若冲ブームでたびたびテレビに出演されてたあのオジサンだったのだわね。(と見終わったあと気付く。)
夜は江戸川の花火大会を見るために移動。東京駅の大丸でお弁当を仕入れ、馬喰町から都営新宿線で篠崎まで。西大島あたりから「前の列車が前駅で詰まっているので調整待ち」とのアナウンスが入り、篠崎駅に到着した頃はヘロヘロで既に開始時間。人の波について土手に向って歩く住宅街の空に、どーんと花火が打ち上がるのを見る。急ぎ足で何とか土手にたどりつき、人であふれた河原に降り、通路わきの人ごみの中に小さなスペースを見つけて座る。暗い中でスペースもなく、不自由にお弁当を食べながら、花火を見あげる。大きな大輪を空いっぱいに咲かせるものや、本体は地味ながら最後にいろんな色の小花火をたくさん咲かせてゆくもの..。パっと咲いて夜空に消えてゆく花火は美しく、潔い。
2006/8/2(水)18:16
しつこいですが、馨歩さんちの町蔵くん(子猫の仮名)の画像が更新されました。コチラ。馨歩さんが書かれている出会った日の夜の町蔵クンとのやりとりが、なんともともほほえましいです。昔、子猫を拾ったとき、出先から戻り、大急ぎで暗い部屋のダンボール箱の中の子猫の様子を見に行って、きょとんとこっちを見上げる瞳に出会い「あぁ、生きていた」と安心したことを思い出しました。オッサン猫はそんなだったけど、ブチは自力でダンボールから脱出してベッドの下にもぐり込んで出て来なかったっけ..。そんなあれこれを思い出しつつ。
2006/8/1(火)22:13
今日は仕事に煮詰まったあと、江東区の花火大会を見に行った。砂町銀座でおにぎりとメンチカツとお茶を仕入れ、人の流れについて歩くこと30分で荒川の土手に出る。夕暮れ時の中央環状線と葛西橋のオレンジ色のあかり。そこを渡る東西線の電車のあかり。遠く左手方向には都営新宿線の電車のあかり。水の上には屋形船。曇った白い空の下、湿ったみどりの草の上にゴミ袋をひろげ、ひとり座って開始を待つ。まもなく打ち上がった花火は私の予想よりも右方向で、思っていたよりも遠かった。去年見た江戸川区の花火大会よりは地味だったけど、それはそれなりに楽しめました。こじんまり、と。(首が凝ったけど。)おもしろかったことは、家族連れや恋人、友人連れの人ごみのなか、オンナひとりで座っていると、類は類を呼ぶなのか、気付けば回りにオンナひとりが3〜4人。年配の方、若い方、なんだかお仲間意識。美川憲一みたいなキンキラキンの花火が印象的で、終わったあと、振返った土手沿いのマンションのほとんどのベランダに、各家庭ごとに人のシルエットが影になっているのが絵のようだった。背景のブルーとオレンジは蛍光色に電球色。影絵のパッチワーク。いろんな光りを見た日だったな。
2006/7/31(月)14:17
お知らせ。猫のお友達(?)のライター、馨歩さんが先週の火曜日、子猫を保護されたそうで、いま里親を募集中。キジトラのオスで生後4週間ほど。きちんと健康診断も済み、責任を持って飼って下さる飼い主さんを探しています。画像はコチラから。
2006/7/30(日)11:58
昨日はふたたびお使いで国会図書館へ寄ったあと、表参道に移動してHBギャラリーをのぞき、ついでに表参道ヒルズに入ってみる。以前、仕事先のひとが「表参道ヒルズ内のスロープを歩いていると、(ヒルズが建つ前の)昔の風景の記憶が蘇る。そんな建物は初めて。」というようなことを言っていた。東京新参者のワタクシとしては、そこまでの感想は持てないものの、だらだらと歩く人を重層構造(?)で眺められるのはそこそこ楽しかった。ファイバーカステルのホルダーを地下のオシャレな文房具屋で買う。
夜は先日の大学の集まりのスタッフ&作家の打ち上げが恵比須で。ちょうど駅前が夏祭りだったので、町中にヒトが溢れていた。一軒目のあと、場所を変え、てっぺんまで。同学年の男の子たちの身体の弱り具合の話題に共感。(いえ、そんな話だけしていたわけではないんですが)
2006/7/29(土)10:25
昨日も打合せで市ヶ谷。今週はおうちとおそとを行ったり来たり。
昨日は秋に出版される子どものための絵本の打合せ。私の絵の特徴である「表情」を極力なくした、押えめの人物表現にして欲しいとの編集&プロデューサー諸氏からの注文。自分の好き&ラクチン感覚でスラスラ描く絵に慣れてしまった身にとっては手足を縛られた感じでチト不自由だけど、こういう仕事こそ自分で知らず知らずにつくっていた狭い「囲い」を壊すにはイイ機会なのかも。「それはいつも外からやってくる」。打合せのあと、近くの中華屋でお二方と食事。同じ大学のマンガ学部の先生でもあるNさんは私よりも20歳くらい年上で、毎週奥様の手づくり弁当を持って京都まで通勤されている。「人を育てるのはおもしろいね」と柔和なお顔で話された。どんな世界でもそうだけれど、ほんとうにすごいひとというのは一見控えめで木目が細かく懐が深い。その人のかもしだす雰囲気が既にそうで、近くにいるだけでなんだか和む。日々、自分のギアチェンジの下手さ加減にうんざりしているわたくしにNさん「おっもしろい人だねー」と言って下さり...。あぁ、うれしい。
2006/7/27(木)12:56
アクロバティックな週末を終えて、なんとか生きております。(ゼイゼイ)
先週の土曜日は大学のデザイン同志会(「同窓会」ではないと、T先生)で表参道へ。集まり具合はイマイチだったけれど、普段会えない昔の友人たちと会えることはやはり楽しい。でも、もっと外へ向けた目線が必要な気がした。せっかくの展覧会、仕事先の人も(タダで)気軽に呼べるような場になればいいな、と。来年からの同僚になるKクンが来ていたので学校のことを訊ねたら「めっちゃくちゃ大変ですよ。でも、めっちゃくちゃおもろいです。」とのこと。どうなることやら。一昨年の教え子の女の子も複数来ていて、東京で柔軟に泳いでいっている姿を見る。がんばれ&わたしもがんばろう。
土曜日一日遊んだので、日曜日は仕事。火曜日は打合せのあと、馨歩さんと「東京水上倶楽部」ことカナルカフェで待ち合わせ。そもそも仕事の話だったのだが、打合せは15分ほどで終了し、話題は猫へシフト。二人とも猫たわけ。未だに「足りない足りないと」あがいているわたくし自身、馨歩さんも共感して下さり、「私達、猫は『足る』を知っているから、好きなのかも」で深く頷く。「だから、犬を見ていると辛いのかも。」と言えば、馨歩さん曰く「タモリが昔言ってたんですけど『犬は客商売だから』って」で深〜く頷く。水上倶楽部のボート券売場の小屋の中に、今年の春に生まれた子猫が二匹じゃれていた。
夏の太陽が照りつけた水曜日は知人の用事で、初めて国立国会図書館へ。膨大な人類の「知」の集積。静かに働く大勢の若いひとたち。何てシステマティック。食堂でカレーライス。端末で「猫日和」を見つけて喜ぶわたくし。
2006/7/21(金)15:19
いろいろいろいろ仕事と用事が重なり、連絡したいヒトに全然連絡できてません。すみませーん。来週半ばには人並みの生活に戻れるかと。
2006/7/18(火)15:42
三連休も仕事。それでも気分転換は必要だ、と土曜日は夕方から有楽町のガ−ド下へ。お酒も飲めないくせに、ウーロン茶で焼鳥。
日曜日は香川のうどんの友、Rさんが上京していたので一緒に晩ご飯。浅草の鯨料理のお店「捕鯨船」でモツ煮込み、刺し身、竜田揚げなど。久々に会ったRさんからお土産にしっかり「生うどん」と「うどんかりんとう」をもらってしまう。(感謝)「うどんかりんとう」はうどんをそのまま揚げたものらしく塩味。生うどんの方はRさん曰く「空港で急いで買ったので選べなくて〜」とのことだったけど、家に帰って茹でてザルで食べたら、やっぱり旨かった。(感謝)
昨日の月曜日は仕事のあと、絵の額装のため神保町の地球堂へ。絵のイメージにぴったりの額縁が見つかり、小品ながらなかなか可愛いモノに仕上がった。
2006/7/15(土)17:08
大学の同窓会総会の時に展示する作品が搬入の日に間に合わなくて、焦りまくる夢を見る。会場で「え、今日が搬入なの?」とか言ってるし。慌てて家に戻ってケント紙カットしたり、幹事の人に電話してるんだけど全然繋がらなくてあぁぁーもうダメだぁ、と泣きそうになっているし。目覚めたとき、心底ホっとした。というわけで、今日はずっとその作品制作。
2006/7/14(金)20:36
昨日はひとつ仕事を片付け、夕方から新宿の世界堂へ画材の仕入れ。ロットリング社のインクを売場にあるだけ購入。(といっても6本だけど)夕立ちになりそうな空の下、伊勢丹地下に潜り、夕食の買い物。神田志乃多寿司の稲荷寿司が安くなっていたのでゲット。あと中華惣菜など。東京にきて、電車でちょっと出ればこういう買い物ができることが今はとてもありがたい。京都の家は振興住宅街にあり、近所にはスーパーたくさんあって、それはそれで便利だったのだけど、モノも人も均一的で商業施設もサラリーマンとその家族をターゲットにしたモノが多く、自由業の中年オンナにとってはあまり居心地の良い場所ではなかった。東京のいいところはいろんな人が雑多にいることで、私のような自由業中年オンナが匿名性に守られながら泳いでゆくにはなかなか便利で居心地が良い。
ところで火曜日の打合せで、偶然同じ大学のマンガ学部の先生にあった。偶然と言っても、私が知らなかっただけで、編集の人によれば今回の仕事のプロデュースをこのNさんがして下さるそうな。「どの校舎にいらっしゃるんですか?」「教務課のある建物の裏手です。」など、いきなり大学ローカルな話題。毎週金曜日に通ってらっしゃるとのことで通勤方法や新幹線の中でお弁当を食べる時間についてなど、妙に細かいコトについて情報交換する。
2006/7/11(火)22:41
昼いちに市ヶ谷、引き続き汐留で打合せ。日テレタワー横の中庭で岡本太郎氏の壁画「明日への神話」が展示中だったので、急ぎ足で観る。大きさと異様な雰囲気は感じるけれど、カフェの前の狭い空間に飾られて少し窮屈そうだった。メキシコの青空の下で見れば、また違った感想も持てるのかもしれない。
2006/7/10(月)12:57
週明け納期の仕事が重なっていたので、週末はずっと仕事。それでも土曜日は気分転換に小川町まで出て「けむり」に。初めて4階の「屋上」(というか物干し場様の空間)で秋葉の巨大な「武富士」のネオンや雑多なビルを眺めながら食事。バラバラな建物のかたち、ネオンで照らされた灰白色の空。とても東京らしい風景。薫製した小女子とタコと海藻のサラダ、ペンネとホウレン草のゴルゴンゾーラソースが美味だった。日曜日はずっと仕事で、夕方砂町銀座のいつもの魚屋で鯨の刺し身と蛸ワサビ。いつもの八百屋でにんにくが5つで100円、生姜が一山100円を買い、鯨に添えて。なんだかんだといいつつも、やっぱり観てしまった「フランス対イタリア」の決勝戦。イタリアはスターがいないけれど、守備がしっかりしていて、パスもきちんと通して、きちんと仕事をしている感じがした。カンナバーロはすごい選手だ。延長戦はさすがに眠くて寝てしまう。さて、週明け。
2006/7/5(水)16:48
一昨日の夜東京に戻る。
笑えるほど複数の仕事&雑用が多岐にわたり交錯中。そんな中、早朝の「ドイツ対イタリア戦」を観てしまう。やっぱり美味しいトコかっさらって行きましたね、デル・ピエーロ。ハゲにして更に「イタリアのそのへんにいるフツーのオヤジ」っぽくなったけど。そんな合間に北朝鮮がテポドン発射するし、もう。中田の引退のことでもあれこれ思うところあり。個人自営業として、組織相手に些末な交渉ごと(でもけっこう大切なこと)をするのに、やや疲れ気味だったこともあり、妙に感情移入。交渉する相手にこちら側の論理が通用しない場合、どのようにコトを運べばいいのか、というようなコトも私にとっての今後の課題なので、このあたりざっとひとくくりでシンクロ中。あぁ、生きてゆくのはタイヘンよん。
2006/7/2(日)11:01
木曜日はイノダでラフ考、金曜日は髪を切りに行き、土曜日は大学に寄ったあとイノダで再びラフ考。あと冬物のクリーニングと収納など、仕事の合間にイロイロとこまめに動きまわるワタクシ。庭の李がたわわに実っているので今日明日には収穫する予定。
大学へはロッカーの整理を目的に行ったのだけど、帰りに新しいデザインの教員部屋に立ち寄ったらT先生がひとりでノートPCとにらめっっこしてらっしゃった。イラストレーション専攻の一年生は日本画の授業中。顔料の使い方など教えてもらえるようで、こういうのは単純にうらやましい。廊下の壁には「比叡のぼり」の山頂記念写真が約B全大に引き延ばされて。先生の部屋に転がっていた今年1月号の「美術手貼」のタナカカツキ氏のインタビューがおもしろかった。「『美術手貼』って言うわりには手に納まらないよね」とか。七月の終わりに納涼会があるから来るか?とT先生。「いつものようにビール飲んでうぁー言うだけやねんけどな。」とのことで久々の大学での具体的な連絡事項がコレだけ。
2006/6/28(水)21:08
月曜日の夜、京都に移動。
昨日は「猫のおきて」の作者、馨歩さんに初めてお会いする。ちょうどお仕事で京都入りされるとのことで、予定を合わせていただき、夕刻の下鴨神社の鳥居前で待ち合わせ。現れたひとはなぜか思っていた通りの方で、とーても素敵なひとでした。年齢的にも近く、猫好き、文章書き、そして根っからの江戸っ子。最初のお店での「ざる蕎麦」の食べっぷりにいたく感動。お酒にもなかなか強くてらっしゃるようで、二軒目はフジタホテル隣のバー「K6」に連れてって下さった。(なぜか京都案内されているワタクシ)ご相伴にあずかった「サイドカー」がおいしくて、初対面なのに「来し方行く末」の話までしてしまう。店を出て夜の京都の街のにおいをかぎ、「京都ってイイにおいがするんですよね」と馨歩さん。そんなこと思ったこともなかったけれど、意識して呼吸すると、鴨川と山の緑の湿気の奥に、薪を焚いているような、田舎の懐かしい匂いがした。なるほど。最後は鴨川の河原を三条まで歩き、馨歩さんを見送ったあと、ほぼ最終の電車で帰宅。なんだかよい夜でした。次回は赤坂のバーで「梶井、谷崎、太田」を拝見するのを楽しみしています。(馨歩さんのサイト「盆猫」にヒントあり)
2006/6/26(月)13:00
土曜日は上京中のMさんと神保町で晩ごはん。有機野菜料理のバイキングのお店のあと、スタバでお茶。のち知人も加わり近くの南方系の飲み屋に移動し真夜中まで。15才の時からの友人であるMさんと40才になってから知り合った知人の会話。Mさんは先週も、とある講習会のため上京してたそうで、ほとんど関西にいる時と同じ頻度で連絡をくれる。感謝。日曜日は抜歯のあとがジクジク痛み、じっと大人しくしていた。真夜中にDVDでチャップリンの「独裁者」を初めて観る。ヒトラーが生きていた時代にあれをつくったのだな。すごいこと。
2006/6/23(金)14:11
子どもの頃、大変おとなしかったワタクシは、クラスでもほとんど喋らず、友達もいない、くら〜いヒトだったのだけど、ある日ノートのすみに「ネズミ」の絵を描いたら、それがクラスメートからえらくウケて「わたしにも描いて」と人が集まってきた。そのネズミは正面向きの大きな顔に意地悪そうな目でニっと歯を見せて笑っていて、その可愛げのなさがよかったらしく、みな「かわいい、かわいい」と褒めてくれた。その時自分がこのクラスで生き残る術は、これだ、と子供心に思った。人に「ウケる快感」をインプットされたワタクシは、何十年か後のいま、イラストレーターになってもやはり第一義に「ウケる」を置いてしまう自分を発見している。美しい絵、世界観のある絵が描けないからかもしれないが、人からくすっと笑ってもらえたり、クライアントから「おもしろいですねー」と言われるとちょっとうれしい。きのうひょんなことから、池大雅の原画をナマで近くで観る機会があり、彼の絵の持つ「やわやわした感じ」「歩く歩幅のようなのほほ〜んとした感じ」「それでも滲み出てくる品の良さ」を目の当たりにし、無条件に「えーなぁ」と思った。猫がフニャンと丸くなれるような大らかさ。足もとにも及ばないけれど、こういう絵を描いてゆけたら。
Macでテレビを観ることができるソフトで、日本対ブラジル戦を観てしまう。ロナウジーニョは身体つきも身のこなしも実にしなやかで美しい選手だな。顔は爬虫類みたいだけど。
2006/6/19(月)21:03
土曜日に親知らずを抜いたので、週末はおこもり。砂町銀座の魚屋で、閉店真際に半額になる刺身を物色していて、本マグロの大トロ1500円だけ半額になってないのを、じーっと眺めていたら店のオジサンが「わかったよぅ」と言って半額シールを貼ってくれた(嬉)。八百屋で山芋が一本100円、完熟桃太郎トマトの大きいのが4つで200円。お肉屋さんのメンチカツは1個94円。結局歯のおかげでほとんど山芋しか流し込めなかったけど、大トロは口に入れたとたん「じゅわー」と溶けてゆくので食べ易かった。おじさん、ありがとう。砂町銀座から自宅まで戻る間の住宅街の道はぐちゃっと立て込んだ下町の細い路地で、どこの道を通ってもたいがい猫に出会う。まるで人間のように、普通に行き来しているのがおかしい。
2006/6/15(木)20:15
予告しておりました「チャレンジャーなお仕事」、本日発売されました。「シリーズはじめての料理:だれでもできる料理絵本」の「おみそ汁」「カレーライス」「スパゲッティ」の三冊同時発売です。食材、道具、プロセスなどをシコシコたくさん描きました。よろしかったらぜひ〜。
2006/6/12(月)12:16
一週間たち指先も回復。やっと昨日から絆創膏ナシでも大丈夫。そしていよいよ梅雨入り。
巷ではいよいよワールドカップ。テレビのない今の暮らしでは、ほとんど別世界にいるようで、情報も入ってこないし、4年前のときの自分的盛り上がり度とはずいぶん違う。ひとは変わってゆくものです。
先週はサーバの引越し作業に手間取る。アドビのソフト「GoLive5」で作っていたので、いまのCS2環境ではサイトの読み込みができないらしい。そのへんをどうバージョンアップしてゆくのかが今後の課題。(いまはクラシック環境を立ち上げて対処。)また、アップロードしても画面が見られなかったりと、結局金曜部は一日中格闘。夜になってやっと糸口が見え、新しいURLで画面が確認出来た時はほんとうに嬉しかった。これから地道な作業をしてゆかねば。
昨日の日曜日は「プラド美術館展」へ。全体に「黒」を感じさせる肉食文化の絵画がずらり。実は学生時代に「歩いて美術史」という大学からのツアーでプラド美術館には行ったことがあって、その時はベラスケスの「女官たち」やゴヤの「着衣のマハ」と「裸のマハ」、別館でのピカソの「ゲルニカ」くらいしか記憶になかった。またそれらの絵以上に、美術館を出たところの木陰から見上げた真夏の晴天のマドリッドの空の色を一番よく憶えていて、それは真っ青というより、むしろコバルトの浅い色味で、まるで宇宙の色がそのまま透けて見えるような透明な奥行きがあった。それだけ太陽光線が強かったのだろうけど、ぽかんと浮いた白い雲も、底に空と同系色の透明な陰をもっていて「湿気」なんてモノは微塵も感じない空だった。絵というのは、それが描かれた場所で見ると、なるほどこの空や光があったからああいうふうな色になったのだと合点するものだが、マドリッドの光(とその光が作る室内の陰)があったからこそのエル・グレコでありベラスケスでありゴヤなのだと思った。で、今回の「プラド美術館展」は梅雨時のニッポン、上野の都美館。しかも朝からずーっと雨。そんな中入場した満員の館内での鑑賞になったわけで、これはこれでおもしろかったのだけど、どうも食べあわせの悪いモノを一緒に食べてしまったような、異質な感覚がずーっとついてまわった。どうもねぇ、乾いた空気の中のプラド美術館の真紅の壁とその上にのせても充分対抗できる絵の取り合わせを過去に観てしまっているだけに、今回の湿気た美術館の水色やベージュの薄い色味の壁の色がそぐわないというか、まるで血のニオイのするジビエ料理とそうめんを一緒に食べているような感じというか...(我ながら情けない喩えだ)。そんな中でも印象に残ったのはベラスケスの「道化ディエゴ・デ・アセド、エル・プリモ」、スルバランの「ボデゴン」、ゴヤの「魔女の飛翔」。特にベラスケスは私がハプスブルグ一族に興味があったこともあり、おぼろげながら描かれた人物の背景に思い当たるところもあり、また一族の遺伝子の特徴である「アゴが長い」も確認できたので、楽しかった。
帰りに芸大のショップで遊び、小さな石膏像が入ったガチャガチャを出して喜ぶ。そのまま鴬谷まで歩き、電車に乗って夕食は銀座の石焼釜のある小さなピザ屋で。やっぱりプラド美術館のあとはマルゲリータかな、と。
2006/6/5(月)15:56
土曜日はカッパ橋まで遊びに行く。厨房器具のお店ではシャベルのような中華のお玉、人が煮れそうな大きな寸胴鍋などに驚き、食材屋ではディ・チェコ5キロ(1800円)とかクックドゥー50人前とかに足をとめる。エージレスを売る店、看板や食品サンプルを扱う店など面白すぎる町だが、自分ちの台所の広さと自分の料理の腕前を考えるとどうも買う勇気までは出なかった。結局カレーのレトルトを多品種購入し、あとはディチェコのフェデリーニの500グラムと潮洲麻辣油とアンチョビと旭松のお得用高野豆腐を買う。それにしても、カレーのレトルトっていろいろあるんですねぇ。ジャワにマレーシアにタイにタヒチにキーマに南インド風に北欧風にパンジャブ(どこだよ?)風まで。食べ比べするためにごっそり買って帰宅。
翌日は砂町銀座で大根3本50円、レモン5個100円、そら豆ひと籠200円、大葉50枚150円合計500円で大根サラダを大量につくる。そら豆は知人から聞いた美味しそうな食べ方(サヤのままグリルで焼く)を私が勘違いして全部むいてから焼いたので、イマイチだった。これは次回にリベンジせねば。大根をスライサーでスライスしているとき、勢い余って自分の右手の薬指の先までスライスしてしまい、負傷。なかなか血が止まらずキーボードがうちにくいったら。
2006/6/2(金)13:24
水無月。
昨日は来月の大学のSDC総会の打合せで表参道へ。会場に卒業生の中からプロで仕事をしている人たちの作品を展示するという企画らしい。同窓だったNくん、Sくん、Yくんの他、作家の人も複数。会場の下見のあと、papasでお茶。のびやかな絵をかく後輩のひとたちに刺戟をもらう。
2006/5/29(月)12:58
週末の土曜日は霧雨の中、京橋の画廊へ。現代版画の人の作品などを見る。夕食は東京駅の地下街にある居酒屋で。京都の蔵元が出している店らしく、お酒はもとよりオヤジ系の肴がうまかった。女房を質屋に入れてでも・・・の初ガツオのタタキ、お通しのアオサとキュウリの酢の物など。日曜は仕事で、夕方から砂町銀座へ出て夕食の買い出し。八百屋の店先に新ジャガや青梅が並びだした。魚屋でイワシの新鮮なのが安かったので大葉とショウガとネギでタタキにする。あとマグロのカルパッチョと豆腐と水菜とアボガドとミョウガのサラダを混ぜて。(豆腐屋で木綿をひとつ買ったら「おまけ」と言ってもう一丁つけてくれた。)あと新ジャガでフライドポテト、二週間以上前から漬かっているシャケの粕漬けでご飯。
2006/5/28(日)20:13
先週は新しい仕事の打ち合わせが二件ほどあり外出。そして金曜日の夜は近所のティアラ江東に藤原正彦さんの講演会があったので、散歩しがてら聴きにゆく。そう、あの「国家の品格」の著者。神保町の本屋で配っていた聴講券を人づてにもらったので。実は200万部も売れたあの本、わたくしは未読。内容も知らない。ご近所じゃなかったら絶対行ってない。しかもタダだし。
会場は平日の夕方だけに、ジジババ率が高く一階はほぼ満席。両隣りをよくしゃべるオバサン二人組に挟まれ、新潮社が配っていた出版物目録セット(単行本、文庫、CD)に目を通しつつ、開演を待つ。ベージュのスーツで登場した藤原さんは最初の挨拶で「『国家の品格』を書いている作者が、こんな品格のない顔ですみません」というようなことを仰って笑いをとっていた。ふむ。
本は未読ながら、講演を聴く限り、藤原さんの仰っていることは、しごく当たり前なことに聞えた。小学校からの英語教育の無意味さなどは共感。武士道精神にしても、卑怯なことはしない、弱いものは助ける、など、人としてあたりまえなことを言っているだけだし。それよりも興味深かったのはこういう当たり前のことが書かれている「国家の品格」がいま、200万部も売れる時代なのだ、ということ。会場を埋め尽くすジイサンバアサン、私も含めて、このヒトの発言に「ふむふむ」と頷いている人たちがつくってきたのがこういう時代なのだ、ということ。
2006/5/23(火)20:02
先週の火曜日に東京へ戻る。そして昨日の夜、ここ二ヶ月間ほど抱えていた仕事の納品がやっとこ終了。はー、長かった。ワタクシ的にはチャレンジャーな、このお仕事は来月中旬にお知らせできると思います。
2006/5/14(日)23:37
前回のメモ「ブリジストン」じゃなくて「ブリヂストン」だとのご指摘が。す、すみません。
昨日は一日ゆっくりだらだらと猫のように過ごす。ブチが腹の上にのぼってきて香箱を作って眠りはじめたのもそのままにこちらも昼寝。仕事をいっさいしなかった日。こんなのはずいぶん久しぶり。そして今日、日曜からはザクザクと仕事。(何か間違っているよな..)
少し前に出た本。こんなお仕事もやってます。(中身も)
2006/5/10(水)13:16
またもやご無沙汰してしまいました。生きてます。ほぼ仕事だったゴールデンウィークも終了。昨日の夜から衣替えのため京都に帰京中。一月ぶりに見る実家の庭は木々の緑がいっきに育ち、湿度も高くてまるでジャングルのよう。ブチはすっかり母になつき、私の顔を見ても特に喜びもせず、淡々と日常業務をこなしているふう。
さてG.W中、わたしは何をしていたのかと言えば、ほとんど仕事。休み明け納期の仕事が重なっていたためで、それでも3日は銀座から歩いて京橋のブリジストン美術館に「雪舟からポロックまで」を観に行った。青木繁の「わだつみのいろこの宮」「海の幸」に再会し、藤田の静物画などを観る。ルオーの絵もよかった。(この美術館の中で一枚もらうとしたら、私は絶対ルオーの絵。(←1人で決めてどうする))ブリジストン美術館は所蔵品もいいけれどハコ自体もなかなかで、一企業の正しいお金の使い方を見た気がした。5日の夜は新橋演舞場で歌舞伎。吉右衛門の石川五右衛門。前に観た「弁慶」もそうだったけど、吉右衛門は大きな顔の役がぴったりの役者だなぁ。声もいい。低音で乾いていて、大きくないのによく通る。また他の演目の福助、亀治郎の女形もよかった。のち、築地の場外でうどんの晩ご飯。麺はともかく、穴子やエビの天ぷらが美味しかった。ところで、最近「さくら水産」や「魚河岸日本一」など、お安いお魚系のチェーン店にハマりつつある、やはり私はオジサン化しているのかも。
メールの返信、またもや遅れております。(汗)
2006/5/1(月)22:16
連休の合間。私は仕事。その合間に土曜日は人形町を散歩など。浜町から甘酒横町とやらを歩いて水天宮まで。
そして昨日はどうしても気分転換をしたくなり、檜原村再び。今度は数馬の方へ出て、都民の森へ。標高1500メートルの三頭山の山頂まで登り、ブナの山をひたすら歩く。苔におおわれた倒木が渓流沿いに何本も横たわっている様は「もののけ姫」の世界。そこからまた新しい芽が芽吹いていたりもしている。ちょうど芽吹きの季節で、大量に積もっている落葉の上、丸裸の木々の枝を通した陽の光に向かい、ツッヤツヤの低木の新芽があちこち芽吹いていた。新芽というのはどんな植物でも透明感があって美しく、暴力的だ。神様が造形した多種多様の植物を見ていると、自分の描く絵の小ささに辟易としてしまう。かなわないと思ってしまう。私が絵にしなくたっていいじゃないか、と思ってしまう。そんなことを考えながら、今日はずっと仕事の絵を描いていた。
2006/4/26(水)22:41
一昨日は銀座で打ち合わせ。久しぶりにイトー屋などを覗いたら、モノの多さに目まいがした。昨日は家で仕事。夕方、魚を買いに砂町銀座へ出かける。少し前に大吟醸の酒かすをもらい、佐野みそのみりんと合わせ、がんばって粕床を作ったので。
最近盆栽づいている私のところに「カナシデ」と「トガクシショウマ」の鉢植えがやってきた。「カナシデ」の方は檜原村に行った折、山の中で見かけた葉がとても美しい木で、大きめの鉢に5本並んで生い茂る姿はちょっとした「林」の風情。「トガクシショウマ」の方は絶滅危惧種に指定されているらしく、どちらも知人がタキイのバーゲンで見つけて持ってきてくれた。感謝。で、今日は朝から梅の寄せ植えの植えかえなどをする。仕事がヒマなのではなく全く逆で、けっこう忙しいからこそこういう気分転換が必要なのだ。ときどき隣の猫のツナが様子を見にきた。ノラの「フク」も遠目に近寄ってきて、ツナと睨み合っていた。
2006/4/24(月)12:35
先週の土曜日は檜原村に出かけた。
中央線と青梅線と五日市線を乗り継いで、自宅から2時間で武蔵五日市駅に到着したのは11時半。そこからバスで30分。中央線の窓から見た植生は、西にゆくにつれどんどん広葉樹の多い武蔵野らしくなってゆき、いろんな木々の芽吹きが美しい。檜原村へ向うバスから見た民家がどれも開放的で明るいなぁ、と思っていたら、塀で囲われている家がほとんどないことに気付く。家の裏の山に続く斜面には手入れされた畑がゆるゆるとはりついて、緑のパッチワークの中に、ときどき満開の枝垂れ櫻がこぼれるように咲いている風景は、どこか桃源郷の趣き。京都や滋賀の山里の土着系の田舎とは違い、都会的に洗練された自然豊かな田舎、庭仕事や木工作業の大好きな人たちがいっぱい住んでいるような、平和な日本版ムーミン谷、というかんじ。(わかる?)天然記念物の神戸岩のふもとで、自分で作った弁当を広げ昼食。のち、払沢の滝まで歩き、滝壺のすぐフチの岩までおりて、水際に座り込みつつマイナスイオンを浴びる。あぁ、ココロの栄養。(さいきん、ちょっとササクレてましたの。)
帰りは役場前まで歩き、そこからバスで五日市駅に戻り、駅前の居酒屋で食事。再び中央線で神田まで戻ったのは21時半頃で、まだ早いとそのまま小川町まで出て街をさまよい、結局どこへも寄らずに地下鉄に乗って帰宅したのは23時過ぎ。これだけ歩いてもあまり疲れなかったのは、先日の「比叡のぼり」のおかげかも。
2006/4/19(木)23:23
きょうの天気は荒れのち晴れ。
夕方から神保町で打ち合わせ。東京に来てから神保町でばかり打ち合わせしてるような気が...。終わってからタキイに寄ったら改装前のバーゲンをしていて、出来心で「香丁木」という盆栽を買う。根元の土盛が小山のように小高くコケで覆われていてまるで「山」。木そのものよりも、この「山」に惹かれて。えぇやっぱり私は山が見えると安心する京都人。
先日のバレエのこと。演目はベジャールの「ペトルーシュカ」「ギリシャの踊り」「ボレロ」。「ペト〜」はディアギレフのフォーキン版の方が「ロシアの縁日」を具体的に舞台上に再現していたので、素朴でカラフルで具体的な舞台装置によって舞台全体が「あったかい」感じだったのだけど、ベジャール版は色もオレンジ系とブルーの対比のみ、衣装もシンプルで、象徴的な装置(鏡や仮面など)だけで構成されていて、コンセプトはわかるんだけど、体感温度が低いというか、観ていてワクワクしなかった。切り口はわかるんだけどチト「頭でっかち」な感じで、オバチャン的にはイマイチ。「ギリシャの踊り」は群舞の中、ソロの首藤くんが、後ろ姿でただ立っているだけなのに際立っていたのが印象的。上野水香サンによる「ボレロ」はジョルジュ・ドン版しか知らなかったので、女性が踊ること自体が新鮮だったのだけど、そもそもこの踊りは女性の踊り子のための振り付けだったんですねぇ。サラサラの髪が動きに合わせて揺れて、効果的。終わった後、同行してくれたYさんと上野の過門香で遅めの夕食。
2006/4/19(水)13:48
毎年この頃になると「私の絵はこのままではイカン病」に取り付かれるのだけど、今年もそう。うーん、出口はどこだろ。
先日メモの続き。日曜日は夕方から「佐野みそ」再び。こんどは糀みそを買う。帰りに亀戸駅の「亀戸ぎょうざ」に寄ったところ売り切れだったので西大島まで帰り、駅前にできたモツ屋を覗いたら、ここもやっぱり売り切れだった。でもお店の兄さんが「味見してってよ」と言ってくれたので立ったまま路上で味見。「こっちも食べて」と醤油味の煮込みももらい、どちらもとっても美味しかったので、こんどは早めに来てみよう。
結局大島駅前の「えびす」という居酒屋に。年代モノの「コの字型」カウンターにテレビの音、壁一面のメニュー、年配のオジさんのひとり客ばかりが5,6人。カウンターの中にはモンロー似の濃い化粧の60才くらいのおかみさん。きんぴらごぼうとヒジキと自家製のラッキョウ漬とシューマイと野菜の天ぷらとナスと豚肉の味噌炒めをとる。あったかいウーロン茶を注文したら缶のまま「熱燗」にしてくれた。卵焼きを追加注文したらモンローさんに「お砂糖は?」と聞かれたのでどうしようかと考えていると「少ししましょうか」と言って、奥に向って「卵焼き、砂糖すこし」と注文を通した。奥では枯れたようなジイサンが調理場担当で、たぶんモンローさんの旦那さんなのだろうと想像。テレビの音をBGMに、だらだらとオジさんたちがおかみさんと話すのを聞きながらモクモク食べていると自分までオジサンになった気分。朝から商店街の八百屋なんかで働いて、1日の仕事が終わり、今日の稼ぎをいくらか持ってモンローさんに会いにくる、というふうな。
バレエの感想はまた次回。
2006/4/17(月)14:00
土曜日は近美に藤田嗣治展を観に行った。
「好き嫌い」を凌駕して「凄い画家」だったことがよくわかった。何というか、とにかく絵がうまい。(字にすると陳腐な表現だけど)木製の机、金属のやかん、陶製の茶碗、灰皿の中のマッチの燃えカス、裁縫道具のヘラ、食事のあとの汚れた食器、筆を拭いた汚れた布、etc、もうとにかく描けることが当たり前で、「目に入るモノ何でも描いちゃうんだもんね、ボク。」的に画面にバラまかれたモティーフたちの異様な存在感。才能が炸裂している感じ。戦争画なんかを観ていると、写実的な風景画も「チョロイ」感じで、それだけ描けちゃう人だったからこそ、逆に普通に写実を描くことがつまんなかったんだろうなと想像。合成されたような画面に配されたマネキンのような少女たちは、体温が低そうで性格も悪そうなんだけど、どうしても抗えない魅力があって「おそれいりました」と全面降伏。また、動物の絵もメチャクチャ良かった。以前から藤田の猫は大好きだったのだけど、猫に限らず犬もウサギもヒツジも、引っ掻かれると痛そうなツメを持つ手足をしていて、目にもちゃんと悪魔が宿り、なおかつ毛並みはフワフワで、暴力性も含め、ちゃんと「獣/ケモノ」を感じさせる魅力があった。(うーむ。フジタの猫の絵がほしい。)入場者数もハンパではなく凄い人出だったけど、この展覧会はお勧めです。東京のあとは京都でも開催されるそうなので、人の少ない京都でもう一度観るのもいいかも。
して、そのあとは恒例の神保町の「いもや」で食事。しかし今回は天ぷらではなく白山通り沿いにあるトンカツの方の店で。ロースのトンカツ&山盛りのキャベツの千切り&シジミ汁とゴハンで600円。トンカツ屋的に特別美味しい店というのではないけれど、やっぱり揚げ立てのトンカツはどうやったって美味しい。お店の雰囲気もオジサン仕様なのでなごむ。のちアキバのヨドバシに寄って、遊んで帰る。最近このパターンが多い。以下次号。
2006/4/14(金)14:21
たんたんと仕事を片付ける日々。
家のベランダから見えるすぐ前の道が八重桜の並木だった。濃いピンクの重たそうな花がいっせいに咲き始めて初めて気付いた。きょうはこれから上野まで「ベジャール・プロ」を観にゆく予定。
メールの返信、遅れております。(スミマセン)
2006/4/9(日)19:41
久々のメモ。
先週の木曜日は大学の新入生オリエンテーションで比叡山に登山。朝8時45分に大学に集合し、修学院から徒歩で約3時間の山登り。「ヒエイノボリ」のノボリをはためかせつつ、人1人が歩ける幅の山道を約100人での行軍。ほぼ最後尾につき、ずるずると登る。こういう時は、日頃の運動不足を痛感しますね。へーこら登る私達に新入生の女の子が「先生、この企画、失敗ですやん。」の声。そんなモノは聞こえないフリで、休憩しつつ、昼過ぎに山頂にボロボロになって到達。自力で琵琶湖が見られるのは、やはり感動です。そのままバスで大学の施設の「叡山閣」まで行き、そこで昼食&オリテ。昼食はカレーの食べ放題で、身体を動かしたあとだけに大盛りがペロリとお腹におさまって。施設のベランダから京都市内と琵琶湖と大原の里がぐるりと見渡せる視界は感動モノだった。
次の日は朝から仕事をひとつ片付け、昼過ぎの新幹線で東京に戻る。夕方から先日出版された「うつにサヨナラ」の打上げが神楽坂で。著者の濱田先生、小学館の編集長、ライター、ディレクター諸氏と「神楽坂でご飯」デビュー。なかなかディープな世界を垣間見る。
翌日は別の仕事で丸ビルにて熊本大学医学薬学部のA先生と編集のM氏を介しての顔合わせ。去年の秋「はじめまして数学」を見て「あたってくだけろ」精神で、打診してきて下さった方。こちらもおもしろい本が作れれば..。
そして今日は東京バレエ団の「ベジャール=ディアギレフ」の「ディアギレフ・プロ」を観に。何の予備知識もないまま出向いたのだけれど、なかなかおもしろかった。約百年前のロシアの「プロデューサー」による「前衛芸術」。ピカソやマティス、コクトーやストラヴィンスキーやサティなどもそれぞれの才能で参加したことのあるディアギレフの「ロシアバレエ団」の舞台の再現らしい。贅沢なコトをして遊んでいた人たちがいたのだなぁ。そして今週末は「ベジャール・プロ」の方も観る予定。約60年経った「ペトリューシュカ」がディアギレフ版とどう違うのかが楽しみどころのよう。バレエは初心者なりに、首藤くんというのが存在感のあるダンサーだというのがわかった。ふむ。帰りに再び「佐野みそ」に寄り、オバサンアイテムを補充。
2006/4/1(土)22:25
昨日の夕方、再び千鳥が淵へ。ほぼ満開の桜。これを見てみたかったのだよ。なんというか、不思議な光景だった。あれだけの量の桜が一気に咲いていて、視界に人が全くいない...。いえ、見物人はとても多いのだけど、北の丸公園方向を見た時、視界にあるのは一面の桜とその下の緑と菜の花とお堀の水とそこに浮かぶ水鳥だけ。それが大都会の真中に忽然と現れるわけですね。なんというか、まるで自然物だけで構成された、巨大な人工物をみているような景色。こちらの岸では桜の大きな枝が、お堀に向かって次から次に落ちるように伸びていて歩いているとお堀に吸い込まれそうだし、その合間から見える向こう岸も、更に細かい桜色の「点描」で「こっち側」と「あっち側」、同時に眺めると、距離感のない数学的フラクタクル空間に放り込まれたような妙な感じ。桜自体の美しさというよりも、その空間自体に感動。こういう景色だったのね。
で、その夕刻の新幹線で京都に戻り、今日4月1日は大学の入学式のあと、今度は高瀬川沿いの桜を見る。京都の方が寒いのか、まだ二分咲き程度。まさにもう「こぼれそう」な感じのたわわな蕾が、木屋町の居酒屋街の灯がゆるゆる灯る通りに、ゆらゆらと陽炎のように行列していて、これはこれで不思議に色っぽい風景でした。
2006/3/29(水)23:03
えぇと、遅くなりましたが、毎日新聞の「ねこ論学」、先日の26日をで1年間の連載を終了しました。読んで下さったみなさま、どうもありがとうございました。全50回。これ、単行本にならないかなぁ。
それと、新しい本のお知らせ。小学館のホームメデイカシリーズ「うつにサヨナラ」まるごと一冊描いてます。表紙は違う人ですが。(シリーズで揃えているらしく)
2006/3/28(火)12:36
日曜日は目黒の庭園美術館へ宇治山哲平の展覧会を見にゆく。「ハッピーモダン」のキャッチコピーそのまんまのシンプルなかたちとカラフルな色彩の抽象画。こんなひとがいたのだねぇ、と。印刷物ではわからないけれど、ざらっとした画面の肌は油絵の具に水晶や石英の粉末を混ぜたモノらしく、質感は油絵というよりも壁。その質感に辿り着くまでの過渡期の抽象画(40歳頃)は、似たような抽象画でも普通の油絵の質感で、まだ作家としてもどこか迷って探しているふう。それが「壁」の質感を手にいれたとたん、はじけたように楽しんで描いているのがわかる。アンシンメトリーから晩年はシンメトリーになり、最後は「曼陀羅」に行き着く変遷も興味深かった。抽象画の中に「宇宙」を見ていたひとなのね。特にインスパイアされる画家ではないけれど、自分のスタイルをずっと迷い無く描き続けられた人、ということに勇気をもらった。それと七歳の時のライオンや馬など、動物の絵は必見です。子供がこんな絵を描いているのを見たら、さぞかしまわりの大人は仰天したろうなと思うし、ほぼ百年前の大分の田舎でそんなわが子に画家になることを許したお父さんというのも偉いな、と。
展覧会の前に散策した庭園は櫻の花もちらほら、でお散歩するのに気持ち良かった。夕食は美術館の向いにある炭火焼きのお店で。アボガドとお豆腐とマグロのサラダ、水菜とつみれの鍋、串焼き、ガーリックライスなどがセットになったコースをいただく。お値段のわりに充実満足。
帰り、三田線で神保町まで出たとき、思いつきで下車し再び千鳥が淵へ。二日前よりずいぶん咲いていて「二分咲き」くらいかなぁ、と思っていたら、むこうからきた年配のオバサンが「六分咲きだわねぇ」。ふむ。のち、再び新宿線の住吉で下車。猿江恩賜公園にも寄る。横十間川沿いの櫻はほぼ八分咲きくらいだった。夜桜は満喫したのでそろそろ青空の下でも見たいものだわ、と思い...。
翌日月曜日はお昼に再び猿江恩賜公園に。(はい、ヒマです。)近くのモスバーガーでお昼のマスタードチキンバーガーとウーロン茶を仕入れ、昨日見た川沿いのイスにひとり座って櫻を見上げる。あぁ、春。
2006/3/27(月)19:00
恒例の週末食べ物&展覧会ネタ。
土曜日は夕食に近所の「亀戸ぎょうざ」大島店に行く。以前、乗ったタクシーの中年の運転手さんが「わたしの楽しみは週末の亀戸餃子だけです」と話していたので気になっていた。カウンターに座り、餃子を二人前とレバニラ炒めとご飯を注文。つきだしのモヤシ炒めがハっとするほどシャッキシャキでうまかった。餃子はキャベツ多めであっさり味、二人前なぞ軽い軽い。レバニラ炒めもおいしく、コストパフォーマンス的にも嬉しい店かも。でも「これだけが週末の楽しみ」といえるほどかどうか、は???だった。
お腹もいっぱいになったので、菊川のハナマサに行こうと歩き出し、住吉を過ぎたところで道沿いにこじんまりした洋食屋を発見。カウンターが6席だけの店で、ひとり客らしいひとが複数。蛍光灯の白い光のなか、飾り気のない店内には使い込まれたフライパンが雑然とぶら下がり、マスターらしい白髪頭のオジサンと奥さんが忙しそうに働いている。「美味しい洋食屋」のニオイがぷんぷん。店の前の「カキフライ950円」の文字が書かれた黒板に抗えず、店に入ってしまう。ちゃんとダシをとったお味噌汁と揚げ立てのカキフライとサラダとご飯。常連さんが店のひとと話すのを聞きながら、黙々お箸を動かし、結局ペロリと平らげてしまう。ご飯の量を少なめにしてもらったとき「小食なんですね」と奥さん。いえいえ、わたくしその前に餃子定食&レバニラ食べてますの、とも言えず(苦笑)。いやぁ、しかし旨かった。2食分食べ、いよいよ運動しなけば、とハナマサの帰りも歩きで。以下次号。
2006/3/25(土)13:27
長谷川潔の展覧会について書けなかったので、このへんで。
モノクロ、それも「銅版画」という手法で表現することについて。作品が仕上がる前に踏まねばならないたくさんの行程を経ることで、画家の勢いとか情熱とかが客体化されてゆくのか、静かで乾いた印象の絵。針の先にモノを置くように注意深く配置にこだわった場面は、冷静で静かで緊張していた。おもしろかったのは、油絵で描かれた風景画。モノクロの世界にいたひとが、あきらかに絵の具の色に「困惑している」感じがした。もちろんうまい絵ではあるのだけれど、どこか塗り絵のような感じで、その他デッサンもスケッチも、銅版画で生み出した作品の持つ突き抜けたような神秘的な魅力はなく、作家としては描きたかったのかもしれないけれど、見る側としてはイマイチな印象だったことがおもしろかった。
さて、木曜日の夜に東京に戻る。そして昨日は表参道に「浅葉克巳 山本容子 タナカカツキ三人展」を観にゆく。お三方とも来年度からの大学の客員講師の方々で、浅葉さんのポスターは「文字」と「形」の強さが気持ち良く、山本容子さんの版画はのびやかで自由な線と美しい色が魅力的。タナカカツキさんの映像はやっぱりわけがわかんないのに、目が離せなかった。不思議だ。この展覧会を「撒き餌」にして、同じ会場の上のフロアで、学生たちの作品プレゼンテーションをやっていた。集団就職活動みたいなモノで、大学側が夜行バスを用意。イラストレーターの私は邪魔でしかないので、寄るつもりはなかったのに事務の人に見つかってしまい、恐縮しつつ会場に入る。学生たちにつかまってそれぞれの作品を見ていたらお昼を食べ損ね、そのまま次の打ち合わせの神保町へ移動。二時間ほどの打ち合わせののち、知人と待ち合わせて千鳥が淵の櫻を見にゆく。まだ0.1分咲き、といったところだったけど、夕刻の曇った空を背景にした、こぼれそうな蕾の枝の重なりは怪しく見ごたえがあった。のち「いもや」で天ぷら、知人はそのまま仕事に戻り、私は荷物を受け取るために急いで帰宅。
2006/3/22(水)10:27
しばらく人にまみれた。
18日は大学のT先生の退任記念を兼ね、表参道でデザイン科の大同窓会。誰が来ているのかよく知らないまま会場に入ったら、大学時代の走馬灯を見るように知人、友人たちにうじゃうじゃと出会う。先生のゼミの教え子は32年間で350人ほど。うち180人以上のひとが集まったらしく、中には北海道から駆けつけた人もいたとか。4次会まで行った時点で終電ギリだったので抜け出して帰宅。あとできけば結局朝まで続いたらし。去年の教え子も数人きていて、彼らと私の同窓たちが同じテーブルで話をする姿が不思議でもあった。
そして昨日の春分の日は大学の卒業式。職員ゾーンに座ったら(あたりまえだが)まわりが先生ばっかりで非常に居心地悪かった。なんなのだ、この「浮き世離れ感」は..。式自体は別に感動することなく、淡々と終了。3時からゼミの歓送会があるそうなので、空いた時間イノダでひとりコ−ヒ−ブレイク。隣の席の3才と5才くらいの子供連れの親子が、ビーフカツサンドやクラブハウスサンド、ハンバーグサンド、スパゲッティ、ジュース、コーヒーを人数分頼んでいた。9000円近いイノダランチということか。すごいヒトもいるもんだ、と感心しつつ、二次会の会場の二条木屋町の「がんこ」に移動。食事のあと、大岩サンの庭で記念撮影したりする。のち、先生二人と生徒たち計12人で三条の居酒屋に流れ、夜10時まで。未だ進路の決まらない生徒のことを心配し、真剣にコワイ顔でアドバイスする先生の親心。学生時代、先生に作品について批判され、落ち込んだこともあった私としては、半泣きの彼女の顔が自分と重なり、じーんとしちまいました。先生を自宅前まで送ったあと、最後は三条河原町の交差点で学生たちと解散。
T先生にとって最後の教え子で、私にとっては最初の教え子。T先生と彼らと、どちらもの節目に立ち会えたことが嬉しくて。
2006/3/16(木)12:09
昨日は大磯に海を見にゆく。お弁当を食べたかったので、東京駅から東海道線のグリーン車で、二階の窓から車窓の景色を眺めつつ少しだけ贅沢気分。1時間少しで大磯に到着。駅前の観光案内所で地図をもらって海まで歩く。徒歩7分くらいでいきなり大平洋。いやぁ、水平線。(あたりまえ)大磯海岸でサーファーがサーフボードにのりながら波を待っているのを眺めつつ、人の少ない浜辺に座り、足下の砂利を何気なく見たら、きれいな緑色の石が・・・。近所を見渡すと、他にもきれいな肌のいろんな色の石がゴロゴロ。碁石並みになめらかなものも。波が荒いので角がとれるのか、細かいのも砂ではなくてちゃんと砂利で、さわっていると気持ちいい。ついハマってしまい持参していたクリアファイルにどんどこ石と砂利を入れているうちにかなり重くなる。そのまま「こゆるぎの浜」までずるずる移動。そこでもまた石を拾い続け、結局海を見ているよりも地面を見ている時間の方が長かった。何してんだ、わたし。そのかえり。国道に出たところに豪邸を発見。地図で見れば、このあたりは明治のことからお金持ちの別荘地帯だったらしく、岩崎邸、三井、吉田茂なんかの別荘がずらりとあったらしい。ふむ。湘南ナンバーのクラシカルな外車を複数見かけたのは、そういうコトだったのか。島崎藤村の墓をマーキングし、干物屋でカマスとアジの干物を買い、石と砂利と新聞紙にくるまれた干物を持って再び東海道線グリ−ン車で帰宅。カマスは身がホクホクで美味だった。石の中にパウルクレーの描く天使の顔の石をひとつ見つけた。ちょっとリフレッシュ。
2006/3/14(火)14:34
あまりメールマガジンというのは読まないヒトなんだけど、馨歩さんの「猫のおきて」はおもしろくて数年前から購読していた。「猫は人の足を踏みながら通る。猫が膝に来るとトイレに行きたくなる。などなど、どういうわけでだか猫たちが決まってする行動の数々。〜後略」で始る記事は、毎回「猫たわけ=猫キチ」には「ツボ」な内容で、世界の片隅でこっそり猫を飼っている、わたしのような孤独な飼い主(おおげさ?)にとって、「おぉ、おたくの猫もそうでしたか」と連帯感が感じられて、一読者としてこっそりニンマリ楽しんでいた。そんな「猫おき」の、昨日配信されたモノに以下の記事を発見。「・・そういえばこれも、ものの本で読んだのだが、「ねこ」というのは「ねずみ」を捕るからという俗説から、「へび」を捕るのは「へこ」、「とかげ」をとるのは「とこ」という俗称もあったそうな。〜中略〜「ねこ、へこ、とこ」の話を読んだのは、はて、どの「ものの本」、いや「猫の本」だったか記憶が定かでないのです。お心当りの方、どうかご教示くださいませ。・・・」そう、これは加藤由子さんとの「きょうも猫日和」の表4オビ、そして本文10月22日の「平安遷都の日」にしーっかり書いてある。もちろん加藤さんも他の文献を参考にされているとは思うけれど、これはちょっと教えてさしあげねば、と、勇気を出して馨歩さんにメールを出したところ、さっそくお礼のメールをいただく。
馨歩さんは私のイラストは既にご存知だったらしく、でも「猫日和」はご存知なかったとのこと。(実日さん、こういう人にこそ、しっかり営業をしてくださいよぅ。)さっそく読んで下さるとの嬉しいご返事と共に、先日私がメモに書いた「菱田春草」の「柿に猫」について、昔それを「作った」とのことでその画像を送って下さった。笑えます。ちっちゃな黒猫は手作り、柿は老爺柿という品種で本物だとか。
「猫おき」は「まぐまぐBooksアワード」で佳作を受賞されているらしい。ファンが多い馨歩さんの文章もとーてもおもしろいので、彼女のサイト「盆猫」の方もぜひ。
2006/3/13(月)10:44
先週末。
金曜日は亀戸の佐野みそに行った。前から知人に聞いていたけれど、全国のうまいモノが集合したようなお店で、味噌を買いに行っただけなのに、葉唐辛子の佃煮と味噌漬用の西京味噌と味噌ピーナッツと味噌そばぼうろを買って帰る。他にも地元の小松菜の漬け物とか味噌パンとか、かなり心揺れるアイテムが充実。オバサン心をくすぐるお店だったのでまた行こう。土曜日は横十間川のほとりを歩いて猿江恩賜公園へお散歩。帰りに砂町銀座に寄って惣菜をいろいろ買って帰る。焼き鳥屋のモツ煮込みが美味しかった。日曜日は横浜美術館へ長谷川潔展へ。(これについては次回)帰りに中華街で夕御飯&翠香苑でお菓子を、鴻昌で叉焼を買って帰宅。総武快速線をつかうと横浜へも1時間ちょっとで行けることを発見。同じ電車で逗子から銚子まで行けるので、もっと暖かくなったら海を見に行くのもいいかも。
それにしても食べ物ばかりのネタだ...。
2006/3/8(水)14:35
うららかな日。ベランダでブチが前脚を投げ出して気持ち良さそうに寝ている。梅も満開。李や花梨も芽吹き出した。洗濯物をしたり、掃除機をかけたりといった、ごく普通の家事ができたのは久しぶりかも。きょうは夕方から東京に戻る。
2006/3/7(火)16:00
昨日で二次試験も終了。採点も(わたしたちが関与する部分は)終了。
大学でイラスト(&ビジュアルデザイン)を教える意味についてしばし考察。思えば、私の在学中、実践的なことは大学では何ひとつ教えてもらわなかった。三角定規の使い方、ロットリングの引き方すらも、就職した先のデザイン事務所で呆れられながら先輩に教えてもらった。では、大学で4年間、わたしは何をしていたのであろうか...。
頭でっかちなまま、ぼーっとしていただけ、のような気がする。好きなことをするだけの充分な時間があったはずなのに、無為に過ごすサル的に贅沢な季節。唯一、卒業前に行った東欧旅行だけが鮮烈に記憶に残る。ベルリンの壁が崩れる前のブタペスト。共産圏の不自由で埃っぽい世界。ユダヤ教の墓地、学生の分際で金持ちのためのホテルに連泊している自分。西側に移動したら紙くず同然の使い切れない高額な札束を握り、湯水のようにタクシーを使って移動し、買いたいものが何ひとつ見つからない野暮ったい繁華街のデパートを彷徨う。そんな共産主義の「失敗オーラ」がただよう街に前世紀末に建てられた、宝石のように美しい装飾過剰の世紀末建築群。政治と宗教と日常、ぜんぶが一緒くたになって、私の中でガラリと何かのチャンネルが切り替わった。「デザインの源流を訪ねて」と銘打たれたあの旅に出ていなければ、たぶんいまの私はなかったと思う。良い意味でも、悪い意味でも。あの旅に連れてってくれたT先生が私を大学職に招いてくれた。先生は今年度で退官される。T先生が言う「専門学校とはちゃいますよ」という言葉の意味を、私はこれから考え続けるんだろう。
2006/3/5(日)10:00
昨日は昼から大学で新任の先生たちの顔合わせのためのミーテング。前途は多難。でも、おもしろそうな人たちと一緒に仕事ができることは楽しい。最後にT先生がシャンパンを用意してくれて100均のワイングラスで乾杯。帰りに三条の明治屋で文春のチラシのネタを探す。帰宅後、ブチと少し遊んでから3時まで仕事。今日から二日間は二次試験の採点。
2006/3/2(木)13:36
結局、週明けまで腹部の不調をひきずる。病院では「腸炎かな?」との診断。Mさんからの情報では「ロタウィルス」とかが流行っているらしく、検索して調べたら自分の症状がピッタリ。どこでもらってきたんだ、こんな菌。週末もどこへもゆかず、仕事だけしておとなしく過ごしたおかげで、週明けから復活。メール下さった方、感謝です。
で、週明けにやっと10万番のキリ番を踏んで下さった「いいぶう」さんへ、約束の猫の直筆画を送ることができました。これについてはいいぶうさんがご自身のブログで公開して下さってます。いいぶぅさんの飼ってらした猫の写真を見ながら描いたのですが、気に入っていただけたようで、ヨカッタヨカッタ。
で、きのうは京都で先日出版された絵本「きりんゆらゆら」の作者、吉田道子さんと編集のHさんと夕ごはん。吉田さんが京都在住だったので、私の帰京の日に合わせてフランソワで集合。のち、木屋町の「めなみ」へ。吉田さんは好奇心いっぱいの子供のようにかわいいひとでした。編集のHさんの趣味が「昆虫」で、来週も八重山へチョウチョ採りに行かれること、ご自宅の冷蔵庫にはミヤマカラスアゲハなど、チョウチョがたくさん冷凍保管されていることを聞きつつ、チョウチョ嫌いのわたくしとしては寒イボを出しておりました。
それにしても、三月になったのに、何だ、この寒さは。
2006/2/23(木)17:49
昨日の朝から腹痛で寝込む。一昨日からお腹が不穏ではあった。重いような、はっているような...。ま、食べ過ぎだろう、くらいにタカをくくっていたら、みごとに撃沈。早朝、数分おきに差し込むような激しい胃痛に襲われて目覚め、昼前から嘔吐と下痢。横になっててもじぇんじぇん痛みはやわらがず、食欲もまったくわかず。うぅ。やむなく予定されていた夜のS氏とK氏との会食を断念(泣)。〆きり日だった仕事をひとつ片付けたあとはじーっと蒲団で丸くなっておりました。仕事のヤマ場でなかったことが、せめてもの救い。
きょうは薬のおかげで、かなり復活。いまのうちにメモを書いておこうっと。で、前号の続き。「ニューヨーク・バーグ・コレクション展」。ケタはずれの財力と教養があるオバサンが「自分の好みで日本の美術品を集めたら、こうなっちゃいました」的展覧会。もちろん、美術史的に価値のありそうなモノばかりなんだけれど、その中にも女性らしい感性で「わたし、コレ好き」と楽しそうに買い集めていったメアリーバーグさんの姿が思い浮かぶよう。中でも曾我蕭白による「石橋図」は私の「人生で一番好きな絵ベスト10」に間違いなく入りそうな可愛い絵。「可愛い」という安直な感想しか書けないのがもどかしいけれど、やっぱり「可愛い」としか表現しようのない無数の仔獅子たちが崖をワサワサと登ってゆく図。優等生になれず、ずっと黒いココロを持ち続けた曾我蕭白が、晩年に自分のなかの『白いもの』を集めて描きあげたような、ちょっと切ない愛情を感じた。あとは池大雅と蕪村のやわやわした筆跡のおおらかな南画は観ていて飽きず、酒井抱一の櫻の屏風絵は大胆な省略が気持ち良く、伊藤若沖の梅の絵は、やっぱり「病気」だった。この展覧会、お勧めです。帰りに神保町の源喜堂とタキイに寄り、タキイで先日気になっていた「日向ミズキ」の鉢を買う。のち「ボンディ」でカレー、そして小川町の「けむり」に流れる。
翌日。東京美術倶楽部の「大いなる遺産 美の伝統展」の方は、サブに「画商の百年」とある通り、おウチの壁サイズの巨匠たちの絵がひとり一点ずつ観られてお勉強になった。ここでも蕪村と池大雅の屏風絵にココロ奪われる。菱田春草の「柿に猫」の黒猫は柿の根元でオシッコしてるみたいなので「シーシー猫」と命名。帰りは新橋まで歩いて西口近くでご飯。生牡蠣と握り寿司とイワシと鶏のつみれ鍋をお腹いっぱい食べて3000円はお値打ちの新橋価格。そしてお腹的充実の二日間を終え、魔の週明けへと流れ込むのだった...。(注:わたくしの腹痛は外食が原因ではありません。)
2006/2/20(月)12:03
茨木のり子さんが亡くなったそうだ。彼女のことは、数年前に詩集「倚りかからず」で知った。そのあと彼女が書いた岩波ジュニア新書「詩のこころを読む」で、黒田三郎や新川和江らを知り、「詩」というモノは、こんなにも個人的な距離でひとの心に寄り添い、なぐさめてくれるんだとはじめて知った。それまで詩に対して「食わず嫌い」だった私の目からバリバリと鱗を落としてくれた彼女のこの本は、いまも私のいちばん大切な一冊だ。彼女の遺してくれたことばの数々が、いまも読めることがありがたい。
...しばらくメモをサボっておりました。すみません。先週は、大きめの仕事の納期が3つ重なり、かなりアクロバティックな1週間でした。ようやく山を超え、週末は展覧会をふたつほど。一つは「ニューヨーク・バーグ・コレクション展」を観に上野の都美館へ。アメリカのお金持ち、メアリー・バーグ婦人が蒐集した日本美術のコレクション展で、縄文式土器から、鎌倉や平安期の仏神像、室町や江戸の水墨画〜琳派や南画の巨匠の絵や焼物など。次の日は「大いなる遺産 美の伝統展」を観に御成門の東京美術倶楽部へ。こちらは画商の集まりの東京美術倶楽部が扱ってきた日本の名画や壺なんかががずらーり。ほぼ1作家1作品ずつで、手ごろなサイズの「巨匠」たちの絵が順番に教科書のようにずらずらっと眺められておもしろかった。それぞれの感想は次号。
2006/2/13(月)00:11
文庫本二冊のご紹介。筑摩書房からポール・ギャリコ著「ほんものの魔法使」と加藤由子さんの「ネコの気持ちを聞いてごらん」が幻冬舎文庫から。こちらはマガジンハウスの単行本のときと同様、中身にも猫絵がたくさんあります。
来週あけ〆きりが重なっているので、土日はずっと仕事。砂町銀座へ買い物に出かけた以外、ずーっとひきこもり。
2006/2/10(金)12:11
昨日は打ち合わせで神保町へ。白山通りを水道橋に向かって歩き、猿楽町へと右折したあたりは学校や小さな公園が多く、雰囲気の好きなところ。山の上ホテルからも近い。帰りに靖国通りに出てベーグルを買い、タキイに立ち寄ったら「伊予ミズキ」や「福寿草とネコヤナギ」なんかの寄せ植えがいろいろあって、ココロ奪われる。「カタクリ」と書かれた鉢には小粒の砂利のようなのが入っているだけで、本体の姿は見えず。植木を買ってもどうせ枯らすだけ、とわかっているけど、おウチにもっと植物が欲しいなぁ、と。荷物もあったので、今回は見送り。あと三省堂へ寄って帰る。
2006/2/8(水)12:41
新しい絵本の紹介です。表紙はペン画、中身は一色刷のペンと水彩を初めて。デザインは藤田知子さん。
須田国太郎さんのこと、再び。知人からの情報によれば、須田さんが一番最初に個展をしたとき、画壇からは「暗い絵」だとほとんど評価されなかった中、ただひとり彼の作品を購入したひとが、あの谷川徹三(谷川俊太郎さんのお父さん)だったこと、また司馬遼太郎さんが須田さんのことについた書いた文章「微光のなかの宇宙」に、大阪の記者時代、司馬さんが須田さんの個展の取材に行き、その時目があった須田さんが、椅子から立ち上がって両手を身体のわきにきちんと揃え、深々とお辞儀をされたこと、でも司馬さん曰く「社交の運動神経に変調をきたしていた」ため、結局言葉を交わすことなく、会場をあとにしたことなどが書かれてあることなどを聞く。また、京都の四畳半のアトリエは、息子さんの勉強部屋でもあったそうで、息子さんが受験勉強をされている後ろで、あの巨大な絵を描いてらしたこと、制作するときはいつもきちんと背広を着てらしたことなども。大学の先生という立場で制作を続けたひと、という意味で、いま須田さんにとても興味がある。
司馬さんといえば、現在「空海の風景」を読書中。こちらもとてもおもしろい。
2006/2/7(火)13:38
先週の金曜日は市立美術館に卒業制作展を観に行ったり、土曜は大学の入試採点だったり、その翌日に東京に戻って昨日はたまりまくっていた郵便や荷物の整理で忙殺。メールをいただいている方への返事もできぬまま。ホントーにすみません。
卒業制作展を観て思ったことは「持ってるヒトは最初から持ってる」。何なんでしょうね。学生っぽい拙ささえなく、気持ち良くスコンと抜けた完成度の高い作品を創ってくれちゃって。まさに「天からのギフト」をもらったような子たち。そしてデザインにしろ映像にしろ、一番大切なことは「何を伝えたいのか、が明確なこと」だと改めて。説明ナシに観る側が「!」を共有できうる作品を生み出せる才能には、心からエールを送りたいと思った。(べつに私が応援しなくてもいーんだろうけど)で、翌日の入試採点も更に若いヒトたちの作品の山に埋もれてエネルギーをもらう。
採点余談。夕御飯休憩に学食でネギトロ丼を食べていたとき、T先生が「ワサビは美味しいね。ショウガにしろ、ワサビにしろ、日本の薬味はうまいね。冷や奴なんか、あれはショウガとネギを食べるためのモノやね。豆腐なんて、本当はイランくらいやね。」と発言。続いて「イカの刺身、あれはワサビを食べるためのもの。」となり、同席したM先生が「じゃぁオムライスはケチャップを食べるための、焼そばはソースを食べるためのもの」と続け、妙に納得。確かに「味」を食べたいのかもしれん。
いま東京在住の来年就任予定の先生達は、続々と京都へ引越す段取りを進めてらっしゃるよう。私は再来年から。東京との往復生活、大丈夫かしらん。
2006/2/1(水)20:30
雨。如月になってから、しばらくあたたかい。きのう仕事の山がひとつ片付いたら、きょう次の山が動き出す。メアリーさんはほんとうに律儀。Webちくまで再び栗田有紀さんのお話に絵をつけてます。こんどは蛇口。それと今月発売の文春文庫で岸田秀さんの「幻想に生きる親子たち」にも。毎日新聞の「ねこ論学」1/25の紙面に「おもしろい」と投稿してくださった方がいたそう。(感涙)
2006/1/27(金)20:39
昨日は用事があり、大学に。品川のエキナカの「てとて」で「銀たらの西京焼き弁当」を「銀座若菜」の漬け物を実家用にそれぞれ買って新幹線に。博多行きだったので満員。3人席の窓際にもぐり込んで弁当を食べ、あとは熟睡。途中、富士山がくっきりと白かった。東京の自宅前はまだ雪が残っていたのに、京都の洛北は、ただ寒いだけだった。でも、山のある風景を見るとやはり心おちつく。東京の快晴に比べ、霞んだように輪郭のぼやけた京都の風景。大学は後期の授業もきょうまでで、来週から卒業制作展。私が学生のとき、卒展の前の晩、みなで教室で徹夜して明けた朝に先生が言ったことば〜「きょうで君らの学生生活もおしまいやで」〜そのとき以来、ずっとひとりで絵を描き続けているような気がする〜。きのう、講師の控え室から聞いた、先生が学生たちに言っていた言葉。「なんか、こう、やり遂げたっちゅう、充実感があるやろ?」卒制を終えた4回生への言葉だったのか、毎日広告賞へ参加した3回生への言葉だったのか。
久しぶりに叡山電車で帰宅。実家ではブチがすっかり親のアイドルになっていた。たった3週間いなかっただけで、京都の家がずいぶん古びてみえた。
2006/1/24(火)20:08
ところで、先週の土曜日は雪の中、東博に長谷川等伯の「松林図屏風」を観にいった。聞くところによれば、この絵は日本人が好きな日本画ナンバー1だそう。29日まで国宝室で展示されてます。小さな印刷物でしか知らなかったのだけど、思ったよりもひとまわり小さな作品で、消え入りそうに繊細な印象。霧にかすむ松林は、観ているときゅーんと胸がしめつけられるように切ない。しかし、近寄ってみると、筆つかいの存外激しいことを発見。連筆や竹の先を割った竹筆をつかい、勢いよく「がじゃがじゃ」描いてる感じがする。
15分くらいこの絵の部屋にいたのだけど、入ってくるひと、誰もが同じようにたたずみ、近寄り、離れ、ソファに腰掛け、斜から、前から、ひとりで観ていることが興味深かった。若い人も、年配の方も。
ついでに、というには余りにも充実しているのだけど、企画展の「書の至宝」も駆け足でのぞく。王義之や空海や良寛などの「達筆そろい踏み」。何が感動したかといえば、文字の美しさもさることながら、その達人の字を双鉤填墨(そうこうてんぼく=紙を上からあてて輪郭をなぞり、中を塗りつぶして写し取る技法)や拓本などで遺したひとびとの努力というか、執念というか...。あと、中国と日本の書を見比べたとき、前者が「漢字」で後者が「かな」の文化だったことが、頭ではなく眼から、じわっーとにじみ出るように理解できた。書を描く紙へのこだわりなど、繊細な感覚も日本ならでは。
で、そのあと、雪のふりしきる中、秋葉まで移動したのだけど、あいかわらず雑多な電器屋街のオタク系店舗をナナメ見しつつ、この猥雑さとあの松林屏風図を同時に好むことができる国民性は何じゃろ?と、ふと。そのまま雪の中を小川町まで徒歩で移動し、アメリカンなハンバーグを食べて帰宅。最後に、雪の中の上野公園はそれはそれはきれいでした。
2006/1/22(日)19:28
今日の昼前にカウンタが100000番を超えました。いままでご訪問下さったみなさま、ほんとうにありがとうございました。
さて、注目の100000キリ番ゲッターは「いいぷぅさん」でした。(拍手!)去年の暮れに私の自費出版本を二冊注文してくれて知り合ったひとで、前から幻冬舎の「3語脳」や実日の「きょうも猫日和」や祥伝社の「棒をくわえた猫の話」なんかもしっかり読んで下さっていたそう。いわゆる私の「ファン」という貴重な存在の方。あぁ、ありがたや、ありがたや。いいぷぅさんには直筆の猫絵を差し上げますので、お楽しみに。いいぷぅさんのブログはこちら。
で、一つ前の99999番を踏んで下さったのはイラストレーターの鹿野理恵子さんでした。(拍手)わりに画風の守備範囲が近いひとかも。今後、どこかの雑誌で共演もありそうで、これからもよろしくです。鹿野さんには「きょうも猫日和」のサイン本を差し上げますので、お楽しみに。鹿野さんのサイトはこちら。
で、残念ながら100001番を踏んで下さったのは「さとなお」さんでした。今回は「前後賞」ならぬ、「前賞」だけだったのでごめんなさい!でも、お知らせ下さってホント感謝!です。(観ててもらえるというのは嬉しいものです。)次回は110000番、今回はずしてしまったひとも、次回ぜひ狙ってみてくださいね。
2006/1/19(木)20:00
そろそろ次回のキリ番が近づいてきました。こんどは99999番と100000番、どちらを踏まれた方にもプレゼントを差し上げるつもりです。今回は記念すべき100000番ということで、私の猫絵を小さな額縁(ポストカード大)に入れて、ひとつ前の99999番の方には「きょうも猫日和」のサイン本をそれぞれ差し上げます。
きのうはM社のSさんとデザイナーのTさんが、最寄り駅まで来てくれて打ち合わせ。コーヒーを頼んだら、アンパン四分の一がついてきた。パン屋がやってる喫茶店だからだそう。コーヒーにアンパンって妙に合いますね。もぐもぐ食べながら、仕事の打ち合わせ。ほかの本とのバッティングもあり、スケジュール的にちょっとキツイかなぁ、という感じだったのだけど、新しいチャレンジができるニンジンをぶら下げられたら、走らないわけにはいきませぬ。(鼻息)何とかやりくりしてみよう。夜、自分の名前をアナグラムして遊ぶ。「イカ、タコ、多く」「おい、タコ置くか?」どうも鮨屋のカウンターっぽくなり・・・。
で、きょうは、とあるウェブのためのペン画を描く。鉛筆でラフを描いてから仕上げるよりも、いきなり本番の紙にペンを走らせる方が、いい絵ができた。頭で構想するよりも、手に描かせてやること。頭よりも、手の方が、何を描きたいかを知っているんだ。(データを送ったら担当のひともとても喜んでくれた。よかった。)
2006/1/15(日)18:15
昨日の土曜日は久しぶりの雨。
昼前に起きて近美に須田国太郎展を観に行く。雨だったので、人も少なく、珍しくゆっくりゆったり鑑賞できた。須田さんの本物は初めて観たのだけれど、近くで観るよりも、離れた場所から観た時の方が断然良かった。大きな作品だと、展示してある部屋の隣の部屋から観て、ちょうどいいくらい。近くで観ると絵の具の重なりにしか見えないのに、遠くからみたとたん、ふわっと重厚な空気の層が立ち上がってくる。一方で、動物の絵はどれもイマイチ。自称、猫絵のピカとしましては、剥製のように魂の抜けた「白猫」はいかがなものか、と。(豪語)あと、能のクロッキーはものすごくよかった。余談ですが、今日上京中のMさんと日本橋の高島屋でお茶をしたとき、今朝の「日曜美術館」で須田さんの展覧会が紹介されていたこと、また須田さんのアトリエは四畳半の広さで、そこに正座して制作していたことを聞く。そんな狭い空間で、あの距離感の必要な絵を描いていたとは。晩年の、病床で寝ながら描いていた「鉱山」も鑑賞するのに、けっこう距離感が必要だった。この人の眼には、距離感を変換するフィルターのようなモノ(何だそれは)がかかっていたのかも。
で、話は前後し、須田さんの展覧会のあと、竹橋から神保町の「いもや」まで歩き、夕御飯。600円でエビ、キス、カボチャ、イカ、春菊の天麩羅に、シジミ汁にご飯と漬け物がおかわり自由の天麩羅定食が食べられる。追加で蓮をつけてもらって、おしんこをとっても800円。大雨だったので、ずぶ濡れになったコートや荷物を後ろの長イスにまとめて置き、くったりとカウンターにへばりついたのだけど、揚げ立ての天麩羅が出てきたら、途端に幸せ全開モード。(単純)土曜日でお客さんも少なく、清潔な店内とオヤジさんのきびきびした仕事ぶり。お客もオジサンばかりで、妙になごむ。こういう店、大好き。
のち、思いつきで銀座に出て映画「グレート・ビギン」を観る。ものすごく大雑把に言えば「私達は何処から来て、何処にゆくのか。」をふと考える映画。ドキュメンタリー映画で、監督も科学者でもあるひとたちらしい。動物達の映像が凄いのだけど、私ははじめ「これは全部CGだ」と思っていた。それくらい、動物たちが表情豊か。蛇が卵を丸飲みするシーンでは、思わず顎の骨を動かしちゃいます。
2006/1/11(水)18:15
三連休。
土曜日は千葉の佐倉まで「ゲルハルト・リヒター展」を見にゆく。ドイツの現代作家。写真をそのまんま、大きなカンバスに油絵で描くというひとで、パっと見たかんじは「写真」。二本のロウソクや、海岸の母子、テーブルの上のバラ、など何気ない風景。モティーフのセンスはいいけれど、また、上手に描いてるなぁ、とは思うものの、とてもコンセプチュアルな作品なので、「頭」で「ふむ」と理解したあと、それ以上の感動はなかった。ドイツ人らしい作家だとは思った。同じ館内に、藤田嗣治のフランス女性を描いた絵があったのだけど、陶器のような絵の具の質感と、乳白色、ふちどりの細い筆の一本線など、好き嫌いを越えて、やはり凄い作家だったんだなぁ、と感じ入る。あと、ピカソ75歳のときの、町でナンパした若い姉ちゃんヌード絵にもびっくり。やはり、このジイサンは枯れないひとだったのだ。
中日は一日お仕事して、最後の日は秋葉原のヨドバシに電灯を買いにゆく。都営新宿線の馬喰横山で下車し、徒歩で秋葉をめざす。馬喰町界隈は繊維問屋が多く、大阪の本町みたいな感じの町。祝日だったので、人けがほっとんどなく、大友克洋のマンガに出て来るような核戦争後の東京みたいに死んでいた。総武線の高架下を歩き、ヨドバシへ。用事を済ませたあとは、真空管だけを商うような、ディープな出店が並ぶ電器屋路地を抜け、万世ビルへ行き、肉味噌排骨ラーメンを食べる。ここのキャラクターのブタの絵は非常にかわいい。仔ブタが腸詰持ってるし(自分たちが食べられるのに)。お土産にカツサンドなどを買ったら、同キャラの牛と豚一家(牛の方が子だくさん)の絵がいっぱい描いてある袋に入れてくれた。帰りは岩本町から二駅だけ地下鉄に乗り、森下から新大橋通りを歩き、途中のハナマサで、業務用サイズの乾物などをあれこれと買う。少し歩けば住吉。がんばれば秋葉から家まで歩けそうじゃん。
2006/1/3(火)10:49
昨日はMさんと京都の三条で待ち合わせ、イノダに行き、バーゲンに行き、最後に木屋町の沖縄料理の店で夕食。イノダは禁煙室がなかなか空かず、待つ。お正月はいろんなひとがいるので待っている間も飽きない。若作りのお母さんと、そのお母さんが若かった頃のような、色気のない娘さんとか。
きょうは一日仕事。明日は東京に戻る。
2006/1/1(日)11:47
あけましておめでとうございます。京都は晴天であたたか。皆さんのところではいかがですか。ブチがベランダでひなたぼっこしているのを眺めつつ、きょうはずっと仕事の予定。ひとりで過ごす、おだやかな日常のようなお正月。
2005/12/31(土)21:02
今年もあと3時間。きょうは錦市場に出かけ、お正月の買い物を少し。三条のイノダに立ち寄ったら満員だったので諦める。三条大橋の上から見る鴨川にユリカモメがたくさん舞い降りていた。枯れ草色の岸辺と遠くに見える北山の鉄紺の峰の色。
今年も一年、ご訪問ありがとうございました。ロクに更新できないままでしたが、来年こそは何とかしたい、などと出来そうもないことは言いません。来年もたぶん、こんな調子だと思います。気がむいたら、また遊びにきてやってくださいませ。
2006年が、皆さんにとって、新しい希望の年でありますように。
2005/12/31(土)00:00
ついに大晦日。
昨日はたまっていたダンボールや雑誌をまとめて古紙回収に出し、仕事絵や作品や本を片付け、領収書やレシート類をボチボチ整理しだす。久々に見るテレビがただ騒がしいだけに見え、すぐ消してしまうことを食事の度にくりかえす。あとはコタツで猫と一緒に惰眠を貪る。疲れがまとまって出ているようで、いくらでも眠れる。やはり疲れているんだな。眠り続けることができるもう1人の自分が欲しい。
わたしのことし。仕事の量が増え、おかげでサイトの更新もできず(すみません)。大学のことも含め、何のためにここまで働く気になれるのか、自分でもわからないまま、ただ怒濤のように過ぎた一年だった。夥しいインプットと激減した睡眠時間と恐ろしく増えた移動距離。きっといろんなことを取りこぼしながら、いろんな人を見失いながら..。
2005/12/30(木)11:25
昨日は知人が、会社のひとが打ったという蕎麦を持ってきてくれたので、少し早めの年越し蕎麦。讃岐うどんもおいしいけれど、打ち立ての蕎麦もなかなか。う、うまい。大掃除は時間がなくて割愛。年賀状の印刷と最後の納品など。(データ納品したら、即返信がくる。普通に皆さんお仕事してるし。)神保町の「ささま」の「花びら餅」とお抹茶で少し早い新年気分。ちなみにこの花びら餅、あの白洲正子さんの好物だったそう。一個400円もするんだとか。そんでもって、白洲さんハコ買いしてはパクついてらっしゃったんだとか。確かに白味噌のあんがつつまれたやわやわな餅の食感は、う、うまい。ゴボウの味も相まって実にフクザツな味。
帰省のため、最終近い新幹線に乗るため、東京駅に行く途中、大手町からミレナリオに突入。人が多い!!!ム−ドも何もあったもんじゃないけど、圧倒的な電飾の量の迫力はさすが。それを撮影する人たちが持つ、携帯電話のあかりがあちこちに点灯し、こちらの景色も壮観。その中を大荷物をゴロゴロさせつつ、人ごみをジグザグに横切る。和田倉門の噴水公園から見たパレスホテルの電飾がお堀の水に反射したのもなかなかだった。東京駅丸の内側に飾られているガラモン型のミレナリオ(?)もそれなりに。
きょうは実家の掃除の予定。オッサン猫の気配を少しずつ消してゆく作業。
2005/12/28(水)21:45
23日からの連休はあっという間に過ぎ、クリスマスも誕生日も仕事に埋もれ。(しくしく)誕生日メールと猫のことメールを下さった皆さま、ありがとう。ロクに返事もできず、すみません。
で、やっと今日一山越えたので、ラフォーレにマンガ家の「タナカカツキのタナカナカ夫展」を観にゆく。今日が最終日だったので駆け込み。大学の二つ後輩にあたるひとだけど話をしたことはない。感想は、ひとこと「やられました」。意味を超越しているし、笑えるし。このヒトの学生時代を見てきた先生たちは、さぞや楽しかったろうと想像。こんな才能を持っている人が、きちんと場所を与えられていることもうれしい。私にはこんな学生との出会いがあるのだろうか。ちゃんと見守って育てることができるだろうか、と。
2005/12/21(水)21:57
昨日は東京に戻る前に三条の同時代ギャラリーで開催中の高橋克也くんの個展に立ち寄る。東京で見られなかったのでリベンジ。開廊直後、一番乗りのお客になる。新しいチャレンジをしている人の絵にはやはり勇気をもらえる。のち、一瞬だけ三条のイノダに立寄りコーヒーを飲み、そのまま地下鉄で京都駅まで出て新幹線で東京に戻る。米原で再び雪景色。あとは爆睡。2分遅れで東京駅着、そのまま仕事の打ち合わせに四谷へ。執筆者の先生、編集、ライター、デザイナー、ディレクター各氏と私、総勢6人での打ち合わせ。ちょいと緊張したけれど、大変&おもしろそうなお仕事。帰り道、気分がよかったので曙橋まで歩こうとして道に迷い、大きな荷物ゴロゴロさせたまま四谷の街をさすらい、結局自宅に辿り着いたのは夜の9時頃。はぁ。一泊だけしか外出しなかったのに、留守電が16件。折り返してバタバタしているうちに夜はふけて・・・。
どこに行こうとしているのか見えないけれど、日々の仕事をとにかく片付けること。それだけ。
2005/12/20(火)10:09
昨日の合評でわたしの今期の大学での授業は終了。その最終日、よりにもよって新幹線が大雪のための徐行運転で到着が1時間遅れる。でもそのおかげで快晴の雪の富士山と雪に埋もれた近江の景色を両方楽しめた。
この3ヶ月、一度も顔を見たことのない(というか、私が認識できてない)学生も含め、ほぼ全員がきちんと出席してくれたのが嬉しかった。提出してくれた作品も、私が思っていた以上にハイレベルだった。今回は仕事先の編集の人も一緒に見てくれたのだけど、絵を描く制作者の立場としての私の意見と、モノを世間に出す編集のひとの立場からの意見と、両方聴けたのは学生たちにとって参考になったのでは、と期待。
最終の新幹線を見送ったあと、22時頃京都の家に戻り、入っていた仕事メールを片付け、今日はこれから再び東京。来年の仕事の打ち合わせが夕方から。いろんな方からのメールに返事もかけないまま。すみません。とても心に沁みております。ありがとう。
2005/12/16(金)10:12
しばらく更新できずにすみませんでした。年末進行のあわただしさの中、日々の仕事に埋もれていますが元気です。猫のことでメールを下さった皆様に感謝。不思議なモノで、彼がなくなってから、より近くに彼を感じられる気がしています。Rさんが言ってくれたように、ほんとうに守神になってくれているのかも。ここ数日続いた不思議な人脈のシンクロも、もしかしたら彼のおかげかも。(これについてはまたいずれ)
ところで、先週の土曜日は牧野千穂さんの個展に行き、ひさびさに複数の知人友人に会った。それぞれの近況に驚いたり、励まされたり。友達のありがたさ、しみじみと。
オッサン猫がいなくなって、ブチは京都の家でひとりでお留守番。人間の勝手な解釈で猫は家につくもの、それなりに元気にやっているように見えるけれど、私がいなくなったあとの暗い部屋で彼女がどんなふうに過ごしているのか、考えるとやはり胸が痛む。人は投影してしまう生き物。母の言う「寂しそうにしてるわよ」は彼女自身のことばかも。
それからいま「Webちくま」で私の猫絵が見られます。毎週金曜日更新。
2005/12/8(木)14:04
オッサン猫を裏庭の櫻の木の下に埋める。近くに今年初めて蕾をつけた椿があって、きっときれいな花を咲かせてくれるわ、と母。
彼の不在の在の大きさ。一緒に過ごした13年と半年、いてくれるのが当たり前だったモノがいない穴の大きさ。真夜中に物音がすると彼かと思い、床のスーパーのビニール袋を彼かと見間違う。いろいろあって夏に引越してはいたけれど、彼の体温と呼吸が、京都の家をずっとあたためてくれていた。そのおかげで、いつでも帰れる場所があるのは暖かかったけれど、一方でずっと引き止められる足枷でもあった。彼の死は、わたしにとって「次」の季節の始まりの標のようだ。そろそろ「ここ」から出てゆかなくては。彼の死を知り、メールを下さった方々に感謝します。Sさん、空の画像をありがとう。不在の在の大きさ、今わたしも噛み締めています。でも高い空を見ていると、いつか彼にまた会えるように思います。
2005/12/6(火)17:34
昨日京都に。
オッサン猫が、さっき死んだ。一月程前から病状が進行していて、いっときは体重が1.7キロまで落ちていた。集中的に病院に通い、なんとか復活して、先週私が東京に行くまでは元気だった。きのう家に戻った時はまだ、よろめきながらも立ち上がって私のあとについて歩こうとしていた。ほんとうにさっきまで、冷たくなった手足を撫で、名前を呼ぶとシッポを振っていた。ひとつ、私が仕事を片付けている間に、ひとりで動いて、そのまま倒れて、そのまんまの形で逝ってしまった。13年と半年。ブチと一緒に私に猫をいっぱい描かせてくれた。いま、私が「ここ」にいられるのも、お前のおかげ。ありがとう、そして最期に一緒にいてやれなくてほんとうにごめん。2005/12/4(日)19:57
OS10のクラッシック環境でHPソフトを立ち上げて、東京から更新できるか、実験中。うまく行けばいいんだけど。ブレーンとスタジオボイスに私がイラストを描いた大学の広告が出ているはずです。大学のサイトでも紹介中。
2005/11/29(火)11:56
しばらく東京にいた。勤労感謝の日は現美に「イサムノグチ展」。「エナジー・ヴォイド」を見る。圧巻だった。イサムノグチの彫刻は、後期の作品になればなるほど、不要なモノが削ぎ落とされていく。まるで「石」の塊から「普遍」だけが溶け残ったように、それ以外はありえない「かたち」。
土曜日は「プーシキン美術館展」。今世紀の初め、ロシアのお金持ちがフランスで買い付けた、まだほとんど無名だった「マティス」や「ピカソ」らフランス近代絵画の巨匠たちの絵。マティスの「ダンス」がそのお金持ちの家の階段室を飾るために発注されたモノだったことに驚く。モネはやっぱり原画がよい。逆光の「つみわら」の色の、土色とも藤色とも薄桃ともいえない不思議な色に見とれてしまった。のち、イラストレーターの高橋克也くんの個展を見ようと表参道へ移動したのだけど、時間がなくて夕飯だけご一緒する。奥様と後輩のデザイナーのPさんも一緒。ひざびさに関西弁に包まれ、まったりと楽しいひとときを過ごす。
日曜日は念願だった「北斎展」へ。世界中から集まった300点余の作品に、ひとこと、脱帽。ほとんど版画しか知らなかったけれど、肉筆画の迫力に圧倒された。モティーフのポーズがずば抜けてカッコ良い。扇面に描かれた水菓子の透明感も、小鳥の野生を感じる小さな作品群も、神話を題材にしたモノから北斎漫画まで、絵を描くことに取り付かれた、まさに「画狂老人」の幅の広さ。どこか世間を小馬鹿にしたようなふてぶてしさを持ち、死ぬまで変わり続けることに貪欲だったひと。まさに「巨人」。来年の春にはアメリカでフーリエ美術館「門外不出」の作品も加え、展覧会があるらしい。日本では絶対見ることのできない北斎の絵なのだよ。
ところで、隣の家の猫の「ツナ」と「サバ」が我が家に出入りするようになった。私がベランダの窓を開けておくと、こっそり入ってきてウロウロと物色していく。手なずけるまであと、少し。(本気)
2005/11/17(木)14:55
東京の自宅にはテレビがないので、京都に戻るとテレビが新鮮。そうか、ブッシュくんは昨日、京都にいたのか。たぶん私の人生で一番の近距離。
2005/11/15(火)21:03
土曜日は大学の推薦入試の採点に参加するため、朝東京を出て京都へ。デッサンとイメージ表現。若い才能の芽をチラホラとみつける。その日は夜9時までかかる。日曜日はずっと家で仕事。月曜日は大学。夜はオッサン猫の病院。火曜日も仕事。
二兎を追うもの一兎も得ず。というよりも、二兎を追ってこそ、どちらもモノにできるのだ、というようなコト言っていたのは白洲正子さんだったか青山二郎さんだったか。どちらもが本当に必要ならば、どちらかの失敗ををもう一方のせいには絶対したくない、と切に思う気持ちが人を「がむしゃら」にさせ、結果二兎を得ることに繋がるのかも。(体力が持てば、の話だけど)。
2005/11/13(日)12:08
木曜日に東京に戻り、土曜日に京都に戻る。
金曜日はFさんの事務所で絵本の装幀の打ち合わせをし、のちHBギャラリーへ谷山彩子さんの個展を観にゆく。ペン画プラスガッシュや色鉛筆。新しいチャレンジが垣間見えた。いろんなヒントを拾う。わたしも展覧会をしてみたくなった。久々の原宿駅界隈、ラフォーレをのぞいたら来月からのタナカカツキ氏の展覧会のリーフレットが置いてあったのでもらってくる。のち、初台の東京オペラシティホールで「シャンティクリア」のコンサート。男性12人のアカペラコーラスで、中世の教会のミサ曲から、近代アメリカのフォークソング、日本のソーラン節まで、一番前、ど真ん中の席で聴く。それぞれの曲ごとにメンバーの舞台での並び方が変わるのだけど、一番前の席で聴いていると、その意味が実によくわかった。ひとの声、というのは実に自在で、ちょとした顔の向きや、高音と低音の左右の配置を変えるだけで、音が広がったり、集まったりする。さえずる鳥の声から、読経のような低音のうねりまで、目を閉じて聴いていると、そこが朝の森になったり、チベットの僧院の小部屋になったりする。一番前で聴けた、という幸運のおかげだろう。声だけのコンサートは、曲が終わり、声が消える瞬間の静けさの「音」を聴くことでもあるのだな、と思った。何の混じりッ気もない、張り詰めた水面のように美しい静寂。
2005/11/8(火)10:44
先週はわけあってしばらく京都。週末に東京に戻り、昨日再び帰京。
金曜日は雑誌「もん」の編集のTさんとS事務所のS田さんと女3人で新宿の怪しい上海料理屋にいた。映画「不夜城」のロケに使われたお店らしく、蛍光灯の灯る青白く狭い店内で香港の下町のようなお店&メニュ。のち日本一のホストクラブの前を通過し、コリアンのお店が並ぶ通りを彷徨い、韓国風「ロイヤルホスト」(メニューにはコーヒーからチゲまである。)に流れ、最終の新宿線で帰宅。編集のTさんは私より二つ年上で、小柄なのにものすごくエネルギッシュなひとだった。S事務所のS田さんも冷静なツッコミに味のあるひとだった。お二人とも会ったのは二度目なのに、話が楽しくてつい長居をしてしまう。ここ最近編集の仕事をする同年代の女性に会う機会があったけれど、ホントに皆さん活動的。会ったあとで、元気になれる気がする。
土ようびはずっと家にこもっていた。フランスの画材屋に注文していた紙が国際便で届く。数年前にパリに行ったとき、偶然小さな画材屋で見つけた、ポストカードの大きさの水彩紙を綴じたスケッチブックで、アルシュなんかと違い、とてもやわらかく色をのせてくれる紙。いぜん、銀座のイトーヤやS社の装幀室の方にもそれぞれのルートで探してもらったけれどみつからず、日本では入手できないのかとほとんど諦めていたのだけれど、先々月に知人が海外のサイトを探してくれて、それらしいものを発見。のち、自分でメールを送り、持っているスケッチブックの表紙をスキャンし、画像も送り、何度か怪しい英語でやりとりをするうち、昔の表紙が今は別モノになっていることが判明。同じ紙で大きなサイズも欲しかったので、その旨も伝え、冊数を決めて海外送金もし(ここで某○ティバンクの海外送金サービスの使えなさを発見。)ドキドキしながら約ひとつき待っていたもの。荷物をほどくと、まさに正解!の紙が現れた。表紙は淡いグレーにカラフルな糸くずを漉きこんだ紙で、大きなサイズの方は花や草が漉きこまれていて、表紙の紙の色、綴じている紐の色が個別に違う。どれもフランスらしい洒落た色で入手の苦労が報われた。
日曜日も家にこもって仕事。ベランダに隣の猫「ツナ」が遊びにきた。まだ撫でることはできないけれど、「怖い」よりも「興味がある」が勝っている表情。手なづけるのも時間の問題かと。土日にかけて桂枝雀の落語をCDで5本聴く。
京都と東京、拠点が二ケ所になったこと、イラストのお仕事と大学の仕事を掛け持ちしていること、関わっている人の変化。猫たちのこと。いろんなことが多重になって、渾沌としている日々。
それから毎日新聞の連載、現在も続いておりますが、ときどきあれを見て、ウチのサイトに辿り着いて下さる方がポツポツいるようです。ありがとうございます。それからNHKのおしゃれ工房「パソコンでつくる年賀状」に今年も参加させてもらってます。私の犬絵で年賀状が作れます。よろしかったら。
2005/11/1(火)12:43
もう11月。
先週末は少し時間があったので、根津美術館に尾形光琳の「国宝燕子花図屏風」を観に。厚みを感じるぽってりとした絵の具のおきかたと、単純化された燕子花の輪郭。本物と印刷のギャップがここまである作品だったとは。ペタンと塗りつぶされた燕子花は、ほとんど抽象画で、花自体には花弁のふくらみも、葉の陰影もまるでない。背景の金箔一色の方に、むしろ奥行きを感じたくらいで、その金箔一色の面には、花が生えている湿地の様子や、そこを渡ってゆくための木橋の存在までが見えるようだった。尾形光琳の他の作品もいくつかあったのだけど、やはりこの人の作品はどこか線に茶目っ気があって、現代のアニメに通じる何かを感じる。俵屋宗達の「風神雷神図屏風」とくらべると「下界に放り出されたしまった鬼の子ども」といった感じの「風神雷神図屏風」もしかり。
雨が降っていて頭痛がしたのだけれど、そのまま近くの古書屋に寄り、陶製のサイコロをふたつ買う。のち、六本木ヒルズの森アーツギャラリーに「ダ・ヴィンチのレスタ?手稿」を観にゆく。一年に一度、たった一カ国だけで公開されているダヴィンチの手書きノート。(現在はビル・ゲイツ夫妻が所有)保存のためなのか、まっくらな部屋の暗いガラスケースの中に納められ、なおかつ数十秒に一度「ぼわ〜ん」と薄明るく照明される展示。そんな状態で、鏡文字でぎっしり書き込まれたノートをじーっと観ていると、書いてる内容がわかんなくても、なんだかこれは「尋常じゃないモノだぞ」ということが伝わってくる。(おかげで頭痛に拍車がかかる。)解剖のスケッチも、腑分けしたときの体温や匂いまでがしてきそうな迫力で、当時の人はこの天才がこのスケッチをしていた様をどんなふうに観て、感じていたのかと興味がわいた。ほかにも、各国で出版されたダヴィンチ手稿のファクシミリ版の展示、など。帰りに六本木ヒルズの前にあるラーメン屋で294円のラーメンを食べて地下鉄に乗って帰宅。
2005/10/26(水)16:00
東京の家の近所は小学校や中学校や保育園がたくさんあって、こどもから老人まで、いろんな年代のひとがそれぞれにウヨウヨといる。公団の家に住むのはこどもの時以来。どこかロシアの集合住宅のように、ヘンに居心地がよい。不思議なモノで、東京に居住するのは初めてなのに、ずっと昔から住んでいたような気がする、懐かしいまちで、それは昔から公団に住み続けていたひとたちが、手入れしながら、暮らし続けてきた「念」のようなモノが堆積しているからだと思う。雑多な種類が植えられた、でもちゃんと人の手が入っているのがわかる花壇や、こまめに掃除されているゴミ捨て場。ときどきベランダに遊びにくる近所の二匹の猫。(「ツナ」(三毛猫)と「サバ」(サバブチ猫)と命名。)新宿の世界堂まで電車で20分もあれば出れてしまう距離。京都の家にいるときのように、油断した格好で出かけたら、街を歩くひとがみなオシャレで困った。
少し前に、ずいぶん久しぶりに表参道に出かけたら、ただただ疲れただけで、これは私の感受性の問題なのか、たんにトシをとっただけなのか、ともかくそれまではわりに好きな街だったのに、私にとって居心地の悪い場所になっていて驚いた。たぶん、わたしの中の「何をおもしろいとおもうか」のチャンネルが切り替わったんだろう。年齢と経験と変化を重ね、また戻るかもしれないし、もう戻らないかも知れない感性。それはそれで、受け入れてゆくしかないのだけど。
2005/10/25(火)20:35
先週は火曜日に東京に戻ったあと、ずっとこもって仕事ばかりしていた。観たい展覧会がどんどん会期終了してゆく。(ギュスターブモロー、キリコなど)きょうから東博で北斎展がはじまる。これは見逃すわけにはいきませぬ。先生の本を読んで、速水御舟の絵もどこかでまとめて観てみたくなる。現美のノグチイサム展にもゆかなくては。
日曜日、長い間かかえていた絵本の仕事を発送し、近所の砂町銀座に久しぶりに出かける。八百屋の店先に並ぶつやつやの栗や魚屋の牡蠣。「息子が漁師で毎朝捕ってくるんですよ。」道端に座り込んでアサリを売る年配の女性は江戸時代からずっとそうしていたように見える。ここは江東下町エリア。
知人と、セレンディピティのことについて、思いがけず話す。以前、化学専門のKくんから聞いていたのは「準備して待ち受けたモノに訪れる幸運」という意味だった。「『準備をして待ち受ける』の『準備』は、当然何かがくると思うからで、なぜそう思うかというと『そこに何かあると見抜いている』だったり『根拠はないけど自分の努力と能力を信じている』だったり...」(byKくん)。知人曰く、もとはセイロン(セレンディップ王国)の3王子のお話からきているんだそう。探し求めていたモノが、当初は違うカタチで現れ、それと関わってゆくうちに、いつのまにか探していたモノをちゃんと手にしていた、というお話らしい。偶然は実は必然だというお話。ふむ。
きのうの月曜日は大学。我がi-bookに大学のPC環境で使うのに便利なフォントやプリンタのドライバをインストールしてもらう。さいきん肩こりがひどいので、T先生にかかりつけの草津の鍼灸院を教えてもらう。先生は頚椎椎間板ヘルニアを鍼で治したそう。試す価値はありそう。
2005/10/18(火)10:46
11日から東京に戻り、昨日一週間ぶりに京都へ帰郷。
先週はオレンジページのムックのチーム(編集、デザイナーさん、もうひとりのイラストレーターさん)と神保町でお昼。(こういうおつきあいは上京してから、ほとんど初めて。)木曜日は上京していたMさんとYさんとYさんのお知り合いのNさんと品川で食事。ついでに自宅から品川までの便利な行き方を発見。総武線快速に乗ればドアから約40分で新幹線に乗れる。日曜日は仕事の資料観察(?)のために、初めて上野動物園へ。小雨まじりの中、キリンをじっと観察。上野動物園は手入れが行き届いた、あまり臭くない動物園だった。
移動が増えたのでついにi-Bookを購入。自宅用にAir Macも導入。秋葉原に新しくできたヨドバシのMacコーナーは一階にあり、なかなかたのしそう。それから月曜日に大学のギャラリーで観た「ドイツのアニメーションフィルム」が思いがけず面白かった。
それからY先生から近著の速水御舟についての本を贈っていただく。一年程前から日本画に興味を持ちつつあったので、タイムリー。日本人だということからのがれられるわけもない、わたしたち日本人が描く絵について。うまれつき、持っている感覚について、わたしが日頃ぐちぐち考えていたことと近いニオイがする。引越し祝いに知人からもらった広重の猫の版画を自宅に飾っているけれど、構図の取り方が意表をついたおもしろさで、でも自分でもそういうふうに描きたくなりそうで、観ていて飽きない。それにしても先生はほんとうに中学生(これからのこどもたち)に向けて教えるのが好きなんだ。わかる子どもだけに届けばいいと、祈るように書かれた言葉が強い。
2005/10/11(火)09:00
この一週間はずっと京都に滞在して仕事。京都と東京を行き来するようになってから、新幹線の2時間半が短い。この時間の使い方をどうするかが今後の課題。(いまは、半分寝ている。)きのうは祝日だったけれど、大学は開校日。祝日が移動するようになって、月曜日がやたら祝日になってしまうので、大学なんかでは、自主的に休みをずらして調整しているんだそう。体育の日の代休は文化の日のあと、大学祭の週になるそう。(By年間計画表)大学への叡山電車は鞍馬に行く観光客でいっぱいだった。
それから、いま大学の広告が「ブレーン」「スタジオボイス」「日経デザイン」に掲載されてます。3誌とも5ヶ月連続シリーズで、3回目(12月発売分)にわたくしのイラストが登場する予定です。関西地区では不思議なTVCMもやってます。(こちらの制作はタナカカツキ氏)
お仕事のこと。オレンジページのムック「血液力を上げる食の本」にイラストを描いてます。全体にわたって。
2005/10/5(水)17:11
あっという間に10月。キンモクセイが薫るころ。
先週の土曜日に大学で学部の会議と懇親会があり、あさ、東京の家を出て新幹線で帰京。来年度からあたらしく加わる予定の(つまり将来の同僚の)K先生(二つ下の後輩)と卒業式以来初めて話す。というか、在学中だって一度も話したことなかったんだけど。派手な外観とはうらはらな、とてもナイーブで繊細な感じのひと。夕方から近しいひとたちだけで、三条通りにある唯一のバー「雪月花」へ流れる。いごこちよい場所だった。
翌日はMさんと、東大阪にある司馬遼太郎記念館へ。わたしの母は、わたしを妊娠していたころ、司馬さんの家の隣のアパートに住んでいたそうだ。安藤忠雄氏の建築による記念館。吹き抜けの天井まである4万冊の本を収蔵した本棚。圧巻だったけど、本をいっさい手にとることができないなんて、なんだかかなしい。死んだ資料、生かされていない資料、閉じられたまま、読まれることのない資料。司馬さんは、ご自分の蔵書がこういうふうに扱われていることを知ったら、どう思われるんだろう。
月曜日は授業。スケジュールについて生徒達に伝言。数人の生徒がわたしのウェブを見てくれたそうで、旅日記をおもしろいと言ってくれた。帰りに高島屋に「若冲と淋派展」を観に行ったが、最終日で終了時間に間に合わず。タダ券をくれたRさん、生かすことができずゴメンナサイ。
そして昨日は久々に仕事。文春の絵を描いていたら、イラストレーターのUさんから電話。現在子育て真っ最中のUさん「刺戟をもらおうと思って」と、元気良い声に逆に元気をもらう。感謝。
それから今週末に開催される、自由が丘商店街の「女神祭り」ポスターにイラスト描いてます。デザインは小島利之さん。わたしの女神の絵のついたカップやキャップもあるそうです。お近くの方はどぞ。
2005/9/27(火)09:39
大学のため久々の京都。今年の生徒さんたちは、クラスの25人中24人が女の子。課題を伝え、お互い様子見。ロッカーで荷物を整理していると去年の生徒たちが寄ってきてくれた。夕方大学からの帰りに、イノダに寄る。京阪に乗る前、四条大橋の上で、北の山々にしばし見とれる。東京の家の近くの景色は、公団の高い建物のパッチワークで、それはそれで嫌いじゃないけど、こんな空の広さと山がくれる開放感は望むべくもない。東京と京都。あるものとないもの。わたしにとってはそのどちらもが必要なのだと思う。
留守中ブチがものすごく寂しがっていたそうで、毎日夕方になると、ベランダで西の空を眺めていたと母。昨日の夕方も彼女はガレージに出て私が帰宅するのをじっと待っていた。明日からまた東京。置いてゆくのはしのびないけれど、彼女やオッサン猫が家にいてくれるおかげで、家は息をし続けている。
2005/9/2(金)10:21
先日、大学に打ち合わせに行ったとき、ゼミの先生方が自分達の車にゼミの宣伝用の広告をつけて走っているのを見る。CMYK100%で塗りわけられた猫キャラクターと、大きな文字が車体側面の半分以上の面積を占める。ものすごぅく派手。広告の基本だと感じ入る。60歳を超えてなお、このパワー。大学改編の当事者意識に脱帽。この宣伝活動の一環として、私も微力ながらお手伝いをすることに。また、媒体に載ればご案内します。
打ち合わせのあと、先生に連れてってもらった白川は銀閣寺近くのラーメン屋「ますたに」。先生が高校生の頃から通っていた店らしく、京都のラーメンの基本という感じの味で、大変おいしかった。先生の高校時代の話を初めて聞かせていただく。東京に居を構えたけれど、京都と私を結ぶ繋がりのひとつは、間違いなくこの先生だと思った。
2005/9/1(木)10:57
久しぶりにお仕事のご報告。こんなのとかこんなのとか。あとこんなのも。あと猫の雑誌「猫びより」で、江川紹子さんのエッセイに猫絵描いてます。それから毎日新聞の日曜日の連載も続投中。
2005/8/31(水)10:42
長らく、サボってしまってすみません。実は、八月の中旬に引越しをしまして、現在、東京に居住しております。とはいえ、京都での大学の仕事もあるため、しょっちゅう京都と東京を行き来するような生活。なんだかものすごく忙しい人になってしまったようです。いろんな方からメールをいただいたまんま、返事も書けない状態で、ほんとうにごめんなさい。いただいたメールに心癒されたり、お知らせ下さったサイトの開設や更新など、しっかと拝見させていただいて「ほー」とか「へー」とか刺戟をいただいております。(お返事、しばらくお待ちくださいね‥‥とまとめて返信してみるわたくし。)
さて、東京暮らしは江東区の下町エリア。近所は川が流れ、猿江恩賜公園があり、ノラ猫、ジジババが多く、砂町銀座まで徒歩数分。東京って、人口が多いから逆に食料品の物価安いのね、と発見したり、新宿の「世界堂」で画材の安さに感動したりと、いろいろ楽しんでおります。猫達は京都においてきたままなので、ちょっと寂しいんですが、近所にノラ猫が多いので、頭の中の「ノラ猫分布図」にチェックを入れつつ、いまのところネコの禁断症状には陥らなくてすんでおります。
PCもソフトも新しくなり、サイトの更新方法がイマイチわからず、今のところ、京都のパソからしか更新できないので、あいかわらず、更新は滞るかもしれませんが、なん